第124話 だから嫌いなんです


「ゆ、ゆうすけさん?」


呆然と俺の名前を呼ぶ春香ちゃん。それに対して俺は、弱々しくもしっかりと頷き彼女に答える。


「す、すぐに誰かを……!」


彼女がナースコール押そうとした彼女の手を俺は衰えた手で止める。


「……い、いまは……はるかちゃんと……話したい……」


「ッ!?」


その言葉を聞き、春香ちゃんの手が次第にナースコールから遠ざかっていく。

多分だけど、こうでもしないと彼女と話すタイミングが無くなる気がしたから。


「……えと……あの……」


「……ひさしぶりだね……


「ッ!?」


「おっきく、なったね。あれから、もう10年以上は、経ったかな?なんだか、懐かしい……ね」


「……覚えてたんだ」


すると、春香ちゃん……はるちゃんは自身の眼鏡を外した。彼女の素顔は紛れもなく昔の幼き姿を思わせるもので、改めて鮮明に思い出す。



彼女は俺が中学生の時に近所に住んでいた親戚の子だ。

10歳ぐらい離れてるけど、公園で遊んだことをきっかけに仲良くなった妹みたいな存在だ。


親の事情により、引っ越したことや残業を毎日していた影響か、次第に記憶が薄れていった。


「覚えてますか?この眼鏡、貴方がくれたものなんですよ?」


「……そんなに使ってくれたの?」


「はい。レンズを変えたり、フレームを変えたりして色々頑張って使い続けました。パリピさんのせいでボロボロになっちゃいましたが」


えへっと年相応の笑みを浮かべているが、時間が経つに連れて表情が変わっていく。


「……どうして、私を庇ったんですか?」


今は、悲壮感を漂わせるものへと変わっていた。


「なんで私たちの元に来ちゃったんですか?警察の人と一緒に行けたら、雄介さんが怪我を負うことなんてなかったのに」


「……放っておけなかったんだよ。10歳下の子が頑張ってるのに、大人の俺が何もしないのは違うからね」


「また、そうやって自分を傷つけるんですか?」


俺の手を握る力が強くなる。微かに身体を震っており、睨みつけるように俺のことを見ていた。


「身体を張ってまで助けるんですか?私が虐められたときみたいに……人の気持ちとか考えないで、自己満足で自信を傷つけるんですか?」


「……はるちゃん」


「私はただ!」


彼女の声が荒くなる。同時に彼女の瞳から雫が流れていく。


「ただ!貴方が元気に暮らしてほしいんです!すぐ人を助けるお人好しの貴方が笑って生きててほしいだけなんです!!でも、雄介さんは自分を傷つけてまで人を助けるんですから……だから……嫌いなんですよ……」


「……ごめんね」


そう言うと、ついに我慢の限界を迎えたのか俺の首に手を回して抱きついてくる。

寝たきりで正直、身体に痛みが生じるがそれを顔には出さない。


「……嫌い……嫌い……大っ嫌い………でも……よかった……ほんとうに……よかった……!」


「……はるちゃんが無事でよかったよ」


力を振り絞って俺は彼女の頭に手を乗せる。すると、彼女は俺の首に埋もれて静かに泣き始めた。


きっと自分の中にある罪悪感や安心感が爆発したのだろうか……悪いことをしてしまったな。


俺ははるちゃんが泣き止むまで頭を撫でて、改めて彼女と過ごす時間を楽しむのであった。


尚、その後駆けつけたお医者さんや看護師さんに怒られたのは……また別の話だ。






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