【短編】ギャルにチョコを貰って泣かされた。
コル・レオ
いつか来る日のために
ヒーローに憧れた。勇者になりたいと思った。人生という物語で大逆転を起こして、主人公になりたかった。
だけど俺は、たった一人のギャルに泣かされてしまう、ちっぽけな男だ。
前を向けばまっさらな道。振り向けば、蛇が這ったような白いうねり道。
これは過去と未来――他の誰でもない、自分の人生そのもの。
思い返せば何千、何万もの分岐点があった。勉強するかしないか。努力するかしないか。諦めるか、続けるか――。
いくつもの選択してきた。その足跡がうねり道となった。
正しい選択だったかなんてわからない。後悔している分岐点もいっぱいある。
それでも――キミを選んだのは間違いじゃないと思っている。
◇◇◇
すべての始まりは五月の頃だった。キミはクラスメイトで、一年、二年生と同じだった。話した事も無かったのに、たまたま席が前後になった。
キミが前で、俺が後ろで。
キミは休み時間に振り向くと、一粒のチョコを差し出してきた。
「食べる~? チョコ」
「……いらん」
「えー……チョコ嫌い?」
「好きだけど、人に貰うのは気が引ける」
「お堅い系男子だねぇ」
キミはケラケラと力なく笑った。オレンジがかったストレートな染髪をさらさら揺らして。
「じゃあさ、日本史のノート写さしてほしいな。そしたら等価交換っしょ?」
「……さっきの授業、寝てたのか?」
「放課後カラオケ行くからねぇ」
「理由が酷いな」
「学生時代は遊ばなきゃ損! ってママに言われてるもの」
「親の教育かよ」
「良いママっしょ?」
「ノーコメントで」
「ふははっ! ウケる!」
そうしてキミにノートを渡して、キミは俺の胸ポケットにチョコを放り込んだ。ナッツ入りのチョコ。本音を言えば、甘くて美味かった。
そんなしょうもないきっかけがきっと、キミと関わるかどうかの分岐点だったと思う。
なぁ
「覚えてんだね――ふふ。
あの時、ホントはちゃんと起きててノート取ってたんだよね。なんでもいいからきっかけを作りたかったんだ。キミがイイ奴だって知ってたから、話してみたくて――」
美澄。お前はそう言ってくれた。だけど俺は、そんなにイイ奴じゃない。
◇◇◇
白い道の分岐点に木の看板が打ち付けられている。
右に行けば【土砂降りの雨の中、走って帰る世界】だった。
左に行けば【図書室で雨が弱まるのを待つ世界】だった。
俺があの時選んだのは右の世界。すると途中で美澄が合流し、二人で鞄を傘代わりにして走るハメになった。
二人ともびしょびしょになって、近くのコンビニで雨宿りをしたんだ。
「降りすぎじゃね~?」
「タオルとか持ってないのか?」
「体育の時めっちゃ汗かいたから使えないんだよねぇ――――くしゅっ!」
「…………俺のタオル、使うか?」
「マヂ? アンタのは?」
「ハンカチで十分だ」
「ふははっ! 足りなすぎでしょ〜。いいから自分で使いな〜」
そうやっていつものように笑うけど、本当は寒いのを我慢しているのがバレバレだった。
友達なんて間柄でもない。だけど俺は元よりお節介だから、無理やりタオルを頭に被せてやった。
「え、あ、ちょ!? マジでいいから!」
そんな声を無視して、俺はコンビニで温かい飲み物を二本買いに行った。
戻ってみれば、ちゃんとタオルを使って、首から下げていたな。
頬をフグのように膨らませていたけれど。
「アンタさぁ、そういうのは他人より自分を優先させなきゃダメっしょ~」
「なら返してくれ。俺も拭きたい」
「……それはちょっと、その…………ダメ」
「どうして?」
そう聞いてみれば、美澄は頬赤く染めて怒っていた。
「……う、うっさい! ダメなものはダメ! それより何買ってきたのさ!」
「カフェオレのホット」
「ずるっ!? ウチのは!」
「ん」
「………………このやろー……ありがと……」
そんな時間を過ごした日もあった。
何気ない日常。朧げな記憶の中でも、美澄と過ごした日々はどれも濃い。
楽しい日々だったよ。
◇◇◇
白の世界は続いていく。だけど途中から、別の場所から分岐してきた道が重なっていた。
これは、自分の道じゃない。その道が重なる場所に看板が一つ。
ああ、そうだ。お前と俺の道が重なったのは、間違いなくこの日だ。
「……なぁ、いいのかよ。夜にこっそり抜け出して海なんて」
「いいのいいの。せっかくの修学旅行なんだからグチグチ言うのは無し!」
「ほら、行こ!」って、美澄は俺の手を掴んで走りだした。
沖縄の夜の浜辺。波の音が心地良く、海は幻想的な美しさを魅せ、ちょっと肌寒さを感じる。
でも、一番目を奪われたのは――
「うわぁ〜……キレイ……!」
「……そうだな」
頬が熱かった。握られた左手に熱がこもって、心臓がうるさくて。
潮風になびく、美澄の橙色の髪が夕陽のようにキラキラしてて。それを耳にかける仕草が鼓動を早くさせる。
どうしたの? なんて可愛く小首を傾げてさ。
「なぁ、美澄」
気づけば名前を呼んでいた。
「んー?」
「俺さ――――」
締め付けられる心を抑え込んで、彼女の手を強く握った。
キミにそんな気は無いのかもしれない。拒絶されるかもしれない。嘲笑われるかもしれない。
だけど。泣き叫びそうなくらいの不安を抱えたととしても。
「――美澄が、好きだ」
この言葉は、伝えたいと思ったんだ。
もう引き返せない。引き返したくない。
震えた声だったと思う。顔なんて見れなかった。
だけど、いつまで経ってもお前は何も言わなくて。思いきって美澄の方を見たんだ。
そしたらお前、何て言ったか覚えているか?
――――ねぇ。勝負しようよ。
――勝負?
――そう。最初で最後の一発勝負。
告白して、その返事があまりにもわけがわからなくて。だけど中身を知って、あぁお前らしいなって思ったよ。
「キミが私に飽きたらキミの負け。私がキミに飽きたら私の負け。どう?」
「…………お前なぁ」
「へへ。いっつもドキドキさせられてるんだから、仕返し!」
そう言いながら、満面の笑顔で抱き着いてきて。そのまま砂浜に押し倒された。
そして波音に紛れて、本当に小さな声で、俺が欲しかった言葉をくれたんだ。
――――私も大好きだよ。
◇◇◇
どれだけ時間が流れようと、どれだけ色んな出来事が積み重なっても、最初で最後の勝負に決着がつかなかった。
美澄。あの時、なんで飽きたらなんて言葉にしたのか、今ならよくわかるよ。
好きになれば嫌いになる時間もある。泣いて喧嘩して、許して笑いあって。
それでも「そろそろ飽きたか?」なんてお互い聞けば、答えは一緒だった。
「全然だね。そういうキミは?」
「……飽きないもんだな。二十年経っても」
そうして肩を抱き寄せると、美澄はにへらと笑っていた。
同じ時間を過ごせば過ごすほど、この勝負がどうなるか楽しみになったよ。
……だけど、そろそろ終わらせないといけないみたいだ。
重なった白い道を歩き続ける。枝のように分かれていた道もいつの間にか同じ方向に向かっていき、段々と消えていた。
どれだけ分かれても、最後の収束地は同じ。すべての生き物の行き着く先。
足が止まる。白い道の重なりが途中で終わりを迎えていた。一つは明るいまま左に続いている。もう一つは薄暗くなっており、その先は深い霧に包まれていた。
わかっている。そういうことなんだろう。
『キミがイイ奴だって知ってたから、話してみたくて――』
ごめんな美澄。俺はそんなにイイ奴じゃない。
お前一人を残してしまうんだから。
『アンタさぁ、そういうのは他人より自分を優先させなきゃダメっしょ~』
ごめんな。いつも叱ってくれたのに。俺はやっぱりお前を優先したいみたいだ。お前に寂しい思いをさせるんじゃないかって。お前が泣いているんじゃないかって思うとさ――さっきからずっと、涙が止まらないんだ。
『食べる~? チョコ』
『ふははっ! ウケる!』
『………………このやろー……ありがと……』
『キミが私に飽きたらキミの負け。私がキミに飽きたら私の負け。どう?』
なぁ、美澄。
もっとお前と一緒に居たかった。勝負の決着もつけてない。なのに、なのに……俺は! 俺は…………!
「ごめん……ごめんな…………美澄…………」
大粒の涙と一緒に、震える唇で何度も謝る。
止まない雨のように。胸を張り裂けそうにしながら何度も。何度も。
何千、何十万回も呼んだ、愛する人の名前を口にして。
――――ばーか。
どこからか、そんな声が聞こえた気がする。涙を拭って周りを見渡してみるが、誰もいない。
ただ、胸ポケットに違和感を覚えた。手を入れて、ソレを取り出す。
「――――はは。ちきしょう。こんな所まで来たってのに……」
ナッツ入りのチョコが一粒。
たったそれだけなのに、言葉に出来ない感情が込み上げてくる。
再び溢れそうになる涙を拭い、手にしたナッツ入りのチョコを口に放り込む。
俺は、自分の進むべき道へと歩き始めた。
ありがとう美澄。今度会う時は、俺が用意しておくよ。
お前が満足するくらい、沢山のチョコを。
だけど、準備に時間がかかりそうなんだ。
ゆっくり、ゆっくり来いよ。
まだまだそっちは面白いんだろうから、色んな土産話を頼むわ。家族の話でも、なんでもな。
そんで、いつか勝負の決着をつけよう。何百年もかかるかもしれないけど、俺は負けないからな。
「――――――愛してるよ、美澄」
最後の一歩を踏み出す。世界が白に染まっていく中、俺は笑みを浮かべながら目を閉じた。
ヒーローにも勇者にもなれなくていい。大逆転の人生も必要ない。
ただ、キミが隣に居てくれれば、それで――――。
【短編】ギャルにチョコを貰って泣かされた。 コル・レオ @korureo612
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