ビッグバン 第1部:「天国と極楽」
@ooyodosun4
第1話 プロローグ
はじまり:上野町
「ハー、ハー、ハー」
神武 燦(じんむ あきら)は、追われていた。
夏の強い雨粒が、斜めに降り落ち、顔に当たり、薄汚れたYシャツと黒ズボンを濡らしていた。
「ハー、ハー、ハー」
彼は、雨で、河のようになった宮崎市の上野町(かみのまち)の道を、右足を少し引きずりながら走り続けていた。
普段でも人通りの少ない通りは、強い雨のせいで、ほとんど歩く人がいない。
後ろから、追いかける声が聞こえてくる。
「まてー、またんか。」
その声は、まだ離れていた。
彼は、小さな公園のバージニアビーチ公園の先端を右に折れ小さな道に入った。
その先の最初の小道を左に折れ、相手を引き離していた。
先ほどの強い雨は止み、時折り小さな雨粒が落ちる程度になった。
神武 燦は、そのまま進むと広い末広東通りに出た。そして直ぐに左折した。
左側の大きな駐車場の角をさらに左折した。
上野町(かみのまち)のさらに細い路地に入った。前方に逆「くの字」のカーブが見えた。その場所まで進んだ時、雨で濡れたマンホールを踏んだ右足が流れた。そのまま、2メートルほど、滑るように転がった。
すぐに立ち上がったが、3名の少年達が、追いついて来た。
中学生らしかった。燦より上級生だ。
彼は、握りしめていた1万円札を素早くポケットにしまった。
「ハー、ハー。サン(燦)、静かにしないと、くらっそ」
神武 燦(じんむ あきら)は、皆にサンと呼ばれていた。
一番体格の良い少年が、胸倉を摑もうとした。さっと身をかわした。
彼は、何度もこうした状況を経験していた。相手と一定の距離を保っていた。
「ハー、ハー。お前が拾った1万円札は、俺が落とした金じゃが、おとなしく渡せば、1回くらすだけで許してやる。」
「太田原、お前の金て証拠はあるか。俺が拾った金は、俺の物やが」
「なんでも、いっちゃが。サン、もう一回言うど。金を戻せば、一発くらすだけで許しちゃる。」
「知るか。俺のものは俺ん、もの」
その時、太田原のパンチが、彼の腹部にまともに、当たった。
彼は、後ろの壁まで、飛んでいった。
「サン、早く金を出せ。出さんと、またくらっそ」
「誰が、出すか」
サンは、すばやく左右を見た。誰も近くにはいなかった。
「ゲンを探しちょっとか。ゲンはいないど。今日は、徹底的に痛めつけてやるからな」
残りの二人が、彼の両腕を掴んだ。彼は抵抗したが、ほとんど動けなくなった。
太田原のパンチが、サンの右顔面に当たった。直ぐに左の顔面にもパンチが飛んできた。
サンの口が切れ、血が流れてきた。
「プーッ」
サンは、口から溢れた血を太田原の顔に吹きかけた。
血が、太田原の眼に入った。
「ちきしょう。目が見えん。ジョー、剛志。やっちまえ」
神武の左右にいた二人が、殴りつけてきた。
彼は、水溜りの中に倒れ込んだ。
ようやく眼の血を払った太田原が、水溜りの中のサンの腹を足でけり込んだ。
「殺しちゃる。皆でやれ」
3名がサンを蹴りまくった。彼は、しだいに気が遠くなっていった。
もう痛みは感じなかった。
『もう死ぬのか?』
走馬灯のように、昔の記憶が沸き起こってきた。
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