第42話 大澤首相誕生

42-1.大澤幹事長が総理大臣になった


平和34年10月20日、大澤幹事長がついに日本国の総理大臣になった。

民自党の代表選挙で圧倒的な票で総裁に選出され、国会の評決で総理大臣に選出された。

政権党の民自党の幹事長になってから、わずか2年、議員になってからもわずか10年であった。

年齢は、わずか54歳。戦後の総理大臣としては若い方に入る。

まさに昇り竜みたいな出世であった。極楽グループの発展と軌を同じくしていた。

大澤は、極めて幸運な総理大臣であった。

何しろ、好景気での総選挙で大勝利し、民自党は衆参両院の単独過半数を占めて絶対多数であった。

経済は絶好調で、財政は大幅な改善を示していた。

党内の反対勢力も大人しく、野党も元気がなかった。

これほど強力な権力を握った総理大臣がかつていただろうか。


組閣を行い、親任式を済ませた大澤は、記者会見を行った。

【大澤総理冒頭発言】

 「今夕、天皇陛下の親任をいただいた後、正式に内閣総理大臣に就任することになりました、大澤 賢一でございます。国民の皆さんに就任に当たって、私の基本的な考え方を申し上げたいと思います。

 私は、政治の役割というのは、国民が幸福になる要素、あるいは世界の人々が幸福になる要素をいかに大きくしていくのか、最大幸福の社会をつくることにあると考えております。勿論、大きな不幸をなくすことも重要でありますが、人々の給料を上げ、就職先に困らないようにし、貧困をなくすることにこそ政治が力を尽くすべきだと、このように考えているからであります。

 そして、今、この日本という国の置かれた状況はどうでしょうか。バブルが崩壊してからの30年間というのは、経済的にも低迷し、2万人を超える自殺者が毎年続くという、社会の閉塞感も強まって、そのことが、日本が全体的に押しつぶされるような、そういう時代であったわけですが、今や、日本経済は復興しつつあります。


 私は、このような日本を根本から立て直して、もっと元気のいい国にしていきたい、世界に対してももっと多くの若者が羽ばたいていくような、そういう国にしていきたいと考えております。

 その一つは、まさに日本の経済のさらなる発展、そして財政の黒字化、累積赤字の解消、これはもう実現の段階に来ています。さらに社会保障のさらなる充実。つまり、強い経済と強い財政と強い社会保障を一体として実現をすることであります。

 今、さらなる成長戦略の最終的なとりまとめを行っておりますけれども、日本という国は大きなチャンスを目の前にしております。それにきちっとした対応してまいります。

 例えば、大泉元首相が提起された電力立国という目標は、まさに日本が電力技術によって、世界の中に新しい技術や競争力のある商品を提供して、大きな成長のチャンスになったと自負しております。」

電力立国というスローガンは、俺が作ったんだと、大澤は思いながら喋った。

大澤首相は、ここで言葉を区切り、記者席を見廻した。

大澤首相は、自信に満ちていた。

その後、大澤首相は延々と話を続けた。


大泉元首相の強力な後ろ盾と、極楽グループの興隆による日本経済の復活がなければ、大澤は決して総理大臣になることは出来なかっただろう。

大泉元首相時代に、消費税15%を実現したおかげで、国債残高の増加に歯止めがかかり、その後のインフレ基調の中で、日本経済の劇的な復活で国債残高は減少に転じていた。

福祉も充実し、出生率も向上し始めた。最低賃金も2,000円になった。

そういう意味においても、極楽グループを見い出し、時流を引き付けた強い運と、与えられた地位を確実にこなす能力の両方を、大澤は持っていた。

大澤首相には運が味方していた。民自党が衆参両院で過半数を制した大澤政権には、既に大きな国内問題はなかった。

しかしこの時、世界史上、最も大きな歯車が回転し始めたことを、大澤は知らなかった。



42-2.月面のエリアG3


芦尾道山が月面の南極で水源を発見してから3年近くが過ぎた。

平和34年10月30日、極楽発電の啓会長が記者会見を行った。

最初に司会が立ち上がった。

「皆様、本日は極楽発電の記者発表に来場いただきありがとうございます。

最初に、極楽発電の啓会長の概略説明を行います。その後質問をお受けいたします。司会がご指名いたします。

質問は会社名と名前を言われた後にお願いいたします。

それでは、啓会長よろしくお願いします」

「ご紹介いただきました、極楽発電の神武啓でございます。

本日は、弊社が月面に建設した月面基地とそれに付随した大型蓄電システム、および3年前に発見された水源についてご説明いたします」

フラッシュが眩く光った。

「まず月面基地については、作業ロボットにより本年夏にほぼ完成いたしました。

広さは縦500m、横500mです。広さは25万平米で、ほとんどが月面の地下に建設されております。月面の地下の岩石を利用し建設資材としております。

次に、月面に大型蓄電システムが作業ロボットにより完成しました。

地球からの無線給電の受信装置と地球へ無線で送電する送電装置も設置されております。

既に地球との送受信テストを実施いたし問題なく動作することを確認しております。

地球上の大型蓄電システムに障害が発生した時のスタンバイの機能を持ちます。

一部は月面基地の電源としても使用いたします。

続きまして、3年前に月面基地近くでロボットにより発見された水源について説明いたします。

水は氷の状態で発見されました。

各国の研究機関のご協力を頂き地球に無事に持ち帰る事が出来た事は、報道でよく御存じだと思います。

極楽大学を初め、各大学、各研究機関で精力的に研究され、人が飲んでも問題の無いことが立証されました。

来年3月末にモンゴルの弊社施設から研究者3名を乗せたロケットが打上予定です。

研究者は、月面の調査と、水が飲料しても問題ないか実際に生活しながらデータを収集いたします。

申すまでもなく、水は非常に大事です。

月の水を現地で電気分解し、酸素と水素を発生させ利用いたします。研究者の居住空間ではこの酸素を使い地球上に近い環境にいたします。この観測も重要な研究目標です。

また、植物の生育や魚類等の飼育にも『月の水』と『酸素』を使用します。

『水素』につきましては、火星等に向かうロケットの燃料として備蓄いたします。

概略の説明は以上ですが、詳細はお手元の資料をお読みください」

司会が立ち上がった。

「ご質問のある方は、挙手願います」

「ハイ」という声が上がった。

「では日本経済ジャーナルさん。どうぞ」

マイクが質問者に渡された。

「日本経済ジャーナルの原口です。

このプロジェクトは、かなり大きな事業と思いますが、なぜ国の援助等を受けず独自に行われるのですか。理由は何ですか?」

「お答えします。この事業は、月面で水資源が発見されたというのがきっかけで開始いたしました。

国の方には十分に説明しご指導も頂いております。資金のご援助は頂いておりませんので、当社で推進することといたしました。

月は、火星等の中継基地としても非常に重要です。

水源の発見でさらに月の重要性が高まりました。

それとこの月面基地は、極楽グループ全体の先端技術を発揮・鍛える場所と捉えております」

司会が立ち上がった。

「次にご質問のある方は」

「では毎朝さん。どうぞ」

マイクが質問者に渡された。

「毎朝新聞の小川です。月面基地の広さがあまりに広いですが、どのような用途に使用される予定ですか? スカスカじゃないですか?」

「お答えします。将来は100名ほどを常駐させる計画です。当面は資材置き場になります」

笑い声が聞こえた。

司会が立ち上がった。

「次にご質問のある方は」

「では宮崎フェニックスTVさん。どうぞ」

マイクが女性の質問者に渡された。

「宮崎フェニックスTVの桑畑です。月面基地の名称は何ですか?」

「お答えします。月面基地の名称は『エリアG3』です」

質疑応答はこれで終了した。




42-3.芦尾道山がロボットに意識を移動


極楽ロボットの実験室に芦尾道山がいた。

芦尾は簡単な作りのソファーに横たわっていた。

芦尾から1m離れたところにロボットが立っていた。

ロボットの前に小さな台があり、氷水の入ったコップが置いてあった。

芦尾は催眠(さいみん)状態にあり目を閉じていた。

芦尾の頭皮の脳波計電極から何本ものケーブルが測定器に接続されていた。

芦尾の頭には後頭部に手術で埋め込んだ電極があり、そこから出た有線ケーブルが四角形の装置に接続されていた。

四角形の装置からはケーブルが出ており、ロボットに繋がっていた。

芦尾の意識は四角形の装置にケーブルで入力し、ロボットの中のメモリーに送られ、芦尾の意識として記憶された。

その他にもアンテナが付いた四角形の装置があり、ロボットからの測定データを受信した。

助手の轟が四角形の装置のモニターを見ていた。

「芦尾さん、ロボットへの意識のダウンロードは完了しました。準備はOKです。一連のテストを開始します」

轟の言葉でテストが開始された。

ロボットの中の芦尾の意識が『遠くを見ろ』と言った。

人型ロボットの目の瞳が拡大した。

催眠状態の芦尾の閉じた目に壁のカレンダーがはっきり見えた。

ロボットの中の芦尾の意識が『顔を左に向けろ』と言った。

人型ロボットの顔が横に向いた。

催眠状態の芦尾の閉じた目に横たわる自分自身がはっきり見えた。

ロボットの中の芦尾の意識が『人差し指をコップの中に入れろ』と言った。

ロボットは、氷水の入ったコップに人差し指を入れた。

催眠状態の芦尾の手の人差し指に氷水の冷たさを感じ指が動いた。

「芦尾さん、一連の実験は終了しました。データは完全に保存できました。これより催眠状態を解除いたします」

助手の甲高い声が、室内に響いた。


天国極楽会は、九州の各県の県議や市議、町議、村議の議席を次々に獲得していった。

以前からの粘り強い活動で、議席の20%を獲得する躍進であった。奇妙なことに

天国極楽会は九州以外には進出しなかった。

また、国政選挙では、中間的位置を保持し、与野党から一定の距離を置こうとしているように見えた。



42-4.極楽グループの売上が、210兆円に


平和34年12月、極楽グループの売上は、210兆円、粗利は、180兆円となった。

従業員は、48万名を超えた。そのほとんどが極楽マートグループで、従業員が20万名を超えた。極楽マートグループは、アフリカにも進出し、アメリカ、EC,中国、インドで展開した。国内店舗と合わせ10万店舗を超えた。

極楽マートとその子会社極楽コンビニの売上合計は40兆円を超えた。営業利益は30%程で、グループ内では一番低かった。

極楽マートの店舗展開は、十分に社内留保だけで賄うことができた。

極楽グループで唯一上場している極楽マートの株価は急騰していた。時価総額はついに200兆円になり、とうとう世界の時価総額ランキングのトップ5になった。


極楽発電の売上は、30兆円を突破していた。何より驚異的なのは、依然として営業利益が80%であったことだ。

これに続くのが極楽商事で20兆円、極楽証券が10兆円、極楽半導体が8兆円であった。

従業員は、極楽マートが20万人、極楽証券が6万人、極楽商事が2万人、極楽半導体が3万人であった。子会社の従業員は入っていない。

これをサン達と極楽学園出身者の約1,500名程でコントロールしていた。

極楽グループは、ようやく安定した経営となっていた。

極楽グループの売上は急激な増加を遂げていた。

ビッグバンは、続いていた。売上210兆円は通過点だった。

この先、極楽グループはどこまで膨張していくのだろうか。

それとも、何時か肥大化した組織は、破綻してしまうのだろうか。


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