第17話 よくある展開
遥か遠くの空が赤みを帯び、背後から忍び寄るような紺色の闇が近くの空に広がっていた。
この日も、OB・OGのタイムカプセルは見つからなかった。本当に埋めたのかよ、と問い詰めたい程、何もでない。ただ掘り返してから埋めた跡が校庭に増えていくだけだ。
「おいおい、こんなに人数がいて、見つけられないとか、どういうことだよ」と長髪のOBが嘆いた。
嘆きたいのはソラの方だった。なんで無償で奉仕してやっているのに、その上、お小言までもらわねばならないのか。
「双葉ちゃんを置いてきて正解でしたね」祈里がソラの耳元で囁いた。
「ああ。あいつがいたら、また大乱闘が勃発するところだ」
双葉と有栖は生徒会室に残っている。計画について詰めておく、と有栖は言っていたが、ソラは少し心配だった。過激派2人が話し合っても碌なことにはならない。今頃、学校の国旗を揚げるポールをぶっ壊そう、だとか、放送室を占拠しよう、だとか話しているに違いない。
鉛でも飲み込んだかのように気が重くなった。
「なんか……オケりたくね?」と突然あご髭のOBが提案する。
「いいねぇ」「行く行く」と残りのOB・OG2人もはしゃぎ出す。
そして、ソラ達に向き直ると、あろうことかスコップを押し付けるように差し出してきた。
「これ片しといて」「よろ」「じゃお疲れ」
OB・OGは返答を聞くことなく、吹きすさぶ風のごとく去って行く。
「さすが礼儀正しい日本人」とソラが皮肉ると、「あれを基準にしないでください」と呆れた祈里の声が返ってきた。
体育倉庫は大きく口を開いた化け物のようにソラ達を待ち構えていた。
日が暮れかけているせいか、倉庫内は一部夕日が当たって見える壁以外は真っ暗で何も見えない。
ソラが4本、祈里が1本とそれぞれスコップを手に倉庫内に入った。
「視界が悪いな。祈里、照明付けてくれ」
「はい」
祈里が入口横のスイッチを押すと、白熱電球の照明が、てん、と音を立てて付いた。はっきり言って、まったく心もとない微弱な光だったが、ないよりはマシだ。
ソラと祈里は倉庫奥の角に立てかけられているスコップ群に近付き、両手のスコップをその仲間に加えた。
丁度その時だ。パッと照明が消えて、かろうじて見えていた祈里の顔に闇が掛かった。
「きゃっ」祈里が隣で声を上げる。「なに、これ、えっ!? やだ……ソラくん!」パニックに陥る祈里の声と乱れた呼吸が聞こえた。
ソラは祈里の手を握った。「大丈夫だ。俺はここにいる。一度落ち着け」
その直後、鉄扉が閉まる衝撃音と共に、薄く闇がかかった視界が、完全な黒に変わった。
ぼんやりと見えていた祈里の輪郭が消える。視界には黒以外の何も映らない。
祈里が恐怖からか静かにすすり泣く。ソラは祈里の手を右手で強く握り締めながら、祈里がいるであろう空間に空いている左腕を伸ばし、抱き寄せた。祈里の呼吸が首筋に当たる。胸に収まった祈里は震えていた。祈里の手は冷たい。
「大丈夫。怖くない。俺が何とかする。大丈夫だ」とソラが繰り返す。祈里が落ち着くまで。何度も何度も、「大丈夫」と言い聞かせた。なんの根拠もないその言葉を、ただひたすらにソラは口にした。祈里は泣きながら、口を手で押さえ、何度も頷いた。
やがて祈里が「ソラくん」と声をあげた。
「ああ。ここにいる」
「うん。わかるよ。温かいから」
祈里の髪の毛が首にあたって少しくすぐったかった。祈里のいつもの少し硬い敬語が外れていた。
「とりあえず電気をつけたい。動けるか?」
「うん」と祈里が答えた。
祈里と手をつないだまま、体育用具を踏まないように慎重に鉄扉まで移動した。照明のスイッチを押すと、祈里の顔が見えた。涙の痕がついてはいるものの、意外にも表情は柔らかく、ソラと目が合うとふふっと笑った。
「顔が見えると安心しますね」
祈里の言葉遣いが元に戻っていた。それを少し残念に思った自分が、ソラは自分で意外だった。
ソラは鉄扉を内側から力の限り引っ張ってみた。だが、鉄扉はびくともしない。
「まぁそうだろうな」とソラが呑気に言う。それは祈里を怖がらせないための配慮でもあった。
「開かないんですか?」
「ああ。ラブコメでよくある展開だ。
「言ってる場合ですか。祈里たちに気が付かないで閉められちゃったんですかね」と祈里が眉尻を下げて言った。
ソラはそれには答えない。だが、内心ではそうではない、と分かっていた。
この体育倉庫はそこまで大きくもなく、直方体の形をしている。体育用具が散乱していることもない。つまり、見通しは良かった。さらに、照明がついており、鉄扉は開け放たれていた。この状況で中の人が見えない訳がない。誰かが故意にソラと祈里を閉じ込めた。ソラはそう確信していた。
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