第20話 電子虫の開発開始

20-1.電子虫


卒園式の翌日、一期生の内、極楽技研の真新しい研究棟に5名が派遣された。

その内3名は、リニアエッグに、2名は、蓄電池に参加した。

1名は、ひむか農業大学に入学した。

残りの4名は、極楽発電に2名。極楽建設に1名、極楽ロボットに1名に派遣された。

極楽技研の研究棟は、地上部6階(30m)、地下8階(40m)の規模だった。

5名は、真新しい薄い水色の制服に着替えていた。

胸には極楽グループのシンボルマークである円形の黄金の蓮のつぼみと『極楽技研』が縫い込まれていた。

極楽技研の2名の担当者に連れられ、研究棟に入り、地下に連れて行かれた。

そこには、サンとゲンが笑って待っていた。

「お父様」

一期生のなかの女性たちが、サンの元に駆け寄ってサンの手を握った。

「エヘン」

ゲンが咳払いした。

「皆、静かに。私は、源 大(みなもと だい)です。極楽建設と極楽技研の会長をやっています」

笑い声が、広い室内に響いた。

ゲンは、極楽学園の副理事長でもあるので、皆知っている。

「かっこいい神武 啓(ジンム ケイ)君が、極楽技研の社長だ。

君たちには、リニアエッグとイーグ(eegg)を開発してもらう。

これから担当を発表します。

第1部 リニアエッグ担当、佐藤 洋介、山田 麗、宮本 昇平」

「ハーイ」

「第2部 蓄電池担当、宮平 明日香、金田 英人」

「ハーイ」

「君たちは、あらかじめ勉強して知っていると思うが、リニアエッグは、人と荷物を超電導のリニアモータで輸送するシステムだ。車両に搭載された「超電導磁石」と「ガイドウェイ」に取りつけられた電磁石が吸引・反発する作用を使い、車両を約10cm浮かせて走らせます。これを、最初は模型、次に実験機でテストし、最後に実用機でテストし実用化します。

わかりましたか」

「ハーイ」

元気の良い声が返ってきた。

「イーグ(eegg)を担当する人たちは、極楽発電や極楽電池の技術者と一緒に蓄電池を開発してもらう。

これは、高次元空間に蓄電でき、小型で大容量の電気を蓄電できる画期的なものだ。当然eeggを集積すれば大規模蓄電システムが構築できる。大規模工場での給電や高速船に搭載したり、電力会社への電力供給にも使用される。サンいや、お父様が設計された。既に、試作装置は開発最終段階だ、皆頑張ってください。」

「ハーイ」

皆、明るい声で答えた。

今度は、サンが話し出した。

「皆さん、御苦労さん」

一期生たちは、目を輝かせ、一心にサンを見つめた。

「今日から、リニアエッグとイーグ(eegg)を開発に従事してください。開発期間が短く大変ですが、頼みます」

「ハーイ」

一期生たちは、同時に強い声で答えた。

ゲンが再び話し始めた。

「イーグ(eegg)を担当する人は、担当の技術者と研究室へ移動してください。

リニアエッグを担当する人は、俺いや、私達と一緒に研究室へ移動してください。

それでは、担当者よろしく」

「ハーイ」

元気の良い声が返ってきた。

サンとゲン達と新入社員は、別の階のリニアエッグ研究室へ移動した。

ドアを開けると、ほとんどなんにもない広い部屋だった。

隅の方に、小さなテーブルとイスがあり、イスは、同じ方向を向いていた。

テーブルの上には、小さなPCタブレットが7個置いてあった。

「ここに、座ってください」

ゲンがそう言うと、技術者と一期生がイスに座った。サンとゲンもイスに座った。

「バード、リニアエッグの映像を出せ」

サンが、喋ると、全員の前方に3Dのリニアエッグの画面が出た。

「これが、リニアエッグです。超電導を利用したリニアーカーです。乗客用は、通常気圧のチューブで時速600km以上で走行、荷物用は亜真空のチューブを使用して、時速1000km以上を達成します。バード、乗客用リニアエッグの運行シュミレーションを行え」

「わかりました。運行シュミレーションを実行します」

バードが答えた。

画面には、地下の駅の中が見えた。そして細長いが、前部が球面状の流線形のリニアーカーが見えた。

そして、画面の運転席に切り替わった。運転席からは、前方の線路というか、櫛の歯のように規則的に並んだ磁石と思しきものがはるか前方まで続いていた。

リニアーカーが音もなく動き出した。

メータが瞬く間に、600kmまで増加して行った。

風を切るような小さな音しかしなかった。

あっという間に、次の駅まで着いた。

「君らは、リニアエッグの詳細を設計し、磁気の制御を計算し、実験を繰り返してください。

ほとんどは、量子コンピュータの中でテストが出来るが、試作機を作成し、テストを繰り返した後、実用機の製造に入ります。

このシステムのアウル(OEL)は、ハヤブサだ。ハヤブサ出てこい」

「皆さん、こんにちは。私がハヤブサです」

少し太ったハヤブサのようなキャラクターが出てきた。

「なんでもハヤブサに相談して、仕事を進めてください。ハヤブサはこのプロジェクトのことは何でも知っています。」

「一期生の皆さん、よろしくね」

ハヤブサが呼びかけた。

「よろしくお願いします」

一期生たちが一斉に答えた。

「工程や資金の面では、ゲン会長がサポートします。諸君の検討を祈ります」

「ハーイ」

一期生たちは、同時に強い声で答えた。




20-2.電子虫チーム:飯島、鳥山、西、柴田、堺


極楽ロボットの椎葉村研究室に派遣されたのは、飯島誠だった。

彼は、事前にある作戦文書の閲覧権限を与えられていた。

極楽ロボットの椎葉村研究室は、プレハブの小屋みたいな小さなアパート程の大きさしかなかった。

彼は、それを見ると一瞬戸惑ったが、今の彼にはどんな障害も乗り越えて、学園の後輩の先陣を切る決意があった。

「失礼します」

ドアを開けて入った。

中には、4人いた。一斉にドアの方向を見た。

「すいません。極楽学園を卒園し、極楽ロボットに入社した飯島誠です」

「おう、あんたが飯島さんか。やっぱり若いな。私は、鳥山です」

「よろしく、お願いします」

飯島は深々と頭を下げた。

鳥山が皆を紹介し始めた。

「こちらが、制御に詳しい西さん、こちらが、精密工学のエキスパートの柴田さんと生物学者で筋肉工学の堺さんです」

西と柴田と堺が挨拶した。

「よろしく、お願いします」

飯島は皆に深々と頭を下げた。

「ちなみに、僕は、システム工学が専門です。ソフトの開発もやりますよ」

と鳥山が言った。

「そうですか。よろしくお願いします」

「ところで、うちらは、こんな山の中に呼ばれて2週間目ですわ。何もしてません。新しいロボットを作ると言われて、その開発文書は君から説明を受けるとように指示されています。どんな内容ですか」

鳥山は、この経験の無い若造がどう説明するか、鋭い目で見つめていた。

鳥山は、九州産業開発大学のシステム工学で博士号を取っていた。

他の技術者や学者も、日本のトップ水準に近いはずだ。

たかが高校レベルの若造とはキャリアが違うと思っている。

「では、このテーブルにあるPCタブレットで説明いたします。座らせていただきます」

飯島は、PCタブレットの隣に座った。

「パグ、挨拶をしろ」

PCタブレットの真上に、犬のパグらしいアニメ映像が出てきた。

「飯島様お早うございます。私はパグです。鳥山様、西様、柴田様、堺様、お早うございます」

パグは、全員の認識IDと3D映像から、このプロジェクトの構成員であることを認識した。

鳥山も西も、柴田も堺も一応アウルの説明は受けていたが、初めて見たアウルにビックリした。

「これがアウルですか」

鳥山は、丁寧な言葉で聞いた。

「そうです。正確にはこのプロジェクトのアウルです」

「すばらしい。まるで本物だが、わざとアニメ風にしてある。しかもIDと3D映像で我々を判断している。もっとこれを研究したいな。おっと、プロジェクトの説明を願いします」

「これから閲覧する文書は、私たちの他には極一部の人しか見ることはできません。お父様、いや創立者が、作成された設計書です。パグ、作戦文書121号を開け」

PCタブレットの上に、設計文書が表示された。

最初のページからテントウムシを少し細長くしたような虫みたいなものが飛び出して表示された。下に文章があった。

「ここに書いてありますように、先ずは2cm程の大きさの飛行する装置を作るのが今回のプロジェクトです。名称は、電子虫またはインセクトと呼びます。

電子虫は、映像を入力し、コンピュータシステム及び他の電子虫達と通信し、簡単な判断をし、システムから指定した方向に飛行するという、限定的な機能を持ちます。

これをロボットと呼ぶかどうかは人によって異なるでしょう」

「これ、作れるんですかね」

筋肉工学の堺が丸いメガネをずらしながら言った。

「たとえば、エンジンはどうするのですか、燃料はどうするのですか。非常に疑問ですね」

「次ページへ。」

飯島が言葉で指示すると文書が捲られて次のページが表示された。

またもや、ページから立体的な図形が飛び出して表示された。

昆虫の筋肉みたいなものが見える。

「ほう、先頭部分が制御装置みたで、真中が筋肉というかエンジンですか。そこから羽が出ている。後ろの方の丸いものは何ですかね。まるで昆虫みたいですね」

生物学者でもある堺が興味深々といった顔で言った。

「後ろの丸い部分は蓄電池です。ここには描かれていませんが、別の電力送受信装置から電力を受信し、自分の蓄電池に蓄えます。充電済みであれば、充電なしに1週間の動作が可能です」

飯島が答えた。

「すばらしい、だがしかし、鳥山さん、これ作れますかね」

精密工学の柴田が興味ありそうに質問した。

「うーん。今の技術じゃ作れんでしょう。まずこんなに小さな電池で電気容量の大きいものは、無いでしょう。堺さん、この人工筋肉らしいのは作れますかね」

「これも今の技術じゃ無理でしょう。ブレークスルーが無い限り、これは絵に描いた餅ですな」

堺が冷静に発言した。

「蓄電池は、創立者が設計され、既に極楽電池に発注されていますので、必ずこの性能の蓄電池が届くはずです」

飯島が答えた。

「すごいな、蓄電池の問題はまず解決として、人工筋肉は、どうですか」

鳥山が飯島に聞いた。

「人工筋肉は、堺さんに開発していただくことになります。創立者の詳細な設計図が後のページにありますから、これを実現する必要があります」

「人工筋肉か、まあ、今まで高分子や電気粘性流体を使ったものがありますから、まずは高分子を使用して開発ということになりますな。ただ、あまりにも小さい。これが一番の問題ですな」

堺が肯定的に答えた。

「じゃー。人工筋肉は、堺さんに担当してもらうことにして、先頭部分の制御装置は、専用の制御用プロセッサーを開発する必要がありますな」

システム工学の鳥山は、いつの間にかやる気満々になってきていた。

「専用の制御用プロセッサーについては、創立者が基本的な機能の要求仕様を極楽半導体に伝えてあります。後は、このチームで半導体のシステム設計していただき、変更すべきところを連絡すれば、短期間で半導体を製造してくれるはずです」

「西さん、飛行の制御は大変ですよ。十分に検討しましょう。柴田さん、羽根の部分と筐体は小さいので作るのが大変ですな」

鳥山はやる気満々で話した。....

技術者たちは、いつの間にか発熱した議論を繰り広げていた。飯島も自然に一流の技術者や研究者に混じり溶け込んでいた。



20-3.2年目の入園式


4月5日、極楽学園、2年目の入園式が来た。1才から17才までの150名の新たな園児が入園した。

総勢、290名の学園になった。


ほとんどの園児が、両親も兄弟もなく、たよれる親戚はなく、または育児放棄され、天涯孤独の身であった。

会場には、290名の学園生と多くの教師とスタッフで埋められていた。

幼児は、育児スタッフに抱っこされていたり幼児用イスに座っていた。

壇上には、サン、ゲン、啓が座っていた。後ろの列には、幸も座っていた。

サンは、園長。ゲンは、副園長の肩書になっていた。幸が園の理事長に、啓は園の副理事長になっていた。

3名とも、燕尾服に大きな花を胸に付けていた。

ゲンが演説台の所に来て咳払いをした。

原稿は持っていなかった。台の左右に他からは見えない文字が空間に映し出されていた。

「皆さん、入園おめでとう。皆さんは、今日から、極楽学園の家族です。神武 暁(あきら)様が、皆さんのお父様です。

神武 幸様が、皆さんのお母様です。

今日からはもう何も心配する事はありません。誰からもいじめられることはありません。お父様が守ってくれます。腹をすかせることもありません。お父様は、決してそうはさせません。破れた服を着ることもありません。自分のベッドでゆっくりと寝られます。やさしいお兄さんやお姉さんもいます。親切な先生やスタッフの方もいます。

お父様、お母様は、貴方達と共にあり、貴方達を見守っています。

貴方達は、リラックスして学び、立派に育ち、やがて学園の戦士になり、お父様、お母様を守ってください。そして学園家族を守ってください。

皆さん、入園おめでとう!」


続いて、サンが、登場した。会場を揺るがすような拍手が長時間続いた。

ゲンと啓が、教師やスタッフを動員し、あらかじめ練習していたのだ。

「新しい学園生の皆さん、入園おめでとう。そして先輩の皆さん。新しい兄弟をやさしく受け入れてください。」

会場から拍手が沸き起こった。

「私たちは、この世界に極楽を作る戦いを行います。皆さんは、楽しく立派に育ち、この戦列に加わってください。

皆さんには、不幸にも、両親がいません。しかし悲しまないでください。私が貴方達の父親です。

神武 幸が、貴方達の母親です。

私も両親がいません。孤児園で育ちました。皆さんの悲しみと不安は心の底からわかります。

でも、今日からは、誰もいじめません。私とこの学園の兄弟が貴方たちを守ります。そして私が貴方達に必要なもの全てを与えます。

皆さんは、極楽家族の一員として、立派に育ってください」

万雷の拍手が沸き起こった。


学園生には、一人ずつ、アウルが与えられた。

アウルは、量子コンピュータの教育・育成AIだった。

本人を見守り、相談にのり、励まし、教育するキャラクターだった。

召使いや守護神の役目をもち、肩に止まった小さなフクロウのイメージを持った。

実際には、人間の性格が与えられ、自分で男女、年齢、叔父叔母祖父母等の属性、性格を指定出来、担当の最上級生と相談して決定した。

親のキャラクターは原則として禁止された。

アウルのサポートと、コンピュータによる教育は驚くべき効果を上げていった。

さらに、優秀な教師とスタッフは、教育のスピードと質を向上させた。

学園生は、学年にとらわれず、自由に自分の速度で学習していった。

ほとんどの学園生は、小学4年生までに中学3年の課程を修了した。

年齢が下がるほど、学習のスピードは向上した。




20-3.小学校


ある日、事件が起きた。

椎葉村の、不土野(ふどの)小学校に、新聞記者やTV局が押し寄せて来た。

校長と教頭がテーブルの向こう側に座っていた。

強烈なフラッシュをあびて校長は、ハンカチで汗びっしょりの額を拭いていた。

「校長、不土野小学校が全国学力試験の断トツのトップになったわけですが、ご感想を一言」

新聞記者が質問した。

「えーとですね。私たちの学校が全国一位になったということですが、本当にびっくりしております」

「校長、一位になった原因は、どこにあると思われますか」

「なんででしょうかね。私どもには今一、理解できません。

たしかに、極楽学園の先生方のお子さんや、各企業の技術者の方のお子さんの転入が急増して、以前の4倍の生徒数になりまして、その生徒さんが、非常に優秀で平均点を大幅に引き上げたと思います。また、いままでの生徒も、触発されて成績が大幅に伸びたと思います。

確かに、それらの生徒さんは、大変優秀ですが、自由に振舞われる事も多く、学習スピードも速く、学校としては、どう教育していけばいいか、非常に困っているような状況でして」

「すいません。その極楽..なんとかとはなんですか。」

「なんと申して良いかわかりませんが、孤児院です」

その週は、不土野小学校にひっきりなし電話がかかってきたが、次の週になると、元の静かな小学校に戻った。




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