第91話 食い物の恨みは恐ろしい


その衝撃の音が教室の中にいた全員の耳に響き渡った。

全員がそこに注目した。その奥には、机もろとも倒れているメガネを掛けている地味な女子と、その女子を吹き飛ばしたであろうパリピ女子がいた。


「ほら!さっさと買ってきなさいよ!また殴られたいわけ!?」


倒れている女子に向かって怒り散らかしているパリピ女子……破出菜羽理陽はでなぱりぴ


それに対して、夢奪莉愛娥音むつりメガネは涙目になりなからも、必死に首を振っていた。


「ご、ごめんなさい!でももうほんとにお金が……お金がないんです!!」


悲痛な叫びを聞いて、クラス全員が察してしまう。彼女に……羽理陽パリピに目をつけられてしまったのだと。


今は学校に来ているが、スカーレットとして有名となった皇凛明すめらぎりあもその一人であった。


無愛想な女として彼女に色々いじめを受けていたのだ。

当の本人は覚えてないが……そのいじめはとてつもなく過酷であったらしい。


だが、凛明が来なくなったことで、いじめの対象が同じクラスである愛娥音に変わったのだ。


「そんなの、親の財布から勝手に盗めばいいでしょう!!あんたの都合なんか知らないわよ!!」


「そ、そんな……で、出来ません!私はそんなこと……」


「あら、そんなこと言っていいの?あの事、ネットにばら撒いちゃうわよ?」


「ッ!?」


そう言うと、愛娥音の顔色が真っ青に青ざめる。

羽理陽は隠し持っていたスマホを持って彼女に見せると、そこには彼女の秘密が動画として映し出されていたのだ。


「ほら、こんなのバラされたくなかったらとっとと買ってきなさいよ」


「そ、そんなの……う、うぅ……」


彼女はついに泣き出してしまうが……愛娥音に手を差し伸べる人はここには存在しない。


羽理陽に逆らえるものなど、この学校には存在しない。それは色々な意味で有名である葛腹圭介や教師、校長も例外ではない。


彼女が裏で繋がっている人を通じて様々な黒い情報を待っているからだ。

彼女はそれをだしに、学校中様々な人々をおどしている。だからこそ、こうして堂々といじめをしたって訴えられないのだ。


次に目をつけられるのは自分かもしれない……そんな恐怖からか、誰も彼女に、愛娥音を助けようとしないのだ。


「………誰」



——1人を除いて。


女性が出したとは思えないドスの効いた声。その声を聞いて全員の緊張感が一気に増した。

それは羽理陽も例外ではない。


「……私の……お弁当を奪った奴は……だれ?」


ゾクッ!


ゆらりゆらりと立ち上がった彼女の……凛明の姿に思わず羽理陽は怯んだ。

その姿は妖怪と言われる赤鬼の恐ろしさが霞んで見えるほど。


「な、なによ……あんたには関係ないでしょ!引っ込んでて」

「お前?」

「ッ!?」


怒りを宿した彼女の瞳が羽理陽に向けられる。


「やっと……やっとエイジのお弁当が食べられると思ったのに……!楽しみにしてたのに……!!」


ドンッ!と近くにあった机に向けて力強く叩きつけた。


「ひっ!?」


女子が叩いたとは思えない衝撃音。よく見ると、掌から血が流れており……それが彼女の怒りを表していた。


「……食い物の恨み……思い知らせてやる」



「〜〜〜〜〜!!!!!」



凛明が最後に彼女に向けて言葉を放った瞬間、羽理陽は声にもならない叫び声でその場から逃げる様に去っていった。


彼女が去ったことで訪れる静寂。ただそれは呆気に取られた者、恐怖で気絶した者、羽理陽と同じく教室から出ていた者など反応はそれぞれだ。


その原因を作り出した凛明は……膝から崩れ落ちていた。


「……うぅ……エイジのお弁当…………食べたった……」


先ほど怒り狂っていた少女とは思えない哀愁漂う声。

それを間近で見ていた女子……愛娥音は話しかける。


「あ、あの……さっきはありが」

「ゔぅ……うぅぅ……お腹すいたよぉ……」

「………あ、あはは」


表情の変化は乏しいのに、今にも泣き出しそうな凛明の姿を見て思わず苦笑してしまう。


「あの……皇さん?」


もう一度声を掛けると、やっと反応したのか、凛明は目を赤くさせながら、愛娥音の方を見る。


「……だれ?」


「えっと、さっき貴方に助けてもらった愛娥音ですけど……」


「……そう……よかったね……」


「……あの、大丈夫ですか?」


あまりにも悲しい雰囲気を漂わせていた凛明に心配してしまう。

だが、答える事も出来ないのか、彼女はエイジが作ってくれた弁当……散らかったご飯の数々をじっと見ていた。


「……エイジの、お弁当……」


「……ね、ねぇ皇さん。もし、良かったら」


そんな凛明の様子を見て、愛娥音は涙目の彼女に話しかけた。


「私と、一緒にお弁当食べませんか?」


そしてそれは、凛明にとって救いのある言葉でもあったのだ。



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