第23話 青春ラブコメと言えば
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いらっしゃいませー何名様ですかぁ、と店内に愛想の良い声が響いた。
テーブルを挟んでソラの正面に座った祈里が「あれやめてほしいんですよね」と顔を顰める。「ひとりです、って口にするたびに祈里がひとりぼっちだって再確認させられます。ひどい仕打ちです」
ソラ達が座ったテーブル席の真横の通路を店員が忙しそうに早足で駆けて行く。
「お前プロのぼっちなんだから、そのくらい慣れろよ」
「プロのぼっちってなんです?! 祈里そこまでぼっちに命かけてません! てか、ぼっちじゃないです」
「祈里たん、そういう時は、『逆に祈里に友達がいるように見えますか?』って言ってやればいいよ」と有栖がしたり顔で訳の分からない助言をする。
祈里は即座にブザーを押して店員を呼んだ。
「店員さん、祈里そんなにぼっちに見えますか?」質問が変わっていた。
「あ、無視して大丈夫です。注文お願いできますか?」
ソラはにこやかにアルバイトと思しきその女子店員に言った。女子店員は少し頬を染め「あ、はい」と端末機器を取り出す。注文の入力を終えると、彼女は明らかに他に向けるものとは違うとびきりの笑顔をソラに向けてから去って行った。
その分かりやすい乙女の顔に、双葉が、ちっ、と舌打ちして女子店員の背中にガンを飛ばしていた。
「で」とソラが隣の大男に視線を向ける。「なんで、マッチョがいるんだよ」
「なんでいる、とはご挨拶だな。そんなにハーレムがよかったのか、ソラ」
ダメだコイツ、と天を仰いでから、ソラは大きなため息を吐き出した。
この日は生徒会室が本来の生徒会活動があって使えない、ということでファミレスで例の計画についての話し合いをすることになっていた。
本来の生徒会があるのに、生徒会長がいなくていいのか、と有栖に訊ねたら、「生徒会長がいなくても生徒会ってまわるんだよ」と有栖はあっけらかんと答え、ソラは閉口した。それでいいのか生徒会。
ここに祈里、双葉、有栖が集うことは予定通りだった。だが、マッチョは違う。そもそもマッチョは例の計画とは無関係であり、マッチョのいる場では『爆弾』だとか『爆破』だとかそういったワードは使えない。
ならば、ソラ達がここに集った意味も失われると言えた。
「なんか、そのゴリラ、最近あたしにつきまとって来るんだけど」と双葉が不機嫌そうに言った。
「おい、ゴリラ。そうなのか?」とソラが訊ねると「誰がゴリラだ」とマッチョが不服を表明した。『マッチョ』は良くて『ゴリラ』はダメなのか、とソラは首をひねった。
「ストーカー規制法って知ってる?」有栖がマッチョに質問の皮をかぶった非難を投げつける。
「俺はゴリラでもストーカーでもねぇ!」マッチョは更に否定した。それから、「ただ双葉に惚れただけだ!」と言い放った。
「ほぅ」「あら」「えぇ?!」と双葉以外が同時に反応する。全員の視線が双葉に流れた。
「ごめん、あたし流石に類人猿はちょっと……」双葉が両手を合わせて片目をつぶり、苦々しい顔で顎を突き出すように一礼した。
「誰がゴリラ、チンパンジー、オランウータンと数種のテナガザルだ!」
「いやに類人猿に詳しいな」とソラが感心し、「あたしが言ったのはゴリラだけなんだけど」と双葉が指摘する。
祈里が、ばん、とテーブルを叩いた。「皆さんあんまりマッチョさんを責めないであげてください! ゴリラにだって恋愛する権利くらいあります!」
「だからゴリラじゃねーつってんだろ!」
ダメだ、話が一向に進まない。ソラは額に手を当てて項垂れた。
その後のマッチョと双葉の話を要約すると、こういうことらしい。
先日、遊ぼう遊ぼうとしつこくソラに迫るマッチョから逃げる際に、双葉がマッチョの足止めをしてくれた。その時、ちっちゃくて可愛らしいのに背伸びして悪ぶっている双葉を見て、マッチョは恋をしたそうだ。
それからというもの、マッチョは校門に早くから待ち伏せして、双葉が登校するたびに「一緒に行こうぜ」と声を掛けたり、放課後双葉の教室に現れ、「遊び行こうぜ」と誘ったり、と粘着質なアプローチを仕掛けているらしい。こと恋愛になると暴走するタイプか、とソラは勝手に得心する。
「校門から一緒に登校って、もう学校ついてるし、意味ないじゃないですかァ」と祈里がマッチョを指差し心底可笑しいといった顔でけらけら笑う。
「校門から一緒に登校してくださいと申し入れて来た奴が言うな」とソラがつっこむと、祈里はソラとの出会いを思い出したのか、あぅ、と顔を赤らめて俯く。
「とにかく、マッチョのストーカー行為は置いといて——」
「置いとかないで。あたし困ってんだけど」双葉はマッチョを睨みつけるが、マッチョはにへらと笑い双葉に手を振った。
「ま、まぁマッチョは悪い奴じゃないし、ボディーガードでも雇ったと思えば——」
「ゴリラに懐かれたあたしの身にもなってくれる?」
ソラは一瞬面倒くさそうに顔を顰めてから、マッチョに向き直った。
「おい、マッチョ。100人の女を泣かせてきた俺が、お前に恋愛の極意を伝授してやる」
「うっわ、ナルシ乙」と双葉が鼻に皺を寄せ、「女の子泣かせちゃダメですよ」と祈里が説教を始めようとする。ソラはどちらも無視した。
「いいかマッチョ。押せ押せじゃダメだ。押したら引け。むしろ引け。引け引けくらいが丁度いい、お前の場合」
マッチョはソラのテキトーなアドバイスを、なるほど、と何度も頷いて心に刻んでいた。
「分かったぜ、ソラ。俺は今日からガンガン引くぜ」
「ガンガン引くってどういうことかな」有栖はどうでも良い疑問を口走って、いつの間にか持ってきていたアイスコーヒーをストローでズズズと飲み干した。
「よし。ストーカー問題、解決だ」
「随分雑にあしらったわね」双葉がソラを見る目を細めた。
有栖が唐突にカラになったグラスをマッチョに差し出した。「アイスコーヒー持って来てくれる? ブラックで」
「なんで俺が」マッチョは当然、怪訝な顔を見せる。
「マッチョくん。ここが『引き』どころ、だよ」有栖がウインクすると、マッチョは、はっ、と目を見張り「そうだな。俺は引く。一旦引くぜ」とグラスを持って立ち上がった。
「ついでに全員分、飲み物お願いね」と有栖は付け加える。
マッチョはサムズアップで応じて、無駄に爽やかにドリンクバーコーナーに消えて行った。
「引くのとパシられるのって関係あんの?」双葉が疑問を口にすると、有栖は「ある訳ないじゃん」と即答した。その言動にドン引きである。
「そんなことより」と有栖が言う。「今日は例の計画の話は厳禁だよ。理由は分かるでしょ?」
マッチョがいるから話せない。そう言いたいようだ。
「まぁ、それは分かるが、なら何のために集まったんだよ」
そのタイミングで注文していたフライドポテトや唐揚げを先ほどの店員が持ってきた。ソラが「ありがと」と店員に告げると店員は「良かったら……」ともじもじしながら連絡先を書いた紙片をソラに渡して、逃げるように去って行った。
祈里と双葉が冷たい視線をソラに向ける。
「……なんだよ」
「別に?」「何でもないですけど?」
何でもない割にはやけにとげのある視線だった。有栖は、ふふっ、と意味深に笑ってから「今日は別件だよ」と言う。
また有栖が訳の分からないことを言い出した、とソラはフライドポテトをつまんで口に放り込み、もぐもぐと咀嚼する。美味くも不味くもなかった。
「別件ってなんですか?」祈里が首を傾げる。
「今日したいのは『青春作戦』の方の話なんだよ」
ソラは噛み潰したフライドポテトを喉に詰まらせかけた。ゴホッゲホッと涙目になりながら咳をした。
「青春作戦ってなんです?」
「ああ。それはソラがこの学校でイチャラブ——」と有栖が説明しかけたところで、「有栖さんや! その話は今必要かな? 端折っても問題ないと思うんだがな」とソラが割り込んだ。
有栖は顎に指を1本つっかえて、「それもそうだね」と笑った。そして改めて話し出す。
「ソラがボクとのキスだけじゃ物足りないって言うからね——」
「有栖さんやァァアア?! どこを端折ってるのかな? 違うよね? そもそもそれキスじゃなくて強制わいせつだよね?!」
「いや、一応、ボクの方にもその気はあったよ? だから無理やりってわけじゃないから安心して?」
「お前が加害者だよ!」
はっ、と気が付くと、『怨念』と言っても過言ではない黒いオーラがソラに向けられていた。
「あんた誰とでもイチャコラやってるわけ?」と双葉が抜き身のナイフのような鋭い視線をソラに突き刺す。
「最低です」と祈里までもが、口を堅く結んで、ソラに冷たい目を向けていた。
あはははは、と有栖が手を叩いて笑った。こいつ絶対わざとだ、とソラは確信する。
有栖はひとしきり笑うと「でね」とまた口を開いた。有栖が喋ると碌なことにならないため、ソラはさらに警戒心を強めた。
「青春ラブコメ、と言えばプール回じゃん?」
「そうなんですか?」祈里が双葉に顔を向けると、双葉は「まぁ、読者サービス的には必須ね」と若干ずれた感想を述べる。
「なので、このメンバー。爆メンでプールに行こうと思いまーす」
「はぁ?」ソラの間の抜けた声が漏れでる。「プールって……例の計画と何の関係があるんだよ」
「関係ないよ? 別件って言ったじゃん。ただ遊びに行くだけ」と有栖はあっけらかんと答えた。
「わーいプール! 祈里お友達とプール行くの初めてです」祈里が顔を緩めて、座りながら小さく飛び跳ねる。「おい、やめろ。行儀悪いぞ」とソラに注意されて止まったが、それでも祈里の表情は、えへへとニヤけていた。
意外にも双葉も反対しなかった。「まぁ、もう夏休みだしね。いいんじゃない?」
ただ1人、ソラだけが女子3人に立ち向かった。「あのなぁ、お前ら。俺らはこれからヤバいことしでかすってのに、呑気に遊んでる場合じゃ——」
ソラの言葉が止まる。ソラ達のテーブル席の横に、人数分の飲み物をおぼんに乗せて持ったマッチョが立っていた。彼はどでかい声で叫ぶ。
「よっしゃ! 皆で行こう! プール!」
その顔はキラキラと輝いており、誰がどう頑張っても、止まりそうにないことは明らかだった。
ソラは静かに目を閉じて、説得を諦めた。
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