第15話 ばっかじゃないの

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 6限のチャイムと同時にソラは、一つ下の階に向かった。

 2階は2年生の教室。どのクラスかは既に調べてある。ソラは迷うことなく2年C組の教室に入った。


「ぇ、ちょ、待ってヤバ!」

「きゃァァアア!」

「先輩……カッコ良……!」


 ただ教室に入っただけなのに、一瞬にして教室が騒がしくなった。

 ソラはお構いなしに首を巡らせ教室を見渡す。双葉は一番窓側の後ろの席にいた。引き攣り顔の双葉のもとまで、ずかずかと歩み寄るとソラは双葉をがしっと小脇に抱えた。


 また悲鳴が上がる。双葉のではない。周りからだ。

 双葉は最初、何が起きているのか理解できていないのか、大人しく抱えられていたが、すぐに顔を真っ赤にして「ちょ、ば、放せ! 変態! 放せよ!」と暴れ出した。


 ソラが双葉のばたつく足を鬱陶しそうに押さえると、「ひゃぃん」と奇声をあげて、双葉は身体を一直線に伸ばした。


「お前、ほんと危ないから暴れんな」

「うるさい! 放せ変態!」


 後輩達の好奇の目に見送られながら、ソラは2Cの教室を出て早足に廊下を歩いた。そして、目的の部屋のドアを開けると、その中に双葉を放り込む。


「あれ?! 双葉ちゃん?!」教科書を開いて勉強していた祈里が声を上げた。

「誰?」と祈里の横で勉強を見てやっている有栖が首を傾げる。


 そこは生徒会室だった。いつものように生徒会メンバーはほぼおらず、有栖と祈里だけが長机に隣り合って座り参考書を広げていた。


 ソラが遅れて中に入ると、有栖が少しトゲのある視線を向けてきた。何、部外者を連れてきてるのよ、とでも言いたげである。


「なんで双葉ちゃんを生徒会室に?」と祈里がソラに訊ねた。

 だがソラはそれには答えずに、代わりに「双葉」と声を張った。

 双葉が怪訝そうにソラに顔を向ける。


「俺たちはこの学校を爆破しようと思ってんだ」


 がたっ、と机の揺れる音が鳴った。有栖が目を剥いて立ち上がっていた。祈里は両手で口をおさえて固まっている。

 ソラは有栖らには一瞥もくれずに、じっと双葉を見据えていた。


「当たり前のように横行するいじめ、教師の公権力の濫用、一部の保護者との癒着、この学校は異常だ。生徒も、教師も。醜く、汚い部分が積み重なって、常態化してるんだよ」


 ソラが静かに諭すように話す。

 双葉は黙って聞いていた。冗談か本気か、見定めているようでもあった。


「だから」とソラが口角を上げる。「俺たちが全部ぶっ壊す。この学校のうみを一つ残らず吹き飛ばしてやるんだ」

「……本気なの?」


 真剣な瞳がソラに向けられていた。双葉には、これが冗談ではない、と分かっているようだった。分かった上で、そんな大それたこと本当にやるのか、と問いかける。


「本気だ」とソラが答えた。それから陽だまりのような柔らかい笑みを双葉に向ける。「お前も手を貸せ」


 双葉は目を見張ってソラを見つめ、ソラも透き通った青い瞳を双葉に向けていた。

 双葉が笑う。「バカじゃん」と。言葉とは裏腹にどこか嬉しそうな笑みだった。


「勝手にメンバーを増やすのは感心しないな」


 黙って成り行きを見守っていた有栖がソラを睨みつけて声をあげた。


 ソラは両手のひらを上に向けて広げる。「何が問題なんだ」

「ボクらがやってんのは部活動でも委員会でも同好会でも仲良しサークルでもないんだよ?」有栖が責めるようにそう言うと、祈里が「祈里たち仲良しじゃないですか」と頓珍漢な横槍をいれた。当然有栖はそれを無視する。


「ボクらがやるのは犯罪だよ。秘密を知る共犯者は少ない方が良い」

「あたしは別にチクったりしないけど」双葉が少し不愉快そうに言う。

「キミのためでもある。こんな犯罪に巻き込まれて、万が一バレたら退学どころじゃないよ。警察に逮捕される。間違いなくね」


 有栖は脅すように告げた。だが、双葉は有栖の予想に反して、可愛らしい笑みを浮かべる。


「あはは、いいね。スリル満点」双葉がおどけて肩を揺らした。


 ソラは「な?」と有栖に笑みを向けた。「こういう奴だ。それにこいつだって、学校に人生を狂わされた被害者だぜ? 爆破する資格としては十分だろ」


 有栖は額に手を当てて、ため息をついた。


「双葉ちゃん、一緒に頑張って学校爆破しましょうね」と祈里が胸の前で両手を握る。可愛らしい光景だが、言っていることはただの犯罪である。

「頑張ると言っても火薬がねぇから今のところ、頑張りようもないけどな」ソラがぼやくと双葉が「火薬?」と片眉を上げた。


 ソラはここまでの進捗状況を双葉に説明した。

「——だから今、計画は頓挫してるってわけだ。俺もネットで半グレ集団に接触したりはしているが、今のところ手ごたえはなしだな」

「ソラくん、危ない人と連絡取ってんですか!? ダメじゃないですか!」祈里が口を真一文に結んで睨んでくる。

「学校爆破の方が余程ダメだろ。もう犯罪に片足突っ込んでるんだ。この際仕方ないだろ」

「ボクも闇サイトとかでそれとなく探り入れてるけどダメだね。如何せん、はっきりと爆薬欲しいって明記できないのは痛いね」と有栖が言う。

「あんまりはっきり書くとそれだけで逮捕されるからな」


 祈里は有栖までそんなことをしていると知って「良い子なのは祈里だけですか……?」とショックを受けていた。

「お前も爆破計画に加担してる時点で良い子ではないだろ」

「祈里は良い子です! 半ゴリ集団と仲良くなんてしませんから!」

「半分ゴリラでどうすんだよ。半ゴリじゃなくて半グレな」


 あごに手を当てて考え込んでいた双葉が唐突に声を上げたのはそんな時だった。


「あたし……それどうにかできるかもしんない」


 皆が双葉に目を向ける。「それ、って爆薬のことか?」

「うん。前に知り合いの不良グループが敵対グループと抗争するからってんでバイクのケツに乗っけてもらったことがあったんだけどさ」

「お前何気しっかり不良やってるよな」とソラが口をはさむと「うるさいな。昔の話だから」と双葉が顔を顰めた。

「で、その時、メンバーの一人が発破持ってきたことがあってさ。なんでそんな物持ってんだって聞いたら、親がトンネル工事の会社を経営してて、管理が杜撰ずさんだから簡単にパクれるんだって」


 有栖がソラに顔を向けた。まるで合否判定を待つかのようにソラを見つめる。


「その話が本当なら……多分いけるな。土木工事で使う発破爆薬ならダイナマイト、含水爆薬、アンホ爆薬あたりだろ。いずれにせよこの学校を一部破壊するくらいなら訳ない威力だ」


 有栖は満足げに頷くと「双葉っち。その男にまだ連絡はつく?」と訊ねた。

「え、うん。多分大丈夫」

「なら、すぐに連絡して。金を要求してきたら50万までは出せるから。ソラ、双葉っちに付き添ってキミが交渉して」

「それは別に構わないが、もし50万でも頷かなかったらどうすんだよ」とソラが言うと、有栖は薄く笑ってから「その時がきたら教えてあげる」と答えた。

「有栖さん、怖いです」祈里が椅子をずらして少し有栖と距離を取る。

「その男のためにも50万以内でなんとか頷かせよう」


 ソラと双葉はすぐに空き教室に移動して、件の男との接触を試みた。

 とりあえず双葉からメッセージを送って返信を待つ。


「しかし、お前本当に良かったのか?」ソラが適当な席について頬杖をつきながら訊ねる。

「何が?」双葉はスマホを操作しながら応じた。

「こんな犯罪計画に加担して」


 ソラがそう言うと双葉はスマホから目を離して、呆れた顔をソラに向けた。


「あんた今更そういうこと言う、普通? そもそもあんたがあたしを無理やり連行したんじゃん」

「まぁそうなんだけど」ソラは窓の外を見た。快晴の空が広がっていた。階下からは部活動をする生徒の声が聞こえてくる。

「なんで?」と双葉が言った。

「あ?」

「なんで、あたしをこの計画に引っ張り込もうと思ったわけ?」


 ソラが双葉に視線を戻すと、双葉と目が合った。双葉は真っすぐにソラを見つめていた。


「さぁな。お前が極悪な顔してたからじゃね?」


 ソラは笑うが、双葉はその回答では許さないとばかりにソラに強い眼差しを送り続ける。

 ソラは観念してため息をついた。


「お前が助けを求めてるように見えたからだよ。……あんな顔されて放っておけねぇだろ」


 ソラはまた外に目を向けた。照れ隠しだった。

双葉は、はぁ? と言いながら、半笑いの顔をソラに向ける。


「ばっかじゃないの」と再びスマホに目を向けるが、双葉の指は全く動いていない。

 双葉は少し頬を染め、もう一度小さく「ばっかじゃないの」と呟いた。

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