序章・ファンタジーの欠片が落ちた日   8

 他の宇宙船との隊列を離れた五番機の宇宙船は大気圏へと入り下部に耐熱障壁を展開して降下体勢へ入り、船体が赤く包まれようとしていた。

 反逆者の五人はコックピットの座席に座りながらモニターを見てほくそ笑む。

「まさか追ってくるとはね」

 移住先の軌道の中に宇宙ゴミを見つけるレーダーに捕捉されていたのは、二つの生体反応。

 『救助対応をしますか?』というコンピュータ―からの問い掛けに、反逆者達は当然のように却下の選択を選んだ。

「宇宙船の装甲を魔法で打ち抜く気なんでしょうかね?」

「地に足がついた状態なら可能でしょうが、大気圏へと入っている宇宙船へ近づくために行使している魔法と併用して使用される魔法の威力など、たかが知れている。例え、それがヒメヅル・アサアラシであったとしても」

 そこへ一方的な通信が入った。確認しなくても相手は誰か分かっていた。

『…―…これから―…―…あなた達の乗る宇宙船を落…します!』

 通信に対しての回線を開かず、反逆者達は嘲笑する。

「本当に無駄な努力をする方だ。いつ死ねるか分からない肉体を与えられ、只々文明の進歩のためだけに身を磨り減らし、能力のない者達に使い潰されていたのに、今度はこの星の原住民のために身を磨り減らすとは……」

「ただ安寧だけを求めるだけしかしないのは進歩を止めるのも同じ」

「確かに、我々の星に住んでいた者達は強制される労働から解放され、永久的に生活水準を落とすことはなく安寧を得た。しかし、全ての宇宙の生物の頂点に立てる無の力――魔法という技術を手に入れたというのに、その力を使わないという怠慢に陥った」

「それは人間としての本能を捨てる愚かな行為だ! 最初に力を手に入れる権利を得たのだ! 何故、それを使わない? 誰に遠慮する必要がある? だから、我々が本当の人間として正しく行使する!」

 反逆者達の欲望は剥き出しの本能に近いものだった。

 もしも、ヒメヅル達の住む星でエルフという生物の化石が見つからず、文明の進歩が行き詰っていても科学と化学のみで発展を続けていたら、今のような野望を持つ者はいなかったかもしれない。

 しかし、魔法の発見が文明の進歩を止めていた問題をすべて解決したのと同時に眠っていた欲望を呼び起こしてしまった。ファンタジーにしか存在しないと思われていたエネルギーが科学と化学を宇宙で最先端にさせたと、一部の者を勘違いさせてしまった。

 そして、平和に浸かり過ぎていた人々は、その勘違いした者の存在に気づかなかった。ヒメヅルやアルクゥが口にしたように『欲を克服した』と思い込んで。

 しかし、今、その存在に気づいている。だから、欲望に忠実なままにさせないのも人間である。人が犯した過ちは、人が止めると動くのも人間なのだ。

 アルクゥが額に汗を拭きだしながら叫ぶ。

『調節が利かないから最大出力していますが、こんなに障壁を硬く張っていて中から攻撃できるのですか⁉』

 大気圏に入り、空力加熱が半径二メートルの魔法障壁を擦って赤く変色している。今のところ、ヒメヅルとアルクゥを包む球体の障壁は機能し、内部は完全に隔離されて熱を遮っている。

 しかし、その自分達を守っている障壁がアルクゥの目には分厚く見え、空力加熱にすら耐える頑丈な障壁をオリハルコンのレイピアで斬るのは試し切りした鋏とは別物に思えた。

『安心してください! 彼女達が生み出したレイピアは魔法すら斬るように造られています!』

 飛行魔法を制御してヒメヅルは五番機の宇宙船へと進路を取る。ヒメヅルとアルクゥが五番機の宇宙船のコックピットに辿り着き、その姿は五番機の宇宙船のモニターにも映っていた。

 反逆者達がコックピット内で各々口を開く。

「本当に来たぞ」

「一体、そこから何をするつもりなんだ?」

 モニターにはヒメヅルが飛行魔法を解き、右手を払った先にある亜空間への出入り口を開いた姿が映った。

「何かを取り出すのか?」

「しかし、移住先の住人に影響を与えないために規制を掛けた本人が兵器を持ち出すはずが――」

 反逆者達が言葉を止めた先で映されたモニターの映像には、ヒメヅルが亜空間から取り出した鞘付きのレイピアが見えた。

 あまりに予想外で、あまりに滑稽に映った原始武器にコックピット内で嘲笑が漏れる。

「ククク……。ヒメヅル様は、頭がおかしくなってしまわれてしまったようだ」

「まさか、あんなもので宇宙船の装甲を斬るつもりなのか?」

「降下中の大気圏の空力加熱で障壁を出たら剣自体が溶けてしまうぞ」

 しかし、モニターに映るヒメヅルはそのまま動きを止めず、亜空間へ鞘を放り込むと右手のレイピアを持ち替えた。


 …


 ヒメヅルは右手のレイピアの虹色に輝く刃を外に向けて両手持ちにすると、深呼吸を一回入れる。

(このレイピアの切れ味を考えるなら、大きな振り抜きは要らない。重きを置くのは飛行操作の方……)

ヒメヅルは飛行魔法を再び発動して五番機の宇宙船を追いかける。そして、五番機の宇宙船の真横に並ぶと速度を同調させながらヒメヅルはアルクゥへと指示を出す。

『障壁の大きさを小さくしてください! 今の状態で振っても宇宙船の下部と障壁が接触して届きません!』

『了解!』

 アルクゥが目を閉じ、集中力を上げてイメージを練り上げる。

(障壁が防いでいるのは、あくまで宇宙服で耐えられない空力加熱の熱……。これを硬いもので防ぐ必要はない……。宇宙服から数センチの離れた状態で接触せず、かつ、軟質のジェルのようなものに変質させるイメージを載せる……!)

 ヒメヅルとアルクゥの周囲で硬質だった障壁がぶよぶよと変質して縮み始めた。

『もう少し……もう少し……もう少し……そこで止めてください!』

 ヒメヅルの指示に合わせてアルクゥは魔法障壁の大きさを維持して止めた。

『よくやってくれました! これならレイピアを振れる!』

 アルクゥに抱き抱えられるヒメヅルは飛行魔法を操作して五番機の宇宙船の下部へと潜り込むように入った。

(これを斬ることで、私は直接自分の手で命を奪うことになる……。だけど、その罪は甘んじて受け入れましょう。この星に住む人々を犠牲にするような行為は見過ごすわけにはいきません)

 ヒメヅルは最後に五番機のコックピットへ通信を繋ぎ、一言だけ伝えた。

『……さようなら……』

 直後、コックピットの真下に当たる下部の位置でアルクゥの魔法障壁を突き破りオリハルコンのレイピアが宇宙船下部の耐熱障壁を貫通した。更に剣身を柄まで差し込むと、ヒメヅルは左に一回、右に一回振って切り裂いた。


 ぎょえええぇぇぇ―――――っ


 大気圏突入中の空力加熱の熱がコックピットに吹き込み、一瞬で反逆者達を焼き尽くし、ヒメヅルとアルクゥのヘルメットが切り裂き口から漏れ出る音を一瞬だけ拾った。

 終わりは、あまりにもあっけないものだった。

『……障壁の張り直しを』

『は、はい!』

 アルクゥが慌てて障壁を元の大きさへ戻すと、オリハルコンのレイピアは障壁が剣身の大きさを超えるまで障壁を切り裂き続け、剣身が障壁内へと収まると斬るのをやめた。

 そのレイピアの剣身を目視しながらヒメヅルが口を開く。

『とんでもないですね……。このオリハルコンのレイピアはアルクゥの魔法障壁どころか、大気圏での空力加熱の熱すら斬っていたようです。見てください』

 そう言うとヒメヅルはオリハルコンのレイピアを左手に持ち、右手を開いて見せた。

『レイピアに溶けた形跡がなく、私の右手の宇宙服に熱が伝わった形跡がありません。これは本当にオリハルコンの金属で出来た物なのでしょうか? まるで想像上のファンタジー世界の魔法のようです』

 ヒメヅルの言葉を確かめるようにアルクゥがオリハルコンのレイピアとヒメヅルの右手の宇宙服を交互に見る。

『本当だ……。どうなっているんだ、このレイピアは?』

 文明の進んだヒメヅル達の星の人ですら扱え切れなかった、謎多きオリハルコンという金属。


 ――反逆者達は、何故、こんな扱えないものを実験場の構成に組み込んだのか?

 ――そして、何故、実験場の人間は文明の進んだヒメヅル達には扱えない金属を扱うことが出来たのか?


 その答えは酷くシンプルでオリハルコンが人の強い意志に反応するためであった。つまり、人の心を持たない機械を用いても強い意志に反応しないため、文明の進んでいない自らの手で造る原始的な製造技術を持つ実験場の人間しか扱えないのである。

 その秘密に反逆者達は気づいたからこそ、実験場を創るところから策略が始まったのであった。この秘密を知る者達がいなくなった今、オリハルコンを扱える可能性がある人間は第138実験場にしかいなくなった。そして、この秘密が解き明かされることは、今後、ないだろう。

 反逆者達の誤算は仲間の一人であった、第138実験場の管理者が不慮のトラブルにより証拠隠滅できずに死亡し、実験場の人間がオリハルコンで出来た武器の中でも、更に特殊な純度100%のオリハルコン性の武器を造り上げてしまい、そのオリハルコンの武器がヒメヅルの手に渡ってしまったことだろう。

『託された武器をこのようなことに使ってしまい、申し訳ありませんでした』

 もう、寿命を全うしてしまったであろう、第138実験場で出会った少女達にヒメヅルは謝罪の言葉を述べた。

 そして、一つの区切りがついたところで、ヒメヅルは再び視線を険しくした。

『アルクゥ、もう一つ懸念することがあります』

『何でしょうか?』

『コックピットを破壊された宇宙船は制御を失い、バランスを崩しながらこのまま大気圏の空力加熱の熱でほとんどが溶けるでしょう。ですが、この宇宙船に積まれた武器類が、ちゃんと溶けてくれるか、確認しなくてはいけません』

『……そうか。持ち込んだ武器にもオリハルコンが組み込まれている。もしかしたら、溶けずにそのまま地上に落ちるかもしれない!』

『はい。それを危惧しています』

 ヒメヅルとアルクゥの目の前で宇宙船のコックピット部がどろりと溶け、イルカの頭のような形状に変化した。また、二等辺三角形の形の宇宙船の翼からは煙も上がり始めた。

『念のため、コックピット後部の乗員の座席箇所の天井も切り裂いて熱が通りやすくしておきます』

『了解です』

 ヒメヅルは飛行魔法を操作し、宇宙船下部から上部へアルクゥと移動する。

『もう一度、障壁に形状変化を加えてください!』

 アルクゥが目を閉じて集中に入る。

 直後、硬質だった障壁がぶよぶよと変質して縮み始めてヒメヅルとアルクゥを数センチ空けて安定した。

(さっきの一回で小さくする感覚は掴んだようですね)

 障壁の形態変化を確認すると、ヒメヅルは飛行魔法を操作して一気にコックピット後部の座席の天井部分をオリハルコンのレイピアで切り裂いた。

『あとは少し距離を取って、宇宙船が崩壊するのを確認します』

 障壁が再び二メートルの球体に戻り、少し離れた距離から星の引力に引っ張られる宇宙船を追う。

 ヒメヅルとアルクゥの視線の先で降下角度が変わった宇宙船はバランスを崩すと船体全体を金色に輝かせて徐々に溶け始めていた。その溶ける最中に反逆者が持ち出した伝説の武器と呼ばれていた武器が投げ出される。

 その一つは大気圏の空力加熱に数秒耐えたのちにバシャっと液化するように溶け、組み込まれていた魔族の核から創り出された宝石が魔力をまき散らしながら砕け散り、また無の状態へと戻っていった。

『よかった……。このレイピアが特別なだけで、他の武器はちゃんと溶けて――』

 そうヒメヅルが発しようとした時だった。

 確かにいくつかの武器は、そのまま溶けていった。だが、まるで武器自身の自己防衛反応が作動したかのよう何個かが発色して飛び散った。

『なっ⁉』

『馬鹿な⁉』

 だたのエネルギー源としか捉えていなかった魔族の核から作られた宝石は、意思を持つ魔族が生まれたもの。その核がただの石だと言えようか。これは金属の特性を理解して持ち込んだ反逆者達すら知らないことだった。

 飛び散った武器ははめ込まれた魔族の核と同じ属性――地属性なら白、水属性なら青、風属性なら緑、雷属性なら黄の色で発光し、まるで意思を持つように四方八方へと流れていった。

『っ! 宇宙船よりも速い速度で飛び散ってしまった!』

 アルクゥがヒメヅルへ振り返る。

『どれを追いますか⁉』

『…………』

 その質問にヒメヅルは直ぐに答えられなかった。

『ヒメヅル様?』

 ガクンと飛行魔法の速度が落ち、宇宙船との距離が開いていく。視界の先で宇宙船の右の翼がもげ、コックピットの外装がべロリと剥げて操縦席がむき出しになった。そのあとは尾翼が船体から分かれ、宇宙船は細切れに分解しながら蒸発していった。

『ヒメヅル様!』

 そう声を掛けたアルクゥの視界がぐにゃりと歪んだ。いや、ヒメヅルはしっかりと見えているので、歪んだと思ったのは魔法障壁の方だった。

『限界か……!』

 魔法を扱うにはいくつかの工程が必要になる。第一に無のエネルギーを取り込み、魔力へ変換する。第二に使用する魔法分だけ魔力を体内に溜める。第三に発動する。これは呼吸の吸う、溜める、吐き出す、という一連の動作に似ている。

 そして、いくら訓練して魔法の扱いが上手くなっても魔力を吸い続けることと発動して放出し続けることには限界がある。臓器として目に見えないこの器官は延々と使用し続けることは不可能で、限界まで回し続けたエンジンが熱を持ってオーバーヒートしてしまうように器官にも限界が存在するということである。

 ヒメヅルもアルクゥも三番機の宇宙船から己が使用できる限界値で魔法を行使し続けてきた。戦闘であれば一発撃ち込んで冷却期間を置くことができるが、大気園内での使用では一時も冷却期間を入れることが出来なかった。

 ヒメヅルは静かな口調で言う。

『諦めましょう。もう、追うための魔力を生成できません』

『しかし!』

『あれらの武器は使用方法が分からねば扱えないものです。使用者が居なくなった今、もう、無用の長物です。それにこの星は七割が海なので陸地に落ちるものもほとんどないでしょう』

 ヒメヅルに言われ、アルクゥは考える。

(……確かに落下スピードを計算して陸地にピンポイントで降りることが出来るのはコンピュータ―での綿密の計算があってこそだ。勝手にはじけ飛んだ武器が落下を制御できるとは考えにくい。それに武器にはめ込まれた魔族の核の使用法など、誰にも伝授されずに使うのは不可能か……。せいぜいが頑丈な武器として振り回されるだけだろう)

 自分なりの結論を出したアルクゥはヒメヅルに話し掛ける。

『分かりました。ヒメヅル様のおっしゃる通り、五番機の乗員が死んだ今、脅威はほとんどないと判断します。あとは残った魔力を節約して、どのように下りるかだけを考えましょう』

『ありがとう、アルクゥ。そのように言ってくれて助かります。――現状ですが、もう、ほとんど私の飛行魔法は作用していません。あとは瞬間的に魔法を行使するのがやっとです』

(……僕よりも扱いになれているヒメヅル様が魔法を行使するのがやっと?)

 魔法の行使には体を動かさずに魔力を制御するため、精神力というものも重要になってくる。システム補助がないので魔法の行使には精神力の負荷がダイレクトに圧し掛かってくる。

 しかし、飛行魔法はアルクゥが展開している障壁と違い、常に全力展開はしていない。アルクゥよりも早くヒメヅルに限界が来ることは、本来あり得ないことだった。

 魔法の行使に影響を及ぼすほどヒメヅルの精神力を削った原因は、オリハルコンのレイピアであった。紙を割くように宇宙船の装甲を切り裂く切れ味は自分達に少しでも振れれば簡単に肉体を切り裂くということと同義だ。自分一人ではなくアルクゥに抱きかかえながら飛行魔法を操作しつつ、オリハルコンのレイピアを振らないといけない。

 ヒメヅルはレイピアを鞘から取り出した時から尋常ならざる精神力を要求されていたのである。

 ここまで精神力を削られるのはヒメヅルも扱って初めて分かったことで、オリハルコンのレイピアを使用しないアルクゥには分からないことだった。

『兎に角、僕は何とか大気圏を抜けるまで障壁を張り続けます! ヒメヅル様は落下コースの修正だけ、お願いします!』

『……分かりました』

 かつてない精神的疲労を感じながらヒメヅルは魔法で亜空間を開いて横開きで開いたままの鞘を取り出すと、そっとオリハルコンのレイピアを納めてロックを掛ける。そして、アルクゥと共に移住先の星へと落ちていく。

 ヒメヅルは降下角度が深すぎる落下コースを飛行魔法の瞬間行使で逆噴射するように角度を変えて調整する。

『……申し訳ありません。完全に私の想定ミスです。オリハルコンのレイピアの一振りで、ここまで精神力が削られるとは思っていませんでした』

『オリハルコンの……?』

 そこでアルクゥは、やっとヒメヅルが魔法を使えなくなってしまうほど疲弊した原因に気づいた。三番機の宇宙船を発つ前にオリハルコンのレイピアで行った鋏の試し斬り。ゾッとして汗が噴き出たのを覚えている。

 あれを大気圏突入しながらヒメヅルは実行したのだ。しかも、自分に抱えられながら飛行魔法を操作しながら振り抜いて……。

(五番機が落ちたことで気が緩んだ瞬間に、今まで気張って無視していた精神的疲労が吹き上がったに違いない……。今まで何でも出来たヒメヅル様だと思って油断してしまった。――いや、気遣うことを忘れていたのは、僕のミスだ)

 最後の最期で後悔をしたが、いくら悔やんでも仕方がない。今は落下後の安全な着陸を考えなければいけない。

『ヒメヅル様、瞬間的になら魔法の発動は可能なのですよね?』

『……はい』

『飛行魔法を継続して使うとしたら、どれぐらいが限界ですか?』

 ヒメヅルは自分の状態を確認しつつ予想を立てる。

『最大で五秒ほどだと思います』

『五秒……ですか』

 とても五秒のコントロールでは、今の落下速度を相殺できそうにない。仮に急激に落下を止めることが出来たとして、慣性を殺しての急停止など出来るのか?

(とても落下をコントロールできる状態じゃない。ヒメヅル様は何かの魔法を一回発動するのがせいぜいだ)

 そうなるとアルクゥが何とかするしかないが、アルクゥ自身も魔法障壁を最大で発動していたことがたたり、ヒメヅルほどでないにしても魔法の並列行使など行える状態ではない。

(安全に着陸するのは不可能に近い!)

 ヒメヅルを強く抱き直したことでアルクゥの焦りが伝わり、ヒメヅルが謝罪を口にする。

『……アルクゥ、申し訳ありません。私の浅はかさが、あなたを殺してしまうことになってしまった。……本当にごめんなさい』

 降下コースを変え、降下角度を修正しても安全に着地できる速度へ落とすことは出来ない。

 アルクゥは更に思考を続ける。

(魔法障壁の範囲を拡大して空気抵抗を大きくして速度を落とすことは出来るかもしれないが、それも僕が万全な状態だったとしてだ)

 ならば、落下速度を落とせずに地面に激突するという事実から別の対策を考えるしかない。

(海に落ちたとしても海面に激突する衝撃に身体は持たない。じゃあ、体を強化すればいいという簡単な話ではない。僕達が知っている魔法に身体を強化するものはない。身体に操作するのは細胞を活性化させる回復魔法のみ。これでは激突の衝撃を耐えられない)

 流れ星のように落下する先に陸が続いているのか、海が続いているのか、もう判断が出来ない。三番機からの通信は大気圏突入から受信できなくなっており、コンピューターからの補助は受けられないため、この星のどこを飛んでいるのかも分からない。

(安全に着陸する方法……体に衝撃を伝えない方法……そんなものあるはず――)

 そこでアルクゥの頭に一つの魔法が過ぎった。

『ヒメヅル様! 時を止める魔法です! あれなら何も受け付けないから激突しても死にません!』

『!』

 アルクゥの言葉にヒメヅルも生存の確立を見出した。

『それなら!』

『はい! ですが、最後にどうしても賭けをしなくてはいけません! この星の七割は海です。もし、時を止めたあと、海溝にでも落ちたら時が動き出した時に僕達は死にます』

『……確かに。つまり、三割の確率を引き当てないといけないわけですね?』

『ええ。更に落下先に村や町があった場合は、それを避けるために最後の飛行魔法でコースを変えて原住民を守らないといけません』

『その場合は時を止める魔法を使えずに激突して死ぬ……ということですか』

『はい。この星の人々に迷惑は掛けれません。――これでも、まだ生存する確率は高い考えだと思います』

『いいえ、これ以外の方法はないでしょうね。また、こんな不安定な状態で魔法を使用する以上、安定して時を止める魔法は使えないでしょう。最低限必要な魔力を使用して八十年の時が止まる。ですが、絞り出して捻出しなければならない魔力に安定なんて求められない。おそらくかなりの振れ幅で八十年を超えて時が止まります』

『……そういうことですか。ですが、もう贅沢を言っていられる状態ではありません。まず、時を止める魔法で固まった状態で安全に着陸できることだけに集中しましょう』

『そうですね……。分かりました』

 二人には既に選択している時間もなかった。五番機の宇宙船を落としてから西から東へ降下を続け、海を飛び越えたあと、陸続きの大陸を降下していた。

((陸地よ、このまま続いて!))

 そう願い、地表が近づいて来た時に海へと出てしまった。

『そんな……』

『……ここまでのようです。あとは水深の浅いところに落ちるのを願う――』

 と、言葉を切った矢先、今度は海の先に陸地が見えた。

『アルクゥ、海を越えられそうです!』

『このまま進むと山中……ですかね?』

 ヒメヅルとアルクゥは近づく山に村や町がないのを確認すると、ヒメヅルが最後の会話を伝えた。

『時を止めます!』

 削られた精神力で無のエネルギーを魔力へ変え、魔法が発動するとヒメヅルとアルクゥをミスティックな光が包んだ。直後、何ものも受け付けない物体へ変わった二人は小さなクレーターを作って山の中へとめり込んだ。

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