(5)――「魔女狩り……!」
それは、前触れも予兆もなく、唐突に始まった。
いつものように少年と魔女による殺し合いの日々に終止符を打ったのは、矢の雨だった。
ちょうど、畑仕事の為に二人して外に出ているところを狙われたのだ。
魔女が咄嗟に防御魔法を展開してくれたおかげで、二人に怪我はなかった。
しかし、火矢を放たれ、家屋はあっという間に火に包まれ。
火の勢いに巻き込まれないようにと、家から離れたところで。
突然、魔女が倒れたのである。
「……ネリネ?」
なにをしても死なない魔女が、何故、倒れたのか。
少年にはそれが理解できなくて、理由を探る為に必死に頭を働かせながら、のろのろと魔女を見遣る。
魔女の身体には、矢が突き刺さっていた。
よく見れば、矢のシャフト部分には、呪符のようなものが貼られている。
「ぐっ……魔術回路破壊の呪符か……」
苦悶の表情を浮かべながら、魔女は冷静に状況を分析する。
「魔女狩り……!」
苦々しく呟いた魔女の背に、呪符が貼られた矢が、容赦なく何本も刺さった。
魔術回路破壊。
それは魔女にとって、不死身の崩壊を意味した。
傷が塞がらない。
血が止まらない。
視界が霞みだす。
ぐらぐらとして。
くらくらとする。
魔女は生まれて初めて、終わる、という概念が脳裏を過った。
「そんな……! ネリネ、おい、ネリネッ!」
少年は魔女を守るように覆いかぶさりながら、彼女の安否を確認する。
幸いにして、矢の雨は止んでいて、少年が傷つけられることはなかった。
しかし安心したのも、束の間。
「そこを退け、小僧。我々は魔女狩りの一団である」
重装備に身を包んだ騎士たちが、ぞろぞろと姿を現したのだ。
魔女狩り。
噂には聞いていたが、こんな辺鄙な森に封じられた魔女でさえ、その対象となるのか。或いは、それだけ魔女は駆られ尽くし、残るはこの森だけとなったのかもしれない。
「……ライ、聞こえるか」
掠れる声で、魔女は少年に呼びかける。
「転移魔法を、展開させる。準備が整うまで、奴らの気を、逸らせるか?」
本来であれば、魔女はこの森より外には出られない。
しかし、状況は変わった。
騎士たちが魔術回路破壊の呪符を持ち込んだということは、魔女を封じていた結界を破壊してここへやってきたということだ。
普段であればいくつも魔法を展開できる魔女だが、魔術回路を破壊され魔力が不安定な今、転移魔法ひとつだけで精一杯である。
千載一遇の機会。或いは、窮途末路が見せた明光か。
「できる。任せろ」
魔女の問いに、少年は即答した。
そうして、すっくと立ち上がると、魔女の前に出て両手を広げた。
魔女狩りの騎士たちの重装備に対し、少年は丸腰だ。
恐怖で身体が震えるが、そんなことは構うものかと、少年は声を張り上げる。
「嫌だね。絶対に退かない」
人間の子ども相手なら手出しはしないだろう――なんて算段は通用しない。
少年は、その風貌から忌み子としてこの森に捨てられたのだ。異形の扱いこそされ、人間扱いはされないだろう。きっと騎士たちには、魔女の使い魔のように見えていたに違いない。
騎士の一人がすっと手を上げると、どこからともなく矢が飛んできた。それは少年の足元に、すとんと落ちた。威嚇射撃だ。
「次は当てる。小僧、降伏するなら今だぞ。人間側に付くというのなら、命までは奪わないでやる」
どこか遠くのほうから、きりきりと弓の張り詰める音がした。
次は間違いなく矢を当てられてしまうのだろう。
わかっていても、少年は口を開く。
「……お前らが、僕に、村に、なにをしてくれたっていうんだよ」
そうして少年は、その赤い瞳で騎士たちを見据えて、言う。
「日照りで苦しいとき、なんにもしてくれなかった癖に。魔女を殺すときだけ活気づいてるんじゃねえよ」
少年の声は独り言でも呟いているかのようにか細くなっていき、騎士たちの耳には届かない。
むしろ、それが魔法の詠唱と捉えられたのか、飛ばされてきた矢が少年の足に刺さったではないか。
「ぐっ……」
思わず、少年は膝をついた。
毒矢の可能性を考慮し、すぐさま矢を引き抜いたが、手当てまではできない。だらだらと流れ出した血が、少年の衣服を赤く染めていく。
「もう一度訊く。小僧、その魔女を差し出せ。降伏しろ。人間側に付くのだ」
再度騎士から問われ、少年はゆっくりと立ち上がった。
そうして今一度、両手を広げ、魔女を守る姿勢を取る。
「ネリネは――この魔女は、僕の命の恩人で、僕が美しく殺すって約束してるんだ。お前らなんかに、殺させはしない!」
少年が見栄を切ったそのとき、転移魔法の準備が整った。
魔女の血で描かれた魔法陣が淡く光り、少年と魔女を包み込む。
騎士たちは慌てふためいていたが、魔法が展開できさえすれば、こっちのものだ。
「ライ、こっちにおいで」
魔女は少年を呼び、そっとその身体を抱き締めた。
それは、より転移魔法を安定させる為であることはもちろんのこと。
気持ちに嘘を吐かずに吐き出せたな、と感心したが故だった。
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