第27話 想いは沈んでいく

東京。修学旅行三日目の夕方頃、沖縄からの飛行機が到着した。

 私は、水族館でのことがあってから、何に関しても無関心になっていた。


 ホテルに着くと、荷物を部屋に運びすぐに夕食となった。

 夕食会場には約150名の生徒がおり、そこら中で明日の話題が飛び交っていた。それを耳にするたびに苛立ちと自分の詰めの甘さに嫌気がさした。

 食べ物の味なんて感じず用意された食事を半分以上も残してしまった。


 ◇


 宿泊先が変わってもホテルの部屋は相変わらずで、同じ部屋の女子がキャーキャーと騒いでいる。

 そんな会話に混ざりたいとも思わない私は、一人スマホを眺めていた。


「ねぇねぇ、深雪みゆきちゃんも一緒に恋バナしない?」


 しばらくして、一人の女子が私に話題をふる。


「私はいいから。話かけないで」

「ひゃー怖っ。これは、好きな人がいるけど話したくないパターンだな?」


 強めに返したつもりだったのに、相手には何も響いてないようだった。


「それで、深雪ちゃんは好きな人いるの?」


 『深雪ちゃん』って呼び方に虫唾が走る。


「やっぱり、共哉きょうや?いつも痴話喧嘩してるもんねぇ」

「愛情の裏返し的な!」


 もう一人の女子も話に参加してくる。

 こうなったら逃げることは出来なさそうだ。


「違うよ」

「えー。違うのかー」

「じゃあ誰?いるんでしょ?」

「そうだね…」


 霧江きりえが好きだ。迷う必要なんかない。


「私は…」


 その為に何回も何回もやり直しているんだから。

 朝日なんかに渡さない。渡してやるものか。


「霧江が、霧江優斗が好き!!」

「おぅ、びっくりした。めっちゃ大きい声じゃん」


 次で成功させる。絶対に。

 使


 ◇


 深夜、一時頃。私は、ホテルの部屋を抜け出した。

 沖縄に比べれば寒いものの、パーカー1枚で十分な気温だ。

 とりあえず宛てもなく歩き出した。


 夜の東京は、街頭や建物から漏れている明かりで、真っ暗という訳ではなかった。私は海に面した公園のベンチに座った。

 少しして、後ろに人の気配を感じた。気配というより足音だ。


「何してるんだ?」


 私を呼んだのは、修学旅行に同伴していた教員でも警官でもなく共哉だった。

 深夜に生徒を二人もホテルから出すなんて、全く間抜けなことだ。


「何してる、か。強いて言うなら、どう死のうか考えてるところ」

「俺は、お前に死んで欲しくない!」

「どうして?」


 なぜ、他人である共哉に自分の生き死にを決められなきゃいけない。

 私はベンチから立って、共哉に向き直る。


「それは__、」

「というか、何で私を追いかけてきたの?まさか、ずっと外で待ち伏せしていた訳じゃないでしょうね」

「あぁ、水族館からお前の様子がおかしいと思って、もしかしたらと窓の外を見ていたら、案の定お前が外に出るのを見つけて、追いかけてきたんだ」


 どうして、共哉はここまでするのだろうか。

 一緒に過去に戻りたいからか?いや、先ほど私に死んでほしくないと言ったのだ理由は別にあるだろう。


「どうして、私に構うの?」

「それは、俺が、深雪のことが好きだから!」

「?」


 堂々と宣言する共哉の言葉の意図がわからなかった。


「何を言ってるの。あなたが好きなのは朝日あさひでしょ」

「そう、だったけど。お前らと過ごすうちにお前を好きになってた」


 その言葉を聞くだけで、全身に鳥肌が立つ感覚を覚えた。


「そんなの、嘘だ。好きって気持ちはそう簡単に変わらない」

「嘘じゃない。俺は、お前の努力を知って尊敬した。何回も繰り返してでも想い人に振り向いてもらおうと頑張ってるところを凄いと思った」

「黙って」

「だけど、お前の傷ついてるところは見たくない。努力は認める、お前は良く頑張った。だから、もう良いんだ」

「良くない」

「いつまでも過去を引きずってないで、俺と歩き出してみないか」


 今、共哉の想いを聞いて思ったことがある。

 それは、


「気持ち悪い」

「え?」

「あんたと話してると頭が痛くなる!」


 海に向かって走る。

 それでも、陸上部の共哉に追い越され、行き先を封じられる。


「どうしてそこまでするんだ?自分を犠牲にしてまで、なんで霧江にこだわるんだ?」

「そんなの、私が霧江を好きだから」

「朝日と霧江、班長会議で知り合ったんだって。こんな説がある歴史には修正力があって、過去改変は局所的には成功するが、結局は本来の歴史の流れに徐々に戻っていくって」

「だからどうしたのよ」

「霧江と朝日が付き合うことは決まっているかもしれない。変えられない運命なのかもしれない」

「そんなの、その説を提唱した人は過去に戻ったことがあるというの?」 

「実際に何回もお前は失敗している」

「うるさい!」


 そう怒鳴りつけて、共哉を海に落とす。ジャポンと水飛沫をあげ、海に落ちていく。

 少しして「冷たっ」共哉が海面から顔を出す。


「お前がそこから落ちようと、俺が助けてやるかなー」

「そう」


 短く返して、私は共哉から少し離れた場所に飛び込んだ。

 バシャンと水面に体を打ちつけ、海の底に落ちていく。

 川と違って海の水はしょっぱく、すごく喉が渇く。海の水を飲み混んでいるはずなのに。


 共哉の焦った顔がいやに脳にこべりついていた。

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