押忍

赤根好古

第1話

この小説は、主人公が42歳から空手を習い始め、58歳になって全国大会に出場するまでを書いてます。武道を志す人が、ひとりでも増えることを願って書きました。


10月。秋ともなると、日の暮れも早い。男は、JR東西線大阪城北詰駅から歩いて、大阪城の二ノ丸にある、修道館へと。

大阪城は、大阪の街には少ない緑が集中している。木々は紅葉真っ盛り。大阪城は春を知らせる梅、そして桜がとても美しい。西の丸公園には、大阪府の桜の標本木が。


駅から歩いて大阪ビジネスパークを越えて、橋を渡り終えると、もう大阪城の外周道路になり、たくさんの老若男女がジョギングを楽しんでいる。

この道路は、毎年行われる大阪国際女子マラソンのコースに使われている。そこで男は昔を懐かしむ。

(昔、よく走ったな。毎月400㎞以上は走ってたよな。実業団の一流選手を目指して)


修道館は、柔道・剣道・なぎなた等、武道の普及振興を図る目的で造られ、重厚な建造物となっている。その修道館で毎週月曜と水曜に、空手の練習が行われている。今の季節が練習にはいちばんいい。何故ならこの道場は、クーラーも暖房もなく、夏は暑く冬は寒い、天然の空調が効いているのだ。


男の名は秋山将平、42歳。身長167cmで中肉中背。目が細く一重瞼でスポーツ刈。外見でもスポーツ選手と見てとれ、笑うと目がなくなってしまうのが欠点だ。将平は、空手の練習をするために修道館へ通っている。

将平の空手を始める動機が変わっている。将平がまだ中学生の頃、友達に黒崎というのがいた。将平から見ても男前で、口数も少なくて、女の子によくもてた。その中で飯田という女の子が、黒崎に惚れてしまった。それはそれでいいのだが、その飯田に惚れた男がいた。その男の名は吉岡。吉岡は、飯田が黒崎を好きなのがわかっているのに横恋慕して、黒崎に決闘を申し込んだのだ。そこで黒崎は将平に、吉岡は永末に立会人を求め、二人は中学校裏の木材が散乱した工場跡で決闘することとなった。黒崎が喧嘩に強いか弱いかは、さすがの将平も知るすべもない。


まもなく、二人の決闘が始まった。始まってすぐ永末が吉岡に

「吉岡、裏拳使え」

と。

将平は、それを聞いて真っ青に。裏拳とは、空手の技のひとつだ。喧嘩オンチの将平でも、それくらいのことは知っている。決闘をしている当の本人の黒崎も、永末の言葉は聞こえていただろうと思う。吉岡は、黒崎の首を左腕で抱えこんだままで。そして決闘が始まって10分も経たないうちに黒崎が

「参った」

と、言ってしまった。ろくに吉岡のパンチも当たってないので、黒崎の顔はキレイなものだ。おそらく黒崎も、将平と同じように永末の

「裏拳使え」

の言葉が聞こえていたんだろう。


決闘を終えてすぐ、あまりの悔しさに将平と黒崎は、近所の本屋へ自転車で出掛け

「空手道入門」

という本を購入し、その日から二人で、近所の空き地で練習を始めた。

しかし、いくら練習しても、素人は所詮、素人である。

意を決した将平と黒崎は

「一緒に、空手道場に入門しよう」

ということになったんだが、先にひとり空手の練習を見学に行った黒崎が、道場の先生から

「見てるんやったら、やってみないか」

と、将平より先に入門してしまった。今になって考えてみれば、将平も次から、黒崎の入った道場へ入門すればいいだけなのに、将平は

「黒崎の裏切りや。一緒に入門しようと言ってたのに」

と拗ねて、それで二人の仲は悪くなってしまった。それから間もなく黒崎は、親の仕事の都合で転校することになったんだが。将平は黒崎に、空手道場入門の件で、自分が拗ねたことに対する詫びを言えないままだった。

(ほんとうに俺は、最低な奴や)

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