第29話 リニアエッグ路線建設/首相の視察

29-1.天国地域から九州山地をぶち抜く


リニアモーターカーと高速道路、人工島の発表の翌日、椎葉村と熊本県とが道路建設計画を締結した。

椎葉村と熊本県との間に、有料道路を建設する計画だった。

九州山地をぶち抜き椎葉村若宮山地域と椎葉村の「ほんさん峠」の熊本県側地域との間を、約10kmのトンネルと道路で結ぶ計画だ。

極楽グループでは、「ほんさん峠」の熊本県側地域の事を天国地域と呼んでいた。

サンとゲンが、「天国と極楽」で酒を飲んでいる時に決まった。

天国地域では、トンネルの組立パーツやビルの素材・部品・パーツ等の生産を行い、労働者の住居を置く計画が進められていた。

直ちに極楽建設が椎葉村と天国地域の双方から、レーザ式シールドマシンを動かし、24時間、休日無しで、1か月もかからず九州山地をぶち抜き、舗装道路も建設し開通させた。

レーザ式シールドマシンは、シールド工法によりトンネルの側面に組立パーツを次々に張り込んでいった。

張り込まれた組立パーツは、自動連結器が自動で連結し、状態をチェックした。

これまででは考えられないスピードであった。

これは、各種の九州山脈のスキャンデータから、量子コンピュータで精密に分析し、シュミレーションした成果だった。

巧妙に水脈の少ないルートを選びだした。

道路建設計画を発表してから、わずか1か月もかからない2月末に完成した。

これで、広大な作業現場と作業員宿泊施設用の土地を手に入れることが出来た。

極楽建設の会長のゲンと極楽建設の社長のシュンがトンネルと道路の開通式のヘルメット姿で来ていた。

そしてテープカットを行った。

肌の黒い労働者や、目の青い労働者、目のギラギラした日本の労働者、がっちりした体格のモンゴル人の労働者たちが、一斉に拍手した。その音は、静かな山々にこだましていった。

「シュン、よかった。何事もなく。無事完成したな」

「ほんと、拍子抜けするほどうまく行った。今までの悪戦苦闘は何処に行ったっちゃろかい」

「シュン、まだ安心できんど。もう1本、戻りのトンネルを掘らんといかん」

「そっちは簡単じゃ。本番は、極楽高速道と地下リニアモーターカーの方」

「えらい自信じゃな。じゃもう、シュンに任せても大丈夫じゃな」

「ゲンさん、そう言わんでよ。本当は、心細いとじゃが」

二人で大笑いした。

天国地域に垂直式のレーザ式シールドマシンを設置し、次々に地下高層のビルを建て始めた。

作業工場と作業員用の施設だった。

あらかじめ作成しておいた、電源ケーブルや空調用バルブ、水道用バルブ、通信ケーブルなどを組込んだコンクリートのパーツを垂直に積んでいった。

積み木の要領だ。ケーブルやバルブは、自動連結器が自動で連結し、状態をチェックした。

一部では、自動組み立てロボットも使用した。

自動組み立てロボットは、やっとのことで本番に間に合った。

人の手ではとても及ばない、効率と厳密さだった。

そしてここに、高速道路、リニアモーターカー路線の組立パーツを次はじめとする諸設備の建設用部品を集積し始めた。

上り下りの両方のトンネルが完成すると、レーザ式シールドマシンは、地下リニアモーターカーのトンネル工事に転用された。



29-2.自動車トンネル


平和25年3月1日、いよいよ極楽高速道、地下リニアモーターカーの建設が開始された。

椎葉村から西都市までの高速道路と、椎葉村から宮崎市までの地下リニアモーターカーの路線が結ばれるのだ。


東九州自動車道の宮崎市西都市付近から分岐させ片道2車線の自動車トンネルの工事が始まった。

極楽建設が受注し、配下に大手のゼネコンと地元の中小建設会社を使った。

24時間、4交代で1日の休みもなく作業が続いた。労働者は6時間働き、次のチームと交代した。

ショベルカー等の建設車両は、リモートによる遠隔操縦で、何キロも離れた快適な施設から女性労働者による操縦され極めて効率的かつ精密に作業が行われた。

女性労働者は、6時間の作業が終わると、帰りに買い物して自宅に戻っていった。

西都市から椎葉村まで、約55km、ほとんどが山間部だった。

そのほとんどがトンネルで、ほぼ直線の道路工事を始めた。

レーザ式の新型シールドマシンが威力を発揮した。

シールドマシンは、西都市と椎葉村から掘りはじめ、中間の西米良村からも西都市と椎葉村に向って、上り下り2本を8台同時に掘り進んで行った。

宮崎市と西都市、西米良村、椎葉村にインターチェンジが設置される計画で、同時に建設が開始された。



29-3.人用・物流のリニアモータのトンネル


地下リニアモーターカーの建設は、高速道路とほぼ同じ路線だった。

しかも、完全に地下を走行する。人用のリニアモーターカーは、わずかに駅の建物が地上に顔を出すだけだった。

宮崎市の極楽不動産と極楽輸送が持つ広大な敷地からスタートし、西都市、西米良村を通り、椎葉村に通じる路線だった。

宮崎市と西都市、西米良村、椎葉村には人用リニアモーターカーの駅が作られる予定であった。

西都市と西米良村の駅は、各駅停車用で特急は通過していく。

宮崎市から椎葉村まで、約65km。人の地下リニアモーターカーはトンネルを上りと下りを各々2本のシールドマシンが掘り進んだ。

物用の地下リニアモーターカーはトンネルを上りと下りを各々2本のシールドマシンで掘り進んだ。

物用のシールドマシンは、人用の役2倍の大きさだった。

シールドマシンは、宮崎市と椎葉村から掘りはじめ、中間の西都市と西米良村からも宮崎市と椎葉村に向って、合計12台同時に掘り進んで行った。

工事で生まれる大量の土砂は、宮崎市沖の人工島へ、最初は、トラックで普通の道路経由で運ばれた。やがて一部完成した高速道路や物流リニアモーターカーを使い、大量の土砂を運ぶことが可能となった。

人工島は最高地点が高さ40mになる設計だった。

宮崎市と西都市、西米良村、椎葉村と五家荘にトンネルや各施設建設用のパーツを製造する設備を作った。

宮崎市と西都市、西米良村、椎葉村からは、それらのパーツを垂直のリニアエレベータで地中に降ろし、リニア方式の搬送機が、シールドマシンにトンネルのパーツを供給した。

リニアエッグ用シールドマシンは、掘削した土砂をリニア方式の搬出機に渡し、外部に排出した。

シールドマシンは、掘削して生まれた空間にトンネルの側面とリニアエッグ用のリニアモータ推進用コイル等の設備パーツを自動的に組み立てていった。

パーツ同志は、自動連結していき、自己診断機能が連結を確認した。

高速道路用シールドマシンも同様にパーツを貼り付けていった。

後方では、道路の舗装を半自動で行っている。

パーツや資材や土砂の搬入と搬出は、トンネルの上部に設置されたリニア式の移動体を使用した。


高速道路やリニアモーターカーのトンネルは日を追うごとに伸びていった。

完成した物流リニアモーターカーのトンネル部分には、エッグを時速100kmほどで走らせ、土砂や機材を運ばせた。

高速道路や物流リニアモーターカーのトンネルが伸びていくに従い、土砂の搬出量と運び出すスピードが日々向上していった。



29-4.極楽工科大学と極楽大学


3月1日、先進科学の技術開発と技術者を養成する為の、「極楽工科大学」が高鍋町に設立された。学長には湯川秀一郎が就任した。


3月10日、極楽学園の卒園式があり、第二期生、25名が学園を旅立った。人工衛星型リニアエッグ(5名)、ロボット(5名)、証券(3名)、戦略(2名)、ソフト(5名)に派遣された。

特に、ロボットには5名派遣され、電子虫、自動生産システム、ロボットのマザーマシン、自動組立ロボットの開発が強力に進められることになった。


そして4月1日、極楽学園は、新たに200名の学園生を加え、卒園者25名を引いた460名の体制になった。



29-5.農業工場


5月、垂直型シールドマシンで垂直に掘り抜いた農業工場の第1棟が完成した。

農業工場は、直径100m、深さ(高さ)が、300階あった。

農場部分が高さ3mで300階、水槽や搬出用等の付帯部分が20m分で920mだった。

完全に地中に隠れ、上の敷地は、芝生や公園、出入口になっていた。

農作物は、ほとんど物流専用エッグでリニアエレベータ経由で、物流用リニアモーターカーのターミナルに送られ、エッグに統合されて、宮崎市の加工工場や集積箇所に送られた。

一部は出入り口からトラックでも搬出された。


農業工場は、種まきから出荷にいたるまで、完全全自動であった。

ヘルメット姿で作業着を着たゲンが、農業工場にやって来た。

ハジメが待っていた。

「ハジメ、お早うさん。ようやく工場が完成したようだな」

「ゲンさん、お早う。開始式をお願いします。開始式の映像は、極楽学園と極楽グループに配信されるそうですよ」

「そうだな、開始式が終わったら、工場を案内してくれ」

開始式といっても、簡単なものだった。

ゲンとハジメ、そして数人の技術者が参加していた。

映像カメラがゲンを映している。

映像は、極楽学園や各地の極楽グループの企業にリアルで配信されている。

ゲンは真剣な表情で赤いテープの所に立っていた。どうも映像カメラを意識しているようだ。

赤いテープの先に、押しボタンがおいてある。

ゲンがテープにハサミをいれ、押しボタンを押した。

僅かに振動するような音がして、管理システムが稼働した。


農業工場は、極楽農業や極楽ロボット、極楽技研、極楽建設、極楽ソフトなど、極楽グループの総力をあげて作られた。

その責任者は、「ひむか農業大学校」で農業を学んだ水谷 仁だった。

彼は、量子コンピュータを使って農業工場に必要なあらゆる技術を研究した。

日光は使わず、代わりにLEDライトを照射した。農作物の栽培にとって必要な光の色は限られていることを突き止め、LEDライトを使用して農作物の生育に最適な色の光を照射することにした。

青色と赤色、そして人間の目では見えない深い赤色など光合成に最適な光を生育段階毎に変えて使用した。

完全にクローズしたシステムは、栽培に使用する水の量を従来の1割程度に減らすことができた。

その上、使用した水は循環して再利用した。

種は、「極楽育種」と外部の優秀な会社が共同で、LEDライトに向いた高品質で発育の早いものを開発した。

種を播くこと、水や栄養分を与え、生育を管理すること、刈取りすること、出荷すること

の全てを自動で行った。

システム全体の制御は極楽ソフトの世界ソフトがおこなった。

勿論、極楽ロボット、極楽技研、極楽建設と水谷のノウハウが注ぎこまれた。

世界ソフトは、気温、湿度、二酸化炭素濃度、LED光の色を発育の状況に応じて最適な値に調節した。リアルタイムで農作物の状態を見極めるセンサーで情報をフィードバックし、常に最適の状態にした。

こうして、作物は通常の4分の1以下の期間で成熟し、品質や栄養が最高の状態になった。


例えば稲作の場合、1つの農業工場は、300階で広さに換算して942ヘクタールになる。

改良されたコメの種を使い1アール当たり800kgの収穫が可能だ。

300階分の広さは約942ヘクタールなので、800X942X100=75360000㎏=75,360トン

これを4期作で行うと301,440トンとなり。

日本国全体の稲作の収穫量は716万トンなので、農業工場24棟でカバーできることになる。


しかしながら初期のシステムと設備は、さすがに多くの問題を抱えていた。

まず、システムがお世辞にもスマートといえなかった。

自動機械は、手作りに近くぎくしゃくし、栽培用の床からは、水も漏れ出している個所があった。

本来無人の自動工場のはずが、技術者が多数張り付き修理や改善を絶え間なく行っていた。

「おいハジメ、これのどこが完全無人工場じゃ。人だらけじゃないか」

さすがのゲンもクレームを言った。

「いや、もう少し努力したら、完全無人工場になります。安心して見ておいてください」

ハジメは、自信ありそうに言った。

「そうか、俺は心配じゃが」

技術には疎いゲンですら、完全無人工場の完成度に不安を感じていた。


極楽建設の社長のシュンが、極楽農園と極楽ロボットの社長のハジメに電話してきた。

「ハジメ、元気か。やっと農業工場の地下ビルが完成したぞ」

「シュンか。さっきメールで確認した。ありがとさん」

「そうか、これから次々と農業工場の地下ビルを完成させるから楽しみ待っててくれ」

「いやー。こっちは、自動農園システムがまだまだ完成度が十分でないので大変だよ。ゲンさんがえらく心配していた。でも、直ぐにシステムの搬入を急がせるよ。週末、ゲンさんを誘って、『天国と極楽』にでも行くか」

「了解、ゲンさんに連絡頼む。じゃーな」


植物工場のビルは、マコトの会社、極楽不動産が所有していた。

その頃マコトは、てんてこ舞いだった。

自分の会社だけでなく、大手や、地元の中小不動産にも手をまわして、宮崎市や椎葉村、高速道路の沿線の土地を買い漁っていた。

高速道路の計画沿線と、リニアモーターカーの駅付近は、有象無象のブローカーが暗躍しだし、土地が高騰始めた。

マコトは、ゲンに電話して相談した。

「ゲンさん、そこらじゅうで土地が高騰はじめてます。どしたらいっちゃろか?」

「そんなことは心配するな。土地価格の予想曲線内なら、心配いらん。バンバン買え」

「わかりました。わかったけど、変なブローカが暗躍しちょりますが」

「そんなのは、相手にするな。但し、取引先の不動産屋を使って良く調査しておけ。いいな」

「OK。その線でいきます」


6月には、リゾート地の建設が開始された。

そうして、8月には物流用の地下リニアモーターカーが完成した。工事を開始してわずかに5か月だった。

まだ上り下り1路線のみだった。それでも地下施設を掘り抜いた時に出る土砂や、生産した機材、農産物をリニアで大量に宮崎へ送ることが可能となった。

土砂は、人工島の埋め立てに使用される。

逆にコンクリートや金属資材を椎葉村方面に送ることも可能になった。

これで、物と人のリニアモータ路線と高速道路の建設が飛躍的に加速されることとなった。

上り下り2路線化の工事は、継続して進められた。



29-6.大泉首相の視察


平和25年9月1日、大泉首相がテープカットの為、西米良村に来ていた。高速道路が西都市、西米良村の間で下り路線のわずか10km弱だけが完成したのだ。

本来なら首相がテープカットにくるような状態ではない。

もちろん、サンの指示で、ゲンが西国原知事や、県出身の国会議員を総動員したし、衆議院議員になっていた元経済産業省官僚の大澤にも依頼して、実現させたのだ。

しかも本当の目的は、それとは別のところにあった。

テープカットが終わると、大泉首相は、少数の随行員を連れて、車で椎葉村に向かった。

大澤議員も首相の車に同乗した。

この日のために、山間の道の拡幅工事がなされたが、山と急峻な川との間の道は、あまりにも細く、曲りくねっていた。

大泉首相は、あまりに山の中なので、憂鬱な気分もあったが、工学部出身の大泉首相は、知的な興味も持っていた。

大泉首相は、総理官邸での大澤議員との話を思い出していた。

「総理、ぜひ極楽高速道のテープカットに出席され、椎葉村の極楽グループの施設をご覧いただいた上で、極楽グループの責任者と話をお願いいたします」

「大澤君、私は非常に忙しい身だ。財政問題をどう解決したらいいか。それで頭が一杯だ。テープカットは副総理にお願いはできんのかね」

「総理! これは、財政問題解決の有効な手段にもなります」

大泉首相の目が一瞬光った。

大澤は、大泉首相の一番関心のあるところを突いてきた。

「それは、どういうことだね」

「総理、極楽グループは、光福スーパーを買ってくれた会社です」

「あーそうか。あの時は世話になったな」

「総理、極楽グループの昨年の売上高は、約8,000億円です。純利益は、約4,000憶円です。恐るべき利益率です。今年中には、売上は2兆円を超える見込みです。起業してわずか4年の会社ですよ。日本で、いや世界で最も成長の速い企業グループです」

「ふーむ。で、私に何をしろというのだね」

「総理、先ほども申し上げたように、9月1日午前中に西都市での極楽高速道のテープカットに出席していただき、その後、椎葉村の極楽グループの施設をご覧いただいた上で、極楽グループの責任者とお話をお願いいたします。その上で彼らへの支援をお願いしたいのです。それが、新たなる税収増進の道となります。そして必ずや日本国の財政が改善する道が開きます」

大泉首相は、その申し入れを受け入れた。非常に忙しい毎日であったが、財源問題が少しでも改善するのであれば、どこにでも行くつもりだった。


大泉首相は、先ほどの西都市の地上部での極楽高速道のテープカットを思い出していた。

車線幅が3.5mで、路肩も入れると、片道2車線であった。建設途中とはいえ、建設開始からわずか半年で完成させるとは、大泉首相の常識を超えていた。なんとも恐るべき技術力であった。しかも、この開発費用の4分の3を極楽グループは自前で調達していた。

どんな人物が、極楽グループを率いているのか興味が湧いてきた。


途中から、高速道路のトンネルに入った。大泉首相の為に、急遽整備したらしい。

そこここにまだ未整備の部分があった。

車のスピードメータが、150km以上に跳ね上がった。

あっというまに、椎葉村についた。


車は、サンの屋敷についた。

サンとゲンと啓が出迎えていた。

大泉首相は、あらかじめサン達の写真やプロフィールは見ていたが、実際に会ってみると彼らがあまりにも若いのに驚き少し心配になっていた。

何しろ、サンが24才、ゲンが27才、啓が22才だった。

「総理、神武 燦 と申します。わざわざ、椎葉村まできていただき、ありがとうございます」

サンが、頭を下げた。

「あなたが、神武 燦さんですか。話は、大澤君から聞いています。いいものを見せてくれるそうですな」

「総理、それは後ほどご案内いたします。こちらが源 大と神武 啓です」

ゲンと啓、頭を下げた。

「皆さん、お若いですな。君らみたいな人が日本を引っ張ってもらわないと、いかんな。」

大泉首相は、機嫌よく笑った。

大泉首相一行をサンの屋敷に入れると、そこに御付の者を残し、大泉首相と大澤議員だけが、発電所と研究所を結ぶリニアエレベータの前に来た。

「バード、ドアを開けろ」

サンが命令するとドアが開いた。

大泉首相と大澤議員、サン、ゲン、啓が入るとドアが閉まった。

何も指示しないのに、エレベータが動き出した。あらかじめ指示情報が送られていたのだ。

しかも、認識IDを持たない人間が研究所に向うのは初めての事だった。

これもサンが指示を出していたのだ。量子コンピュータは、大泉首相と大澤議員の顔を認識し、最重要の研究施設に入ることを受け入れた。

「このエレベータは、リニア方式のエレベータです。最初水平に移動し、その後、地下に降りてまいります」

と啓が、説明した。

エレベータは、水平に静かに移動していくとやがて下に降りてまた水平になった。

頭上の表示板には、何階かの数字が表示されなかった。

ドアが開くと、通路があり、何重のドアを通過すると、巨大な空間が現れた。

彼らは展望デッキのところに出た。

そこには、お椀のような形をした半円球上の直径50m程の巨大なものが存在していた。

半円球上の表面からは、2m程の太さの超伝導ケーブルが四方に伸び、壁に突っ込んでいた。

超伝導ケーブルは、超伝導蓄電装置に接続され、さらに送電線に電力を供給していた。

「これが、ミニブラックホールから放射されるエネルギーを利用した発電装置です。

ほぼ無料で電気を発電します。

原理的には地球の全ての電力を数千年以上供給できます」

と、サンが説明した。

「ブラックホール? 大澤君、この話は聞いていなかったな」

「総理、誠に申し訳ありません。このことを外部でお話しすることは、極楽グループから固く禁じられておりました。お帰りになられた後も、極秘にお願いいたします」

「ブラックホールを利用した発電装置? そんな事ができるのか。君、これは世界で最初のものだろう?」

総理は大澤議員に確認した。

「総理、ブラックホール自身が世界で最初に作り出されたものです」

「大澤君、私は工学部出身だ。いくつか特許も持っとる。ブラックホールがどんなものか少しは知っとる。何でも吸い込んで危なくはないのか」

大泉首相は、少しおじ気づいていた。

「総理、その点は、まったく問題ありません。このブラックホールは極めて小さく、しかもある場所に縛り付けてあります」

サンが説明した。

「そうですか。とにかく大したものだ。これで人類のエネルギー問題が解決するかもしれないな。一大産業革命が起きるかもしれない」

大泉首相は、直ぐにこの発電装置の戦略的な価値に気が付いた。

「神武さん、ブラックホールを見ることができるのかな」

「総理、残念ながら、もう直接見ることはできなくなりました。装置があまりにも大きくなり、もはや直接覗くことはできません」

大澤議員が口をはさんできた。

「総理、私は直接見たことがあります。この発電装置が、まだ本当に小さい時でしたが」

「それは、残念だな。ブラックホールを一度は見たかったな」

「総理、現在の状態を画面に表示することはできます。バード、ブラックホールを表示しろ」

前面の空間に、赤黒いブラックホールが映し出された。

「おお、これがブラックホールか、意外と小さそうだな」

「1mm以下の大きさしかありません。このブラックホールは少しずつですが蒸発しております。その過程で強力な量のエネルギーを発散しております。そのエネルギーを直接電気に変換して各電力会社に供給しております」

「おお、そうなのか。どうしてこれが生み出されたのか聞きたいところだが。残念だが時間がなさそうだ。私は、学生時代に受けた講義のように大いなる感銘を受けている。

これは、本当に日本のエネルギー問題を解決するかもしれんな。

私は、大いに戦略的に君らを応援するよ」

その後、大泉首相らは、リニアエレベータでスペースエッグの部屋に移動した。

そこは、100m程の円周の一部みたいな曲線を描いている巨大な部屋だった。

そこに直径が数m以上もある円筒状のドーナツみたいなものが存在していた。

大泉首相は、口を開いて、しばらくそれを眺めていた。

「これは何かね」

「総理、これは私どもがスペースエッグと呼んでいる人工衛星を宇宙空間に打ち上げるシステムです。ロケット無しに直接超電導で加速し宇宙に打ち上げます。

その加速器の実験装置です。地下をドーナツ状にくり抜き、実験用トンネルの直径は1km程の大きさです」

「君、これはロケットで打ち上げるいままでの方式とどこが違うのかね」

「仕組みがまったく異なります、真空状態の直径10kmのドーナツ状の超伝導の加速装置で、スペースエッグを磁気浮上させ、8km/秒まで加速し、高さ10kmの塔を経由し、宇宙空間に打ち上げます。塔の中でも加速します。

この方式を使用すればロケットは必要でありませんので、ロケット方式に比べ100分の1以下の費用で打ち上げることが可能です」

「なる程、画期的な方式だな」

「このスペースエッグは、地上の電力送信装置から電力を受信して一時的に蓄電し、地上の各電力受信施設や装置に無線で電力を供給できます。近い将来には、家庭や自動車にも直接無線で電力送信が可能となります。電力供給が、有線から無線に成る時代が来ます」

「本当に画期的なシステムだな、世界が変わるな」

大泉首相は、画期的なシステムに驚嘆していた。


スペースエッグの部屋のテーブルに全員座っていた。

サンは立ち上がり、大泉首相と大澤議員に今後の計画を話した。

大澤議員からは、事前に首相に対して、今一番関心のある財政問題に有効な計画であることを強調するように言い含められていた。

「総理、我が企業グループは本年末に売り上げが2.4兆円になり、来年には、5兆円程になる予定です。税収の方も、1,000億以上の納税が可能となります。

高速道路も全線開通し、リニアモーターカーも物流用、乗客用の全線が開通しますと、

地域の人的、物的交流が飛躍的に高まり、その経済的効果や雇用増加の効果は、計り知れません。

しかも国の予算はほとんど使われておりません」

「うむ。それはすばらしい」

大泉首相は、満足そうな顔をしていた。

「総理、先ほどお話したスペースエッグを打ち上げれば、日本や世界中に無線で電力を供給することが可能です。

短期間で現在の10倍以上の売り上げが実現でき、国家にも貢献できると思います」

「それはいいな、大いにやってください。ところで、私は何をすれば良いのかな」

「スペースエッグの計画と発射塔の建設を認可していただきたいのでが」

「大澤君、君はどう思うかね」

「国家の将来の為、直ぐにでも認可し、併せて周りの政治的な環境も整備する必要があります」

「わかった。スムーズにいくよう取り計らいます。安心して私に任せてください」

「ありがとうございます」

サンは頭を下げた。

「総理、懸案の光福スーパーを救済してくれたのも、極楽グループです。光福スーパーはもうすぐ1万名以上の従業員を抱えることになります。選挙では、民自党を全面的に支援するそうです」

大澤議員がダメ押しの発言をした。

「それは、かたじけない。光福スーパーは私の選挙区でね。あれの救済は頭の痛い問題だった。大澤君が君らに話を着けてくれて、感謝しておる。君らの今後の活躍を祈っています。ありがとう」

大泉首相は、おおいに満足して帰っていった。


こうして、高さ10kmの塔を九州山地の上に築くことが可能となった。

塔は、種々の阻害原因を回避して建築されることになった。


帰りの車の中で大泉首相は、大澤議員に話しかけた。

「私の常識では、高さ10kmの塔の建設は不可能だと思う。

自分の重みで崩壊するだろうし、風や雨、台風、雪で塔が歪んだり崩壊の危険性もある。

彼らは、本当に作れるのだろうか?

大澤君、君はどう思うかね」

「総理、私も総理と同じ危惧を抱いております。彼らはしかも1年半で完成させると申しております。

彼らは技術的には自信を持っているようです」

「彼らは、金属の素材の検討やシミュレーションやテストを十分に行っているだろうな」

「そのように聞いております。量子コンピュータで素材の研究や設計、各種のシミュレーションを実施しているようです」

大泉首相は、少し考えてから次のように言った。

「もし本当に発射塔が実現できるとしたら、人類はエベレストより高く、マリアナ海溝の深さに匹敵する建築物を作り上げることになる。

これは正に人類の科学技術の進化の到達点と言えるだろう。

分かった。大いに推進しよう。

しかし、もし失敗した時に政府に一切の責任がかからないように十分にその時の対策だけは準備しておきなさい」

「分かりました。そのようにいたします」

大澤議員は静かに答えた。



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