第39話 テロリスト、ゲンの結婚式

39-1.『週刊ドロップ』と太田原


平和34年の年が明けると、突然、アラブ諸国から、極楽グループを非難する声が聞こえだした。

『極楽グループは、神から送られた石油を捨て去る悪魔の集団だ!!』

『極楽グループは、アラブの民衆を食い物にしている』

『極楽グループは、不倶戴天の敵だ。アラーは偉大なり、極楽グループに懲罰を』


こうした主張が、連日、日本や欧米のマスコミに取り上げられだした。


その頃、太田原は、サンと啓たちの写真を持ち歩いては、TVやマスコミに、ガセネタ情報を売り込んでいた。

「編集長、何とか俺の記事を載せてくださいよ」

「太田原さん、もうちょっと内容を盛り上がらせてくれたら、考えてもいいよ」

三流の週刊誌の編集長が、机に足を載せ、頭の後ろに手を回しながら言った。

「編集長、任してください。内容を少し変更しますんで、よろしくお願いしますよ」


次の週、『週刊ドロップ』が発売された。

タイトルは、『あの極楽グループは、不良の集団!! あきれた行状!! アラブに睨まれるハズだ!!』

内容は、ほとんどでっち上げだった。

使われた写真は、サンとゲン、シュン、マコト、ハジメが肩を組んでふざけている写真だった。

写真は当然改悪されていた。

サンの表情は、歪んで憎々しい顔をしている。

ゲンの学生服は、前が開かれ、下のTシャツの骸骨の絵が見えていた。

なぜかゲンと啓がヨットに乗っている望遠写真もあった。

タイトルは、『社員を奴隷の如くこき使い、自分たちはヨットで豪遊』だった。


『週刊ドロップ』の発行人は、極楽グループの広報と交渉して、週刊誌の全てを高額で買い取らせようとしたが、はねつけられた。

週刊誌はそれほど売れなかったが、マスコミ業界と大衆に一定の先入観を植え付けるのには成功した。


太田原が改悪した写真は、いくつかの週刊誌でも掲載されるようになったし、TVの芸能ニュース番組でも使われるようになった。





39-2.テロリストの襲撃


3月、極楽学園から200名の卒園生が旅立った。

ロボット開発に5名、ソフト部門に10名、人工衛星型リニアエッグに10名、そして戦略部門に100名、その他は、極楽グループの各会社に派遣された。



そして、3月20日が来た。

17時40分、宮崎国際空港の防御フェンスが、大型の車により突き破られた。

そして、その車は、全速力で、極楽グループの自家用ジェット機が駐機しているエリアに向かった。

駐機エリアでは、座席数20席ほどの極楽グループの自家用ジェット機が整備中だった。

車から、数名の迷彩服を着た男たちが降り、自家用ジェット機に乗り込んできた。

操縦席にいたパイロットを、ピストルで脅し、操縦席の外に出し、縛り上げた。

男たちは、てきぱきと機器を操作し、ジェットエンジンを起動した。

「パイロット達を、機外に出せ」

リーダーらしき者が、命令した。

パイロットと整備員達は、機体の外に出された。

操縦席には、男が座り、機器をチェックし始めた。

「いつでも出発できます」

「そうか。皆、これから出発する。アラーは偉大なり!! アラーは偉大なり!!」

リーダーの男が叫んだ。

「アラーは偉大なり!! アラーは偉大なり!!」

他の男たちが武器を握った拳を振り上げ声を合わせて呼応した。

ジェット機は、誘導路を静かに移動し始めた。

やがてジェット機は、管制塔の指示を無視して、滑走路に入ってきた。

そして、滑走し、宮崎国際空港を離陸した。

海の方向に向って飛行していたジェット機は、大きく円を描き、九州山地の方向に向かった、

地上は、もう暗闇が迫っていたが、九州山地の山並みの上は、真っ赤な夕焼けが美しかった。

その頃、サンは、自宅の執務室にいた。

突然、目の前に、3D画面が表示された。バードが出た。

「警告!! 警告!! 当社のジェット機が、この家の方向に向かっています。ジェット機の乗務員は、機外に出されています。搭乗者は不明。

このままいくと、10分後には、この家にぶつかる確率が90%以上あります。

直ちに避難してください。」

「バード、家にいる者を全員避難させろ!!」

そういうとサンは、立ち上がり、廊下に出た。

廊下には、バードからの警告音とメッセージが流れていた。

「警告!! 警告!! 飛行物体がこの家に衝突します!! 関係者は数分以内に家の外に出て避難してください。直ちに避難してください」


サンは右足を引きずりながら、声をかけていった。

「みんな、外に退避しろ。わかったか、早く退避しろ」

女性たちは、悲鳴を上げ、次々に外に逃げ出した。

「バード、幸は何処だ」

「奥さまは、奥の寝室です」

サンは、右足を引きずりながら走った。

寝室のドアを開けた。ベッドの近くでしゃがみこみ小さくなって座り込んだ幸がいた。

「幸、大丈夫か。一緒に逃げるんだ」

サンは、幸の手を取り、引っ張り上げた。

幸は、恐怖で無言だった。

「警告!! 後3分です。もう外部へは逃げ切れません。執務室の避難階段を利用してください。」

サンは必死で、幸を連れて、執務室に戻っていった。

その頃、男たちの乗ったジェット機は、サンの家をとらえていた。

ジェット機の操縦システムからは、高度不足の警報音が鳴るとともに、『pull up"(引き起こせ)、pull up"(引き起こせ)』という音声警告が連続して室内に流れていた。

「あと1分で、目標に衝突する。我々は、目的を達成する。アラーは偉大なり!! アラーは偉大なり!!」

リーダーの男が叫んだ。

「アラー アクバル!! アラー アクバル!!」

他の男たちが拳を振り上げ「アラーは偉大なり!! アラーは偉大なり!!」声を合わせて「アラーは偉大なり!! アラーは偉大なり!!」と叫んだ。

執務室に戻ったサンは、バードを呼んだ。

「バード、避難室のドアを開けろ」

「開けられません。手動で開けてください」

「くそー」

サンは、執務室の避難室へのドア扉の取っ手を開けようとした。

なかなか開かない。

その時、幸もドアを開けるのに加わった。

でも開かなかった。

「警告!! あと10秒で衝突します。9,8,7、」

まだドアが開かない。

その時、ジェット機は、左の主翼をサンの家の広い庭に接触しながら、真っ直ぐにサンの家に向かってきた。

左の主翼が折れて、主翼の一部が空中に飛び出し、極楽市の中心部に向かって飛んでいった。

「3,2,1,0」

本体部分は、そのままサンの家に衝突した。

ものすごい音が響いた。

そして真っ赤な炎が部屋に広がった。

「これまでか」

サンの脳裏に、昔見た、宮崎の夕焼けが浮かんだ。

そして視界が暗くなっていった。

部屋の中を一瞬黒い姿が動くように感じた。

そして完全に意識が無くなっていった。


気がつくと、サンと幸は、避難室の階段を下りた地下の部屋に転がっていた。

「助かったのか」

サンは、起き上がった。助かったのが不思議だった。どこも痛むところはなかった。

「バード、バード。なぜ私はここにいる?」

「わかりません、上の部屋から、地下に移られていました」

「そうか、そうなのか...」

サンは、それ以上質問するのを止めた。

視線を移すと幸が横になっていた。

「幸、大丈夫か」

サンが幸の身体を揺すると、わずかに動いた。

「幸、動けるか」

「何とか大丈夫。怪我はないみたい」

顔のところどころに煤や泥のついた幸が服の汚れを払いながら起き上った。

「歩けるか、こちらが出口だ」

サンが、幸の手を握った。

二人は、LED灯の誘導に従ってよろよろと出口の方向に歩き出した。

100mほど行くと、出口があった。梯子を上っていくと、小屋のような建物の中にでた。

この小屋は、非常時の為に、サンが大治郎の家の設計書に組み込んでいたものだった。

二人は、小屋のドアを開けて外に出た。

サンと幸の自宅が、炎上しているのが見えた。消防車のサイレンが遠くに聞こえた。

サンと幸には、なぜか美しい絵のように思えた。

「綺麗」

幸は、ぽつりと言った。

その顔には、一筋の涙が流れていた。



39-3.『天国と極楽』がまたも炎上


その頃、『天国と極楽』も炎上していた。

ジェット機の主翼の破片が飛んできて、建物にぶつかってきたのだ。

ちょうど車で移動中のゲンに桜の電話が入ってきた。

空中に画面はでなかった。声だけが聞こえる。

「ゲンさん。大変。お店の建物が壊れて、出火しているの。大変な煙よ。あっ、電気が消えたわ。

お願い、助けて、ゴホン、ゴホン」

「わかった。直ぐに助けちゃるから、電話はそのままにしていろ」

「早く来て、お願い」

「『天国と極楽』に、急いで向かってくれ」

「わかりました。最短距離で行きます」

運転手はハンドルを大きく切った。

「タマ、桜の場所は、どこだ」

空中に見取り図が出た。ブルーの丸印が大きくなったり小さくなったりしていた。

ゲンが、以前に桜に与えていた、ネックレス型のIDが生きていた。

「タマ、火事の状況は、どうだ」

「正確にはわかりません。異常探知ポイント装置からの情報を元に安全なエリアを表示しました。黄色が安全なエリアです」

桜の位置は、まだ黄色のエリアの中にあった。ブルーの丸印の位置が少しずつ移動している。

「タマ、今後の火の予想と、安全なルートを探せ」

「情報が不足しています。1階のフロアーは、吹き抜けですので、上からの落下物があり危険です。

2階の階段の踊り場が現状では最も安全です」

「そうだな、そこがいい」

「桜、聞こえるか。今の話を聞いていたか、2階へ向かい階段の踊り場に避難しろ」

「判ったわ。でも真っ暗でよくわからない」

「よし、電子虫を飛ばすから、その後をついて行け」

「わかった」

「タマ、最も近いところの高速電子虫を桜の所に飛ばしてくれ」

「もう飛ばしました」

タマは、いつも冷静で、状況をよく見て先手を打つ、そしていつもゲンの味方だった。

車は、極楽駅に向かい全力で飛ばした。

その頃、桜の目の前に、蛍のような青色に光ったトンボ型の高速電子虫がゆっくりと浮かぶように飛んできた。

家の隙間から入り込んだのだ。

電子虫は何も喋らなかったが、桜が確認したのを知ると、光を点滅しながら桜を誘導していった。

桜の周りにも数匹のテントウムシ型の電子虫がゆっくりと飛び回ってきた。

とうとう階段の手すりのところにきた。

電子虫がゆっくりと登っていく後を、桜は両手をつき這いながら登っていった。

とうとう、2階の途中の踊り場に来た。しかし、煙の勢いは下よりひどかった。

桜は、ハンカチを口に当てていたが、とても耐えられなかった。

本能的に隅の方に、移動していって、そこに座り込んだ。

「ゲン、早く来て」


車が、『天国と極楽』の店の前に着いた。

『天国と極楽』のネオンは消え、建物の破片の火が地面に落ちてきた。

屋根には、飛行機の羽根が突き出ているのが見えた。

屋根は、炎にまかれ、下の階まで迫っていた。

火が下に落ち、空に舞いあがっている。

もう消防車や野次馬が集まっていた。

ゲンは、サングラスに似たコンピュータグーグル(めがね)をかけた。

目の前に、室内の間取りと、桜の入る位置が表示されている。

外の風景も同時に見えた。

桜の位置がはっきり見えた。

車から降りると、一目散に入口に向かった。

入口では、消防士が制止した。

「これ以上前へ進むと、危険です」

「知り合いが、中にいる。止めるな」

「ダメです、危険です」

ゲンは、制止の手を振り切り、叫んだ。

「桜!! 今行くど!!」

ゲンはハンカチを口に当て、ドアに突進し足で蹴りこんだ。

ドアが壊れた。猛烈な炎が外に噴出した。

ゲンは、炎の中に飛び込んでいった。

ゲンは、この建物の間取りは熟知していた。何しろ本人がデザインし、足しげく通っていたから、自分の足が知っていた。

コンピュータグーグルは、煙を除去し、視界を作り出していた。

上からは、炎のあがった木片が落ちてくる。木片は、赤色で表現されていた。

ゲンは危うくそれを避けた。

ゲンは一直線に階段に向かった。

そして階段を駆けあがった。

『いた』心で叫んだ。

階段の踊り場の隅に桜がうずくまっていた。

ゲンが駆け寄った。

「桜、無事か」

「なんとか」

「逃げるど」

「どこから逃げるの」

「目の前だよ」

目の前には、豪華なステンドグラスが床から天井まで広がっていた。

「これって、吉行先生の作品よ」

「どうせ、火事で壊れる。それなら俺らが壊そう」

「わかったわ」

桜は、決心したように返事した。

二人は、お互いに肩に手を回した。

「いいか、勢い良く飛び出せ」

「はい」

「飛べー」

二人は、ステンドグラスにぶつかっていった。

バンという音がしてステンドグラスが壊れた。

もうその時、二人は空中にいた。

なぜか、二人はスローモーションのように感じながら落ちていった。

下は、庭になっており花が咲いていた。

その柔らかな地面に二人は飛び降りた。

1階と2階の階段の踊り場だったのが幸いした。

二人はけがひとつしていなかった。

とうとう外へ出た。

ゲンは、直ぐに桜の手を取り、走り出した。

そして車のところまで来て、桜の手を離した。

ゲンは、火事の光に浮かび上がる桜を見た。桜の髪の毛が熱で少し髪がちぢれている。顔は煤だらけだった。派手な服が真っ黒になっている。

「桜、お前。全身真っ黒けだぜ。髪もちぢれているぜ」

「ゲン、あなたも、真っ黒よ」

お互いが相手の顔をみて、笑いあった。

その時、建物が焼け落ちる音が響いた。

二人は、建物の方向を凝視した。

「アハハハ、『天国と極楽』が、無くなっちゃった。今度で三度目ね」

桜の目から涙が流れ落ちた。

桜は、両手で顔を覆った。

ゲンは、桜の肩に優しく手をやった。

「桜、結婚するか」

「えっ」



39-4.サンの記者会見


翌日、テロリストの犯行声明文が発表になった。

それから2日後、極楽グループは、宮崎市の高級ホテルで記者会見を行った。

会場には、200名程の国内外の記者やテレビカメラが集まっていた。

サンが足を引きずりながら会場に入ってきた。サンがマスコミに直接登場するのは初めての事だった。

強烈なフラッシュが焚かれる中、サンが会場の入り口付近で、90度に折り曲げてお辞儀をした。

サンには30秒ほどのお辞儀が長い時間に思えた。

サンが席に着き、内ポケットから声明文を取り出し読み始めた。

「極楽グループは、今回の不幸な事件の被害者の方に心からお見舞い申し上げます。

被害に会われた極楽市民の方々、神武邸近くにお住まいの方々、神武邸で働いていらっしゃた方々の怪我と心労が1日も早く癒えますよう心からお祈り申し上げます」

サンは立ち上がって深々と頭を下げた。

サンは、再びイスに座ると声明文の続きを読み始めた。

「私たち極楽グループは決してアラブ諸国をはじめとする、いかなる国家、いかなる民族とも敵対するものではありません。

我々は、争いは望みません。もし、誤解を招くようなことが過去にあったならば謝罪いたします。

我々は、友好を望みます。そのための努力は厭いません。

我々は、アラブ諸国に電力供給を開始することをお約束いたします。また、経済協力も強く進めてまいりたいと存じます」

サンが読みおわると、司会が話始めた。

「それでは、質疑に移ります。私の方から指名いたしますので、指名されたら、まず会社名と名前を名乗ってから質問を行ってください。質問は簡潔に1社1問でお願いいたします。

また、今日の趣旨から外れない質問をお願いいたします。

 それでは、挙手を願います」

「はーい」

一番前の記者が勢いよく手を上げた。

司会者は、その勢いに押されたのか、一呼吸遅れて指名した。

「では、毎朝さん 」

「毎朝新聞の上田です。今回、極楽グループの総帥である神武さんを、テロリストが襲撃した訳ですが、この原因についてはどう考えられますか」

「お応えします。極楽グループは、全世界に低価格の電力を供給し、いつでもどこでも必要な量の電力を供給できるという利便性を提供し、世界の経済活動、社会活動に一定の貢献をして参ったと自負しております。

テロリストの言い分については、理解しがたいところもあります。が、やはり石油から無線電気へのパラダイムシフトが起き、今まで石油において利益を享受していた主に中近東の方々には、大きな不安と不満も存在しているのも事実だと思います。

私どもも、今回非常に反省いたしました。今後は中近東の方々と手を携えて、協力の道を探ってまいりたいと思っております」

挙手の手がたくさん上がった。

「大槻さん。どうぞ」

「大東京TVの大槻です。神武さんは、立志伝中の人間ですが、なぜこれまでマスコミに出られなかったのか?その理由を教えてください。 もう一つ、極楽学園をはじめ、極楽グループの中核が、いわゆる浮浪児により構成されている理由は何ですか」

「お答えいたします。私は、研究者ですので。マスコミは苦手です。これがマスコミに出なかった大きな理由であります。マスコミへの対応は、他の人達にお願いしております。

業務を分担してきたのが主な理由であります。

ただし、一部誤解を招いた面もありますので、今後はできるだけマスコミの方へのご説明に努めてまいります。

次に、極楽グループに浮浪児が多いとのご指摘ですが、私たちがこの事業を開始した時に、小菊学園や極楽学園の出身者が集まって始めたからです。その後も、ほとんどどこからも援助の手をいただいておりませんので、初期には確かに私たちのような養護施設出身者が多くおりました。

現在は、グループの従業員が30万人を超えておりますので、極楽学園出身者は、1%以下だと思います。

また、極楽学園についてですが、この学園は初代の黒木初枝園長先生のご意思により、浮浪児の養護と教育を目的に創立されたものです。

先生が亡くなられた後、その遺志を継ぎ、私が園長となっております」

サンの話が終わるとすぐに、挙手の手がたくさん上がった。

「内田さん。どうぞ」

「週刊文文の内田です。神武さんの資産はいくらほどですか」

会場から笑いが溢れた。

「私たちの調査では、資産は、1兆円以上。株を考慮すると5兆円から数十兆円あるという説もありますが、貴方は世界一の金持ちですか」

また会場に笑いが巻き起こった。

「そんなに、お金を貯めて何に使うんですか」

会場から声が飛び、笑いが溢れた。

サンは会場が静かになるのを待った。

「お答えいたします。私は、自分の資産について特に考えたことがないので、ご質問については、正確なお答えができません」

また会場に笑いが巻き起こった。

「しかし、私が所有している資産は、いずれ人類の為に使いたいと思っております。回答になりましたでしょうか」

ここで、司会が制するように発言した。

「以上で、質疑は終了させていただきます」

会場からブーイングの声が聞こえた。

サンは起立し、深々と頭を下げた。そして、足を引きずりながら、会場を後にした。



39-5.サンとゲンと啓がサウジアラビアへ


三日後、サンとゲンと啓が、別々に三機の大型自家用ジェット機に分乗して、次々に宮崎国際空港を離陸していった。

三人は、危険を分散する為、別々の自家用ジェット機に分乗したのだ。

サンが海外に行くのは初めてのことだった。

子供の時は、一度も飛行機には乗せてもらえなかったし、成人してからは、絶対的な安全の為、椎葉の山の中に籠り、飛行機には乗らなかった。

つまり、飛行機に乗るのも、海外に行くのも初めてだった。東京にすら行ったことは無かった。

サンはひたすら固まっていた。

それに比べ啓とゲンは、頻繁に自家用ジェット機で海外と国内に出張していた。

特に、啓は、極楽商事が全世界に展開していたので、年の3分の1くらいが海外出張であった。

本来、一緒に乗っていれば、ゲンが初めて飛行機に乗るサンを、散々からかったに違いがなかったが、今回はそういうことはできなかった。

サンの自家用飛行機には、もうすぐ18歳になる橘蘭(たちばな らん)も同行していた。

サンのボディガードの任務だった。

小さい時から、格闘技の才能が秀でていた。

既に、合気道や、空手、柔道、柔術、剣道、レスリング、ボクシング、ムエタイ、古武術、護身術、逮捕術、各国の軍事格闘技を習得していた。

もう女性相手では練習もままならなかった。最近ではトップレベルの男性としか練習が出来なかった。

しかも近年は、サンからの指示で軍事研究や軍略の研究までするようになった。

本人は、ビジネス界で活躍する先輩やこれから活躍するであろう同期の人間をいつも羨ましく思っていた。


サンとゲンと啓が乗った三機の自家用ジェット機が、サウジアラビアの首都リヤドのキング・ハーリド国際空港に次々に着陸した。サウジアラビアには、灼熱の太陽が輝いていた。

会議場にいた三人は、これから始まる交渉を前にして緊張していた。蘭も同行していた。

会議には、サウジアラビア側は、トルキ・ビン・アブドゥルアジズ皇太子が出席した。

白いトーブを着て白いグトラをかぶり頭に黒いイガールを巻いたっていた。

トーブの襟は、金色だった。

サンは、皇太子と握手をして、イスに座った。

最初に皇太子が挨拶した。

「今回は、神武 燦さん及びその他の被害者の方に、大変苦痛な事件が発生し、心からご苦労をお察しいたします。

私たちは、テロリストの活動には、断固反対します。

事件後の極楽グループの声明文は、誠に的を射るもので、我々はその内容に深く賛同します。

その後、我々に提案されたのものは、誠に画期的なもので、我が国のみならず、広くアラブ諸国に受け入れられるものと信じます」

皇太子がイスに座ると、サンが立ち上がり、挨拶をした。

「皇太子閣下、大変友好的なお話をいただき、誠に有難うございます。

極楽グループの活動は、決してアラブ諸国の皆様と敵対するものではありません。

それどころか、共に友好的に協調していきたいと心より願っております。

皆様方からの投資を極楽グループは歓迎いたします。また、私どもも皆様の国に投資してまいります」


極楽グループとサウジアラビアは、友好的で総括的な協力計画の契約を締結した。

サウジアラビアが極楽市と宮崎市のリゾート等に投資し、合弁も行うことになった。

極楽グループは、サウジアラビに電力供給し、ビルや道路建設、水道施設建設と技術協力と投資を行うことを約束した。

そして、首都リヤドから南方に数百kmの砂漠の荒れ地に、横90km、縦90kmの四国より小さいが広大な土地を100年の期間借りる契約を結んだ。

年間の借地料の半分は、電力で支払う事になった。

極楽グループではそこを『エリアG2』と呼ぶことにした。モンゴルのエリアG1に次ぐ、2番目の土地だった。

そこは、ほとんど人が住まない不毛で灼熱の砂漠だった。地下資源も無く、利用の予定すらない土地だった。普通なら全く利用価値の無い土地だった。

それ以上に、水も無く、海岸からも遠く、幹線道路からも100kmほど離れていた。

水の確保は、地下水を利用し、循環を重ね節約する予定だった。そして将来は、海岸で海水から真水に変換してリニアエッグで運ぶことを計画していた。

エリアG2には、次のようなものを建設する予定だった。

巨大な4000m滑走路を4本敷設し、空港を建設し、日本をはじめとする全世界からの物資を運びこむことにした。

そして、超伝導を利用した巨大な蓄電施設と電力の送受信施設を作り、極楽市のエリアGとモンゴルのエリアG1が機能不全になった時も、サウジアラビアのエリアG2だけで3年以上全世界の電力を賄える能力を確保することにした。

エリアG2には電力給電システムがあり、宇宙からの電力をいったん大規模なeeggの集積体である電力蓄電システムに蓄電した。このシステムが8システム作られた。電力蓄電システムから取り出された電力は、電力送信装置で電磁波に変換され、8個の送信装置から宇宙のスペースエッグに送られ、さらに他のスペースエッグに転送され、世界を取り巻くスペースエッグに送られる仕組みだ。

例え、他の電力給電システムが停止しても、単独で3年間は全世界の電力をまかなうことが可能だった。

これと同じものが、モンゴルのエリアG1にも存在した。

さらに、高さ10kmのスペースエッグ打上塔も建設することになった。

これも極楽市とモンゴルの打上塔と同じものだった。


また、多数の自動農場工場と自動海産物工場を地下に造り、リヤドをはじめサウジアラビ全土、周辺の国々にも穀物や新鮮な野菜と海産物を提供できるようにする。

そして、マザーロボット生産工場や各種の自動工場を地下に建設する予定であった。

勿論それらは極楽建設が受注する。受注額は膨大な金額になった。


サンと幸は、家が全焼してしまったので、大治郎の家に住んでいた。

サンは、広大な大治郎の家の不便さに閉口していた。広すぎるのだ。

それで、元の場所に、新しい家を、24時間フル回転で作らせた。

新しい家は、梅雨の頃に完成し、サンは直ぐに引っ越した。

新しい装置もいくつか作らせた。


保険金で『天国と極楽』が、さらに大きく豪華になった。

『天国と極楽』のネオンサインは相変わらず大きく派手だった。

桜は、妹の小菊にママの座を譲った。

ゲンは35才になっていた。

開店の前の日の4月30日、ゲンと桜の結婚式を『天国と極楽』で行った。

来賓が来場した後に、ゲンと桜が待つ場所に、サンと幸がやって来た。

「ゲン、結婚おめでとう。桜さんもおめでとう」

「サン、ありがとう。幸さんもありがとう」

ゲンは照れ臭いのか、ぎこちなく頭を下げた。

「ゲンさん、桜さん、本当にお幸せそう。本日はおめでとうございます」

幸は、ゲンと桜に頭を下げた。

「創立者様、幸様、本日は誠にありがとうございます」

桜がサンと幸に向かって深々と頭を下げた。

続いて富一郎夫妻、啓夫妻、シュン夫妻、マコト夫妻、ハジメ夫妻が来場してゲンと桜に挨拶した。

こうして披露宴は、質素ではあるが、盛大に行われた。

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