第9話 ツインドリル急降下

 夕刻を過ぎ、ティンは街はずれの森林で休憩を取っていた。

 市で買った鞄からパンを取り出してモサモサとむさぼる。


「無いよりはマシ、程度だな……パイコキちゃんも食べる?」


 パイコキは首を横に振る。

 目に映るなにもかもが昨日までとは違う現状。

 ここまでの数時間を回想し、ティンは星空を仰いだ。


「みんな、今頃どうしてるかなぁ?」


 ティンが考えている以上にクォターツ領は大惨事となっていた。

 令息の失踪、聖剣の紛失、連続殺人……これがたった一日で起きたのだから混乱を極めるのも当然である。

 そんなこともつゆ知らず、ティンは能天気に空想していた。


「さてと、今日はもう寝るか」


 ティンが大きなあくびをして目を瞑ると、空の向こうで何かがキラリと瞬いた。

 それは風を切り、凄まじい速度でティンのいる方へと飛んでくる。


「おチェストですの〜!」


 絶叫と共に落ちてくるのはつま先を槍のように伸ばしたツインドリルの金髪令嬢。

 ティンがその存在に気づいた時には既に逃げられない距離にいた。

 いち早く気づいたパイコキがティンの前に立ち、両手を前にかざす。


「ンンッ!」


 二人と令嬢の間に半球体の結界が現れる。

 魔力によって作られた強固な防壁。

 しかしそれを前にしてなお令嬢は止まる事なく一直線に突き進む。


 魔力を帯びた蹴撃は雷を纏い、けたたましい音と共に結界へと飛来する。

 直撃する刹那、火花の放つ眩さにティンは目を瞑った。


 衝突と共に吹き荒れる突風。

 その衝撃は木々をへし折る程に強烈だった。

 結界にヒビが入っているものの、令嬢の一撃はティンへ達するには至らない。


「やりますわね!」


 令嬢は結界を蹴り跳ねて距離を取った。

 ティンはようやくアバリムを手に取り戦闘準備に入る。


「何者だお前!?」

「私はキャロライン……諸事情により姓は伏せさせていただきますが、何卒宜しくお願い致しますわ」


 見るからに貴族のような出立ちで人殺しをしようとしているのだから、家名を名乗れないのは当然である。


「わざわざご丁寧にどうも。で、お前は——」


 無駄話を続けながらティンは情報を集めて作戦を練った。

 上空からの奇襲となればまず間違いなく魔法は使える。

 しかし攻撃方法は体術。そこが妙である。


 宙を舞う魔法は高難度で魔力の消費も多い。

 ティンは幼少期にノインが数センチ浮いただけで嘔吐した後数日寝込んだのを見てその難しさを知っている。


 それ程の高度な魔法を使える者が、なぜ攻撃に魔法を使わないのか。

 考えれば考えるほど謎は深まるばかりだ。


「それにしてもお前、随分と素敵な髪型してるな」

「あら、お目が高い! なんだか殺すのは惜しくなってしまいますわ」


 ティンの嫌味など物ともしない圧倒的なハイテンション。

 キャロラインが堂々と胸を張ると、動きに合わせてツインドリルもふわりと跳ねる。

 不自然な挙動。


「案外死ぬのはお前だったりしてな」


 キザな台詞と共に斬り掛かるティン。

 キャロラインは訝しみながらも余裕を持ってゆったりと躱す。

 完全に一致する乳とドリルの揺れ。



 ティンはそこに敵の秘密を見出した。


「なるほどな、弱点をわざと目立たせることでそれがあたかも弱点ではないように見せかけているってことか」

「……一体なんのことかしら?」


 首を傾げるキャロラインにティンは問答無用で斬り掛かる。

 その狙いは二つのたわわなツインドリル。

 何故か突然髪を狙われるという事象にキャロラインはただただ困惑した。


「あなた、何を考えてますの?」

「うるせえ! こちとらお前の秘密に気づいてるんだよ?」

「はあぁぁぁん?!?!」


 半ばキレ気味なキャロラインをよそに、ティンは自身の推理をひけらかす。


「俺は知ってるぞ! お前がそのツインドリルから火を吹いて飛ぶことを!」

「そんな……」


 勝ち誇った表情でティンは悦に浸る。

 わなわなと震えるキャロライン。

 その拳は硬く握り締められたまま、凄まじい速度でティンの顎を打ち抜いた。


「私がそんなバカみたいな生き物な訳ないでしょ!」


 激昂と共に放たれた渾身の右ストレート。

 しかしその拳は存外軽く、軽く叩かれた程度の痛みしかティンの頬には残らなかった。


「いいかしら? 私のスキルは【無重力】、名前の通り産まれた時から私の体には重さがありませんの! だから決してこの髪から変な動力を放っている訳ではなくってよ!」


 つらつらと自身の秘密を公開していくキャロライン。

 ティンはその話に「なるほど」と相槌を打ちながら聞いていた。


「それ、どうやって地面に立ってるんだ? 重さが無ければ浮くだろ、普通」

「それは重力魔法で上手いことやってるのですわ! ほら、最初の一撃も……」

「じゃあ、魔力が切れたら負けって事だな?」


 ティンの口角が邪悪に釣り上がった。

 剣を鞘に納めて自由になった両手の指がぬるぬると動き出す。

 それはまるで淫行に及ぶような、セクハラまがいの挙動である。


 キャロラインは後悔した。

 わざわざ自分の弱点を敵に伝える必要はどこにもない。

 多弁は時に己が首を絞めるのだ、と。

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