~川端康成氏と俺~(『夢時代』より)

天川裕司

~川端康成氏と俺~(『夢時代』より)

~川端康成氏と俺~

 腹痛を抱えながら何処ぞの便所へ駆け込もうと身を急がせて行けば何処ぞの神社か楽園(パラダイス)か何かで見知ったような〝白日和尚〟が寝袋引っ提げ俺の目前(まえ)まで出て来て徐にこう言う。「痛快知り得ぬ未熟な軟弱児には丁度小春が咲いた風力の灯(ともしび)が残念に肢体を横たえ、何時(いつ)もながらに億劫染みた屈曲され行く淡く純白の熱泥の内に何処(いずこ)より来(きた)るか彼(か)の〝五色御殿〟をその羽衣に纏いつつ、戯言(こごと)を連呼して謳う結託の殉教の内に回帰され行く己の不様を揚々知り行く事だ。然(さ)すればお前の目指した社(パラダイス)への扉は明度(あかるみ)の内で開かれ、人生から何処(いずこ)へ辿らさせて行く帰路の上でもきっと魅惑に満ちた非現実に輝き春夏(しゅんか)を呈した助力の冬至が主(あるじ)を応え、到底知り得ぬ神秘の南方(みなみ)を覚らせようぞ。」と。正順極まる五月雨(さつき)の垂れ込めた蚊帳の外で俺の活気(けしき)は今も意識を駆られる程に世間を呈した鼓動に佇み、硝子の入ったオルガの炎を風下に捕えて無力に焼噛(やっか)み、鼻を噛む用に設え置いた純白の糸布(ちりがみ)さえも両手(て)から零れて、明日を省みない儘時代(とき)に闊歩を続ける有力な希望(ともしび)を唯柔軟交えて目前(ぜんと)へ置いた。そうする間(あいだ)に逡巡足らしめて行く時雨の炎が火の粉と成って世間(いしき)に立ち込め、黒も紺も尽きせぬ内に雪化粧が目下闊歩(ある)いた歩の波を捕えて悠々成果を束ねる尽力の後味と己を省み、〝安住坂(あずみざか)〟を上り切る頃躰の火照りは意向(いみ)を知り得ぬ無想の行方をほろほろ言い知れながら徒党を組む群象(からだ)を追い抜き、帳が利かぬ群力(ぐんりょく)の炎は確固に寝そべる向学の火の粉を程好く認めて、認めた味気(それ)を俺の両手(て)から思惑(こころ)へ、胸から両脚(あし)へ、寒気(かんき)を讃える世間に於いては何処(どこ)へ行っても鏡に映る表情(すがた)を見尽す己の生涯に仕事を咥えて、やがては知り得る頭部(あたま)の在り処へ体温共に躰が巡り、脳裏へ焼き付く手鏡と成った。暑さを知らぬ深緑の五月の日である。

 熟緑(じゅくりょく)に実った人の肢体(からだ)を手足を延ばして観覧だてらに地元(ちまた)へ下(お)り行き、肢体(からだ)を捩じ切るように己を火照らせ躍起を賭したが、如何した事か、誰も専門学生が地元(ちまた)を泳がぬ程に世間の波は鼓動を抑えて、音無しの流行(いずみ)の波打ち際には一匹の蝶が余分に束ねた独力の学問(せいか)が身の粉を散らして己を省み、反省間際に束の間ながらの夢想(ゆめ)を携え俺に従い、小言を生じる愚口(ぐこう)を抑えて脚色したのは鏡に映った己の真似する傀儡(せいと)であって、何処ぞの学舎(パラダイス)へと社会を知り得て未知(きぼう)に介せぬ自体(おのれ)の程は事前を越えて予知夢に縋った渡航の主(あるじ)を社会(しぜん)へ見付けて、誰とも相談し得ない個室の学舎の具像(ほど)を小さき囲いの内に見付けては、唯躍起に成って喜んだのだ。今まで己の内には学へ縋って生きる一匹の傀儡・盲者(もうじゃ)の体(てい)した幻(まぼろし)とも成る君主(ひかり)の鼓動が一端(いっぱし)の肢体(てあし)を持ち得て何時(いつ)かは飛び立つ未来図を、この肢体(ぼたい)を上にて策して居たが、どうもその実現とは覚醒(せけん)の内では適わぬ個人(ひと)の夢想(ゆめ)だと、順折り隠されて行く生気の層下へ自体(おのれ)の思惑(こころ)も辷って行きそうでもあり、遂には夢想(ゆめ)の内にだけ咲き乱れて他(ひと)へ火照る事の出来る淡い追憶が活きる鮮血を欲しがるオルガが表情(かお)を覗かす。そうして歩いた矢先は途端にぱぁっと周囲(あたり)が明るく成って、俺の闊歩に対等唱える新たな斬新(かくせい)達が仄かに俄かに肩を寄せ合い、脚色(いろ)付き始めて、目礼(もくれい)から成る日常の諸事(しょごと)を胡散に仕分けて定める一定の流行(こうりょく)を作り始めた。

 己の歩くべき未知と、歪曲して行く朦朧を翳した陽(ひ)が照る目下の砂塵に肩から両脚(あし)を砂煙(すなけむり)に身を浸して行く儘に順折り辿り行く黄土の土台は、粉々に壊れる間も無いほど随時虚空を仰いで肢体(からだ)を束ねる一匹の群象(むれ)の様(よう)に能力(ちから)を呈して温(ぬく)みを育て、何時しか目前(まえ)に大きく構える一握(いちあく)の建物の頭上(うえ)では日毎に身を化(か)え俺を見下ろす月光(きぼう)の一閃(ひかり)が陽(よう)へと又化け身の周囲(あたり)を又育てて行きつつ、舎門(しゃもん)を潜(くぐ)った俺の躰は東西知らずの屈服され得ぬ魅惑の焦燥に各々生気を駆けさせ躍動するようでもあり、白色に満ちた女生徒(おんな)の誠実(ちから)は目下画策し終えた俺を運用して行く黄土の炎(どだい)を、冷やし温(あたた)めながらにその固さを伝えず俺の眼(まなこ)へ順応して行き、滞らず儘躾を落した俺の告白からは女生徒へ一矢向けられ得た失恋の嫉妬(ほのお)が形成され得ぬ儘にてぐんと飛び行き、何も知らない青い春には、俺も知り得ぬ恋人(ひと)の廃退への構図がちらほら散閑(さんかん)させられながらに散在して行き余力を失くした目下の俺には彼女を身内へ呼び込め得ぬ儘朗々散歩して行く徘徊の老摯(ろうし)へ投身させ行く儘に、己の文句は小言を愛した。身寄りの無い自信の程度(ほど)が夏の活性(ちから)を軽く見た儘舎門を潜(くぐ)り終えた俺の身内へ抑揚束ねた未熟の体(てい)を尻尾を付け得て真摯と見合わせ、白色呈する学舎の壁まで黄色に呈せられ得た銀杏(いちょう)の並木が程好く微笑を以て微風(かぜ)にも揺られて、俺の歩数(ほすう)を大目に見ようと泥濘(ぬかる)んでる頃俺の眼(まなこ)は舎内の旧(ふる)めき立った花瓶や廊下、酸臭(さんしゅう)さえ浮く闇の果てには僅かながらに窓から差した斜光の加減に幾多の闊歩が連動しつつも動いて見せ得た二階へ通ずる断層を俺に見せ行き、幾つかに束ねられつつ重ねられ得た数段を程好く介して行くのは漆喰の剥(は)げた黒茶(くろちゃ)の手摺であって、所々が漆の匂いを幻想交えて滑稽(ばか)に見せ行く俺へのオルガの程度(ほど)をその物(うち)に披蹴(ひけ)らかしつつ用途は得ていた。煌々と灯(あか)りと活気の洩れる教室のドアとは同じく闇内に仄(ぼ)んやり浮ぶ塗装の剥げ得た旧来を謳い、所々がまるで葉に付く虫食いの様(よう)に蒼いが具に撒かれた人の脂で焼け落ち行った二階の廊下奥にひっそり佇むようにして在り、延(のぶ)を取って開いて見れば、そこには不敵を装う囚人達が学生共に空気へ同化(ば)けて周辺(あたり)を熱気で算段し始め揚々優雅に呈せる程度(ほど)の人気(はどう)が波打つ人家をその両手(て)に表し始めて俺の行方を何処無く座席へ佇み終え行く愚弄の程を静かに傍観し終えて網羅を見れば、躰は蛻を呈して俺を射抜き、見付かり得ぬ儘教壇に立つ淡い骸は熱気を欲して透明と生き、股引隠して飛白(すがり)を身に着け上には新たを欲(よく)するジャケットスーツを着た儘不敬を呈した康成氏が居た。俺はこれまで何処かの売れない講義を足元弛まぬ学舎で聴こうとこの身を粉にして季節を闊歩(ある)き、心身(からだ)の人力(ちから)を偏に揮って生活汁(あく)を供にし行き絶えようとも喚き散らせず、周辺(あたり)を見廻し得(とく)を掲げる全ての人物(もの)にこの身を捧げて邪心を捨て去り行こうと人身(おのれ)を定めて嗽(うがい)を喫して居たのであるが、季節が冷めて夜は鳴かずに昼には覚めて朝に起き行く夢想(ゆめ)の容姿に覇気(ちから)が尽きて闊歩(ある)く凄味は他局を当てとし、見上げた虚空に伽藍を知れば目前(まえ)に立つのは紺色・白色総身に具えた主(あるじ)を思わす川端康成氏を体温(ぬくみ)に備えた無頂(むちょう)のオルガを自賛する身に成り果て行って、頂上知り得ぬ歩人(ほじん)の在り処は明治を宿した群象(むれ)の経験(れきし)へ解け入る誇張の声を色めき聞いた。

 闇に浮び終えたドア延向こうの空間はふと又大教室と成り行き多数を呑み込み、その数の内には人だけではなく物の熱気も算段され得て孤高の味占め都会を棄ててその身を締め行き、引き締め合った人と物との算段とは又何かしら徒労を生み行く精励掲げた社の明度を悉く引き出し粗雑に見せつつ、その実蛻と知り得た俺の思惑(こころ)は今とは言わず行く行く総身に熱気(ほてり)を狂わす狂歩(きょうほ)の肢体(てあし)に巻かれる夢想(ゆめ)見て、棚上げされた学士の真摯は今又やがてその熱気が唸る中央辺りに下(お)り行くものと或る学生等は大いに夢見た。大教室ながらに成る程用意され得た伏線(かげり)の程度(ほど)は大事を控えた大広間の様に手足を延ばして学士を堕とし、康成氏さえも統率(たづな)を取れ得ぬ熱気の密集を具(つぶさ)に講じて波紋を呼び寄せ、まるで無関係に立ち止まった外景から成る新生の優雅もその情景等にはふらふら愛想を尽かして結局阿り、路頭に迷った真摯の程度(ほど)は状態知らずの一定(さだめ)の様(よう)に固より旧さを知り得ぬ新生類(しんせいるい)と呼称され行きその身を直して、小窓(まど)から差し込む益荒男の焦燥を奏でる微動の上気は目下尻込みした儘康成氏を通さない頑固な姿勢を揮って各々関(せき)と成り行き難所と成り行き、美声(こえ)を退(しりぞ)け罵声を通し得る両の腕力(ぼうりょく)の程度(ほど)には光明(あかり)が差す程強靭が下(お)り行き煤を払って、弱者が放(はな)った是正の気力は無残に解け入る間も無い空き巣の体を世間に報(しら)せる具合に変わって行った。行儀の悪い学生達で大変賑わう孤堂の祭祀は祭知らずの新たな若者達と躍動共とし、駆動に弾かれ終えて、蛻を呈する四方(よも)の私牢(しろう)は殺気を怖がり靴を脱ぎ捨て、飼葉で寝て居た主の表情(かお)指しその都へ落ちた者とは誰で在ったか、行く行く指折り数え行くまま身の粉を集めて、思惑(こころ)の内に一杯と成った時点に於いて大教室(ここ)から去ろうと密かに決めて熱弁揮う彼の姿が俺とあと数人の生徒の身には斬新だった。〝成る程…〟と小さく呟き白紙ばかりのノートに指を這わせて試験をすれば、これ又行き先消えない骸の苦労(ほのお)が人家を燃やして大胆不敵に、闇夜に浮んだ小さな商船(ふね)を身元へ呼び寄せまるで体温(ぬかるみ)に生えた見世物の様な体(てい)して真横に佇み、寝転ぶ四肢には頭が生えて躓き切れない学徒の修行に、終ぞ消えぬまま将来(ゆめ)に届かぬ人の誉れに静寂して行く。たった独人(ひとり)の慧眼から得る固陋の無機に、有機を束ねる余程折衷ゆえ成る運命(さだめ)の凋落気味には、崇高重なる人の熱気が行く行く灰燼と化すまで時が要るのを知った上での煩悶成り、と孤高に阿る人の骸が自然の躍動(うごき)を理(り)として織り重ねて行く経験(れきし)の騒ぎが盛んであった。まるでクラシック音楽・声楽を拝聴し得るコンサート会場の様に三段構えに木造され得た闇に浮かぶ大教室ではやんやわんわと蒸せ行く気色が白色成らぬ黄土色(おうど)と萎えつつ咽び泣く囚人の畔(ほとり)に一輪(いちりん)立派な竜胆さえ咲き、唾を飛ばして客席から舞台まで行く音響から成る駄弁を発した学徒の火照りは行方知れずの世間の目当てを耳を澄まして置き定めて、白色顏(いろじろがお)した紙飛行機が、学生各自の文盲(もんもう)と聡明を取り上げ下げるように体を晒してまるで教室内から小窓を開けて飛び立つ事を試みて居た。暫く難聴にでも成りそうな程この歓声(ねっき)にして遣られて居た俺の眼(まなこ)は悠々涼風に体を当てられながらも古筆(こひつ)に認(したた)め得た良家の温度を確認して行き、変らぬ偏心(へんしん)に意識を盛りつつそう見て居た。紙飛行機が人の頭上を飛び抜き、壇を飛び越え、又主(あるじ)の元へ舞い戻って行っても、何ら疚しく可笑しな出来事(こと)は無い訳である。丸みを帯びたその抑揚付いた飛行機は、実際、俺の知らぬ処で飛んで居たかも知れない。〝銀杏並木の小波(さざ)めく通り〟と身勝手矢鱈に決め込んで居た今やアスファルト詰めの八百メートルは、程好く陽(ひ)に輝き照って周辺(あたり)に設けたコーヒーショップをその背の内に隠して居たが、そこを辿って安田の学舎か母校の何やら学舎か掴め得ぬ我が学び舎と成り得る社の門を潜(くぐ)り終え、この誰かに教え遣られた大講堂へ入って来るまで俺は川端康成氏が我が教師と成るのを露も知らなかった訳であり、このような旧(ふる)めかしく我が文学観に由々しきモレクを想わす孤島の社を再び呈し得るのも終ぞ知り得ずに居た為、まるで講堂へと続く廊下か階段の畔(ほとり)で幾人か屯して居る学生と一緒に教室内から漏れ出す氏の声を生々しく拝聴するにもこの様(よう)な凄惨な気色が在るのは我慢が成らずに、残念ともし得ぬ俺の向学の迷走の具合(ほど)は凡そ人道を外れた非道く捻(ね)じ曲がった熱気(もの)として在るのを知りつつ後(あと)にも戻れず、小窓から差す魅惑の私牢(しろ)が終ぞ程好く自棄を呈して幻惑の縁(ふち)を亘り終えて行くのを我が静観は遠くで見守り、静かな湖畔に落ち咲く緑の茎は青白く飛白(すがり)を付けられた竜胆の身の粉をふと又表しながらに俺の表情(かお)見て生気を付ける、と奨励して来た。この学生達の騒音(ノイズ)が如何(どう)にか止まないものか、と八苦しながら苦渋に燃えつつ、行くは己単身だけでも先生の自宅へ押し掛け入(い)って問答携え呪文の様に講義を手にするのも好いと、土足を気にせず体裁(み)を衒わぬ試算を講じて居たがそれでもその時目下の喧しさに見た人の体温(ぬかるみ)から成る幻聴の程度(ほど)はまるで在る事無い事胡散に分けて講じて居た為両脚(あし)を引かれた我の境地は何時(いつ)まで経っても文句も言えぬと混迷(いか)れた私闘を繰り広げて居て、留(とど)めは斜に構えた歯止めの加減が好い加減とも成り得ず藻屑を見た為、両手(て)にした主(あるじ)は孤独に消えた。消え尽きた山師の様な騒音(ノイズ)の主(あるじ)は徒党を組むのも加減しながらやがては全景自体(そのもの)を講堂内の社(やしろ)へ含める能力(ちから)の有を知りながら、てくてく嵩張る宙の塵へと回帰して行く。彼(か)の川端氏は、俺の苦心が散在して行く群象(むれ)の定義(ドグマ)を知り得た頃に、何処かで見知った別の教師へ姿を変えて居た。

 他(ひと)との関係を悉く断って今大教室(ここ)まで辿り着き、さてこれから何処へ向けて偉業を唱えようかと算段する内、欠伸の枝から猿が辷って、女との関係が靄の内にて消え掛かって行く頃、俺の言葉飽き性を煩うように唯西へ西へと追随する儘飛んで行き、酒酔いにも悪さを憶えた様に、目下金銭への吝嗇が祟って隣人(ひと)を大事にせぬまま独身(わがみ)を孤高の地へまで置いて行く歪(いびつ)な文学士へと俺の身はそろりそろり、ほとほとと、成り行き化(か)わって行った。彼(か)の川端氏はその大講堂に集った若者の数が余りに五月蠅いのを知り当面この雑音が自己の塒を自ら垣間見ないのをふと予測したのか講義は中途で躙(にじ)るしかないとした表情にて壇を歩いて下りて、それでも最前列へと詰め掛け押し寄せて居た真面目を労わり啄み始めた学士の幾人の表情(かお)見て二言三言そそりと言を伝えて置いて、自らは体躯の背を押し颯爽成る姿勢を呈して俺の気付かぬ内に教室(そこ)を出て居た。薄ら夏寒(なつざむ)いまるで晩秋を追想させ得る深緑の日である。騒音止まぬ渦中の内にて又二、三の学生達に事の成り行きを訊けば何でも康成氏は壇を後(あと)にし、自分に吸い付く学士の華見てその表情の内に「私が煙草を何処かで吸うから、その私を見付けられたら又講義をしてやる」といった内容の発言(ことば)を言葉少なに呈したようで学士達それを聴き知り又嬉しくなって、他(ひと)へ伝えて自分達も氏と同様にして学問との間に敷かれた赤い絨毯敷きの広間(ロビー)に行って休憩出来ると算を踏みつつ目下敷かれた勉学の仕事を脱ぎ散らかして、時の擦(ず)れの内に出来た一瞥小さく内実大きな暗穴(くらやみ)に向かって大きく闊歩して行く学士、否賢者の意を、汲むまま己の旧着(むくろ)を脱ぎ散らかし行き、怒涛の如く大歓声が起こったその講堂内から水が洩(も)るまま降らせておいて、自ら冷めぬ狂酔(きょうすい)の内へと埋没して行く。精進するまま自らの楯を感謝と偽り、如何とも出来ぬ妄想の内へと教訓(ドグマ)を解かして一旦退(の)いた遠慮を束ねて自ら独走(はし)った線路の上を何気に落した真摯を遠目にしたまま孤高を被(かぶ)れば、他の向く儘気に向く儘に白日から成るスコーピオンの連写は踵を射ても一向止まぬ助成と成り行き学徒が動じる事無く曰くの付いた艶やかなる老師の家宅の内まで自ら決して押し掛けようと、俺の真摯も唆され行き徒党を保(も)った。俺は他(ひと)を余所に見たまま我が砦の具合(ほど)は凡そ焼石(れんが)を重ねて丈夫としたまま空気を辷って路線を練り行き、予め決められて在ったような通路を辿って城下へ下りて、算段講じる儘に教授が住まう家宅の縁(ふち)へと身を遣り始めた。深緑がきっと仄かに照った枯渇の時期合(ころあ)い。まるで城下を呈した学舎の周囲砦を下(お)り得た学士や学生、学徒や教師で大変混雑していて、その教師の内には教授は居ないで、明日を振り向く真摯の高低(どあい)は到底自ら進路を得ずまま老獪極めて様子を見て居た。俺は熱気(ほとぼり)が冷めても嬉しい儘に、老摯(ろうし)を謳って老摯に阿った青春の微弱が又青春に身を攀じ登らせ俺の拘泥発する欲望(ねつ)の先端の穂に矢印見付けて、自ら真摯を採って誘導して行く康成氏の強靭めいた優しい教義(ドグマ)に一掃され得ず生き残る儘活きた俺の心中(からだ)が思わず跳び撥ね躍動したのであって、次なる結束の固さに暫く準じて己を折り込み、その学舎の内でも敷地の内でも目星を付け得た氏の潜伏先を如何でも掌の上で掴んで見たいと躍起に成って、在る事無い事呟きながら師の選択基準に己を諌めた。そうして遁走(はし)り廻って居た俺の麓で横目に認められる他の学徒が在って彼らは背を伸ばして青く息衝き、「流石、川端さん…」等と一言の内に阿り知らぬ流暢から得た強靭秘めて、俺の背後で結託せぬまま陽(ひ)に姿を晒した儘にて丈夫を表し、夢想(ゆめ)に駆け行く審議(ドグマ)を採って、嵐が来ぬ内体力(み)を隠そうと露わにされた清(すが)しさに在った。そう言いながら彼らも又、〝学生意欲の向上の為〟だか何だか火吐(ほざ)きつつ、人陰(かげ)に埋れて煙草(けむり)を吸うのだ。凡そ麻痺した体(てい)には審議が見得ず、判断(からだ)も覚束ない儘ふらふら登校して行く自身を呈して行く為、一度に吐いた妙義を講じた一束(いっそく)の文言(ねつでい)さえも唯空の内では即座に片付き、自体(じしん)は底から遠退き冷めて行く為、宗匠被(かぶ)った大いなる学生(むくろ)の体温(ぬくみ)達は校社(こうしゃ)から退き吐き終え設え終えた吐言(こうぎ)の数々を、一瞬に水に帰す程に寝覚ませ行って小言を呈する学徒の夢想(ゆめ)は億劫間近に消失して居る。唯そうして調子に阿り飛んで撥ねて寧静(ねいせい)を装い屯して居た傍人(ぼうじん)とは、余所目に我が道を踏ん反り返って闊歩し行く我が奮起に覚めた未熟の発破は、古豪に謳われ始めた文士のオルガを相応なるまま粉砕し終えて自体(むくろ)に着せ終え、暗さを失くした廊下辺りから四方(しほう)に延び行く断層、教室、花瓶台、踊り場、窓際、校庭へ出る迄のポーチコ、まるで神話に登場(で)る程露わを載せてリズムに狂う音楽の内を抜けて来る迄、要所で煙を吸って居る学徒達に会い、広く大階段を設けられ得た二階から階下へ下りて来る迄の新廊(しんろう)の辺りに於いては、康成氏を探す捜索の得手から遠く逃れた野良の如き畜生達が各自の思惑(ゆめ)を象り吐(つぶや)き、徒党と化して、俺に向かうでもない冷酷新たな新生感覚を企図して居て無敵を携え、理解出来ない俺にとっての障壁(てき)と成り行く妙技(ドグマ)を離さず、髑髏を講じる一介の真摯に投身して居た。唯自然の内にて翻弄される儘に身を躍らせて撥ねさせ消失し行くその身達の躍進は見張る程度(ほど)に大胆に成り行き、その情景が俺に別の目的を構築させて行きそうだったが気を取り直し、俺は〝川端探し〟に戻って行った。

 しかし結局川端氏は熱気の程好く冷め得たその学舎の内に、外に於いては見付けられ得ず、敷地を越えた虚空の下(もと)にて朝飯を活喰(かっく)らう態(てい)してお暇(いとま)して居る姿勢(すがた)が在りそう、と期待されたのであって、そうした俺の連動(からだ)は夜雲に紛れるような淡い月光と身を化しつつ淡く道標の光る街中に歩いて行って、予め定めて置いた氏の見付かりそうな場所(ありか)を隈なく辿って行った。俺が未(ま)だ学舎に居た頃、他の学士に聴いて居たのか、はた又自然(なりゆき)任せに土から生れた小言(うわさ)に聞いたのか知らないが、氏は既に氏の自宅へ還って居て、舎で講義を執る以前誰かに借りて居たのかその借り物を元の主(あるじ)の元へ返しに行って今は自宅に居ない、という素性を俺は徐に知り得た訳であり、その借り物とは又、俺が普段日常に於いて店から借りて来るようなCDかDVDか、日常を象る際には高価な代物(もの)だと公認されて居る対象(もの)と同等らしく、故にその〝借り物〟を貸して居た家とは次第に俺の家宅へと移って行って表情(かお)を乱さず、康成氏は俺の家族に借りた物を俺の家宅へまで返しに来ていた、という背景を伴って居た。どうやら氏と俺の家族の者、父、母、とは、家族包(ぐる)みで付き合って居たらしい事実(こと)が後(あと)より判明して居た。そうした樞を秘めた俺と康成氏との友情、連帯から成る無闇に咲いた結束の火の粉はやがて炎と成って俺の頭上へ輝き、如何でも距離を縮める斡旋の行儀は俺と川端氏の麓(もと)にて成された如く、足早に師だけを目指した俺の向上に働き、生気の灯った紅潮顏(ほてりがお)を行く行く師に向けつつ虚空へ翳して自力を補う資力としようと奥義に努めて、唯川端康成と二人と成りたかった俺の遊興から成る美学への追憶に準ずる糧の独気(オーラ)は、幾許絶えずの解放(あめ)と成りつつその身元を凍えさせていた。談笑尽きない師と二人切りの温泉旅行へでも金銭(かね)を煎じて発(た)とうとしたのは俺と師との思惑(うち)に芽吹く本望でもある。

 屹立として建つ二つの銭湯の真下は体温(ぬくみ)に素知らぬ顔して褒美を与えた、自然の根城と俺が呈した人の砦とを双璧に構えて微動だにせず、各々に灯された不敵の熱望(ほのお)は幾許も無い人の思惑(オルガ)に嘴挟んで、一端(いっぱし)の肢体(てあし)をその体温(ぬくみ)に付ける事にはまだまだ遠い拒絶を灯した。川端氏と落ち着いた環境(けしき)の内で、茶でも呑みつつ菓子でも買いつつ談笑し得なかった俺の背後は、手に取れない程度(ほど)の煌めく温(ぬく)みを具えた連動の無色がそのまま笑って取り残され行き、俺の言葉は加減を知らずに現実(いま)を苛み、やがては又連動して行く未知(さき)の恐怖を蹂躙しながら、俺の骸は安心迄の帰路を欲した。俺は直ぐさま夢想(ゆめ)の内で断熱された遊興から成る一片ずつを拾い上げて、俺の温度に見合った物語の土台にその身を載せつつ、過去の栄華を欲する程度に没我の妙味を耽溺して居た。



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