第2話 6月14日-初めてのリクエスト

門司港の夜は、関門海峡に映る灯りが星空のようにきらめく、静かで美しい時間だった。FM門司港の小さなスタジオでも、23時を迎えようとしていた。佐藤美咲は、初めての「ハートステーション」の放送を前に、机に並べられたリスナーからの手紙を一つ一つ確認していた。


美咲の髪は、ショートカットで自然なウェーブがかかっている。茶色の大きな瞳が、リスナーの言葉に優しく光る。彼女は深呼吸をして、マイクの前に座り直した。この瞬間のために、ずっと夢見てきたのだから。


「皆さん、こんばんは。こちらはFM門司港の『ハートステーション』、今日から新しいパーソナリティとしてお送りする佐藤美咲です。」美咲の声は穏やかで、心地よくスタジオに響いた。「前任の田中さんからこの番組を引き継ぐことになりました。これからも皆さんにとって特別な時間をお届けできるよう頑張りますので、どうぞよろしくお願いします。」


美咲は、リスナーから届いた手紙の中に一通の特別な手紙を見つけた。それは中学生の山田翔太からだった。彼の手紙には、学校でのいじめに悩み、ラジオを聴くことで少しずつ元気を取り戻しているという切実な思いが綴られていた。美咲はその手紙をそっと握りしめ、リクエスト曲の紹介を始めた。


「今日は特別なリクエストを紹介します。この手紙は、門司港に住む中学生の山田翔太くんからです。翔太くんは、学校でのいじめに悩んでいると書いています。でも、ラジオを聴くことで少しずつ元気を取り戻しているそうです。彼がリクエストしてくれた曲は、彼にとって大きな意味を持つ曲です。」


美咲は、スタジオの再生ボタンを押し、「Mr.Children」の「HANABI」を流し始めた。その曲がスタジオ内に響くと、美咲は翔太の手紙をじっくりと読み返した。その言葉一つ一つに心が打たれる。


曲が終わり、美咲はリスナーからのメッセージを紹介した。「今、たくさんのリスナーから翔太くんへの応援メッセージが届いています。皆さん、本当にありがとうございます。」リスナーの温かい言葉が次々と紹介され、翔太に勇気を与えていた。


翌日、翔太は学校に向かった。校門をくぐると、クラスメートや先生たちから声をかけられた。

「昨日のラジオ聴いたよ!すごくよかったね。」

「これからは一緒に遊ぼう!」


翔太は驚きながらも、周囲の温かさに触れて心が軽くなるのを感じた。


その日、翔太は学校から帰宅すると、夕食の席で母親に話しかけた。「ねえ、昨日のラジオ、僕のリクエストが流れたんだ。」母親は驚きつつも微笑み、「それはすごいことだね、翔太」と優しく答えた。その瞬間、翔太の心の中に温かい光が灯った。


数日後、翔太から美咲に感謝の手紙が届いた。「美咲さんのおかげで、学校が少しずつ楽しくなってきました。皆さんの応援メッセージにも本当に感謝しています。」美咲はその手紙を読んで微笑み、ラジオパーソナリティとしての仕事の意義を改めて感じた。


夜の放送で、美咲はリスナーに向けて語りかけた。「皆さん、いつも番組を聴いてくださってありがとうございます。私たちの声が、誰かの心に届き、少しでも元気を与えられることを願っています。」


そして美咲は、もう一つの特別なリクエストを紹介した。「さて、今日はもう一つ、特別なリクエストをお届けします。こちらは、門司港に住むリスナーの田中さんからのリクエストです。田中さんは、毎晩この番組を聴きながら眠りにつくそうです。彼女がリクエストしてくれた曲を、皆さんと一緒に聴いて、今日の放送を締めくくりたいと思います。」


美咲は曲を紹介し、田中さんがリクエストした「スピッツ」の「チェリー」が流れた。曲が流れる中、美咲はスタジオの灯りを少し落とし、静かにリスナーに語りかけた。「それでは皆さん、今日も素敵な夜をお過ごしください。また明日、お会いしましょう。おやすみなさい。」


その夜も、門司港の街には美咲の優しい声が響き渡り、人々の心を温かく包み込んでいった。


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翔太が学校に行く度に、彼は少しずつ自信を取り戻していった。以前は誰とも話さず、いつも一人で過ごしていた翔太が、今ではクラスメートと一緒に笑い合うようになった。そんな彼の変化を見て、教師たちも驚き、喜びを感じていた。


ある日の夕方、翔太は放課後の図書館で新しい友達と一緒に宿題をしていた。ふとした瞬間、翔太はその友達に向かって微笑みかけた。その笑顔は、本当に久しぶりのことだった。


美咲もまた、毎晩の放送を続ける中で、リスナーとの絆が深まっていくのを感じていた。リスナーからの手紙やメッセージは、彼女にとって宝物のような存在だった。ある夜、放送が終わった後、美咲は一人スタジオに残り、机の上に並べられた手紙を一枚一枚読み返していた。その中には、翔太からの感謝の手紙も含まれていた。


「ありがとう、美咲さん。あなたのおかげで、僕はもう一度笑うことができました。」その言葉は、美咲の心に深く刻まれた。彼女は目を閉じ、静かにその手紙を胸に抱きしめた。


そして、美咲は次の放送に向けて、新しいエピソードを準備し始めた。リスナーの一人ひとりの声に耳を傾けながら、彼女は自分の声が少しでも多くの人々の心に届くよう願っていた。その夜も、門司港の街には美咲の優しい声が響き渡り、人々の心を温かく包み込んでいった。


美咲の放送は、ただのラジオ番組ではなかった。それは、人々の心に寄り添い、希望と癒しを届ける小さな灯火のような存在だった。毎晩23時、美咲の声は門司港の夜を照らし続ける。その光は、リスナーの心に温かく灯り続け、明日への希望を与えていた。

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