序章・ファンタジーの欠片が落ちた日 7
コックピットから移住者の乗る座席を通り、後部ハッチへとヒメヅルとアルクゥは向かう。
搭乗員から色々と声を掛けられたが、話もそぞろに駆け抜けることになった。
「着陸後、あとをお願いします!」
「代替案23の先導者がトラブルでいなくなった場合の実行をお願いします!」
座席エリアを抜けた後でそう叫び、すぐさま後部ハッチへ移動すると、二人は内部からロックを掛けた。そして、そのまま備え付けの更衣室へと向かい、緊急用の自動着衣装置のスイッチをそれぞれ押した。
ヒメヅルとアルクゥの衣服の上から厚さ五ミリほどのテープ状のものが巻き付いていく。腕、足、腰、胸まで覆いつくすと特殊な光線が全身を包み、巻き付いたテープ状のものが溶けて隙間を埋めてぴったりと全身に張り付いた。
「短時間で決着をつける予定なので、ヘルメットの酸素だけにしましょう」
「分かりました」
備え付けのフルフェイスのヘルメットの酸素量の設定をMAXに設定し、二人はフルフェイスのヘルメットを被った。するとヘルメットの隙間からドロリと液化したテープと同じ素材のものが流れ出て同じように特殊な光線が照射されるとヘルメットと全身を覆うスーツが一体化する。
「ヒメヅル様、備え付けの宇宙服は有毒な宇宙線を遮ることしか想定されていません。大気圏での空力加熱に対しては気休め程度になります」
「了解しました。お互いのサポートは大気圏に入ってから行いましょう。そもそも魔法操作で宇宙での作業など、前例もありません。飛行操作にどんな影響が出るかは……」
「ぶっつけ本番ということですね」
「はい」
アルクゥが大きく深呼吸をしたのを見て、ヒメヅルも同じように深呼吸をして気持ちを落ち着かせた。
ヒメヅルとアルクゥは備え付けの更衣室を出て更衣室のロックボタンを押すと縦横三重のシャッターが閉まって更衣室と座席までの通路を完全に遮断し、後部ハッチは出入り口のみが唯一の扉となった。
「これで誰も私達を追えません! 行きましょう!」
「はい!」
ヒメヅルが後部ハッチをの開閉ボタンを押すと、ハッチの扉が開いた。
ヒメヅルとアルクゥが宇宙空間へと飛び出し、ヘルメットに映るモニターから五番機の宇宙船の軌道を確認する。
「大気圏へ入るために降下姿勢を取って減速中です!」
「続いてください!」
ミスティックな光がヒメヅルを包み、無のエネルギーを魔力へと変換していく。体を覆い、魔力を動かす操作で初速から一気に最大速度まで速度を上げる。
アルクゥも同じように魔力操作で飛行を行ったが、ヒメヅルに比べれば使用頻度が低く、今まで出したこともない速度に直ぐにどっと汗が噴き出した。
(宇宙空間では遮るものがないとはいえ、いきなり……! 空気抵抗がないから移動に姿勢制御はあまり影響は……しないのか。体に掛かる抵抗がないというのも慣れないな)
高速で移動すると周りの星がただの光の線のように流れて見える。三番機の宇宙船から送られてくる五番機へのナビルートだけが唯一の道標だ。
「妨害電波を出されて三番機からの通信を遮断されたら辿り着けるだろうか……」
そう呟きながらモニターのナビをアルクゥは確認する。
(減速行動に移っているから少しずつ近づいている。これなら……)
思念操作でヘルメットの通信を開き、アルクゥはヒメヅルへと話し掛ける。
『ヒメヅル様、例の方法で加速しましょう!』
『宇宙空間の飛行には、もう慣れましたか?』
『慣れてはいませんが、このスピードでは距離が縮まりません!』
『了解です。では、手はず通りに』
ヒメヅルが両手を後ろへかざし、魔力を生成して魔法で小規模な爆発を起こす。その衝撃で一気に加速するとヘルメットのナビを見ながら左右に開いた両手で風を噴出させてナビのコースを飛ぶように微調整する。
「さすがヒメヅル様だ。魔法の扱いに長けているから一回で上手くやる」
ヒメヅルとは違いアルクゥは掌に収まるほどの小さな爆発を三回繰り返してから感覚を掴むと、ヒメヅルと同じように小規模な爆発に変えて加速した。
アルクゥはナビを頼りに風魔法を噴出して軌道修正を行いながらヒメヅルに追い付くと、思念操作で五番機に辿り着く時間を計算する。そして、再びヒメヅルとの通信を開いて話し掛ける。
『五番機に接触する時間帯は大気圏へ突入直後ぐらいになりそうです』
アルクゥから送信されてきたデータを確認してヒメヅルは返事を返す。
『そのようですね。会話で説得する時間はなさそうです』
『既に向こうから拒否をされてしまっていますが、ヒメヅル様はそれでも……』
『…………』
暫し沈黙が流れたのち、ヒメヅルが答えた。
『最後まで説得を続けるつもりでいました。この最後の手段を取れば、おそらく彼らは命を落としますから。……あなたに命を懸けさせて、何を言っているのかと、あなたは怒るかもしれませんが』
『怒りはしませんよ。ただ、僕達は永い時の中で人を支配するという欲は克服したと思っていたのに、まだ克服していなかったのだと思うと憂鬱にはなります』
『そうですね。……私も克服したものと思っていました。ですが、彼らは克服できなかった。この恐ろしい計画はエルフの遺伝子を組み込んだ人間を実験場で観察する前から始まっていました』
『実験場を創る構成に細工をしなくてはいけませんからね』
『ええ。きっと、彼らが滅ぼした世界の管理者だったのでしょう。管理者は八十年周期で時を止める魔法から覚醒して管理するので、その魔法を利用して星の滅びのタイミングが訪れて移住計画が発案されるまで寿命を維持したのでしょう』
『管理者の役割をそういう風に利用していたのか……』
この状況に陥り、今、思い返せば……という後出しで仮説が埋まっていく。実験場の管理者は魔法補助システムを利用して時を止める魔法を使用し、自身に八十年の時間を止めて、八十年ごとにデータの整理や実験場のトラブルを回避する役目を持っている。
その実験場を観察するシステムを利用して反逆者達は未開の原始の星で外宇宙を侵略する兵器開発をする機会を待ち続けていたのだ。
アルクゥが疑問を口にする。
『でも、彼らはヒメヅル様と違い、寿命は長くないはずなのでは? 寿命が尽きないように実験場を観察するための時を止める魔法なのですよね?』
『ええ、そのための時を止める魔法で間違いありません。実験場を創る切っ掛けになったのは、エルフの遺伝子を組み込んだ私が調整の利かない人間だったことが原因です。私という存在は人の見た目をした中身がエルフという存在で、ただの人間には不老不死という永い時間を生き抜く精神力が備わっておらず、どうしても終わりというものが必要でした。それを克服するために数多の実験場を創り、様々なエルフと人間を掛け合わせた人々を実験場に放ちました。そして、魔法を使える遺伝子の組み込み技術と寿命の上限を調整する技術が手に入った時、実験場を創るのを止めました。その時には実験場の数は五百近くにもなっていました』
『そんなことが……』
『今話したことは知る人が限られていますが、彼らを知るために必要だと思い、アルクゥへ話しました。そして、実験場の管理者になる人についてですが、時を止める魔法を使わないといけないため、その時点の最新の技術を使用して遺伝子組み換えをされた人間……となります』
『では、寿命は……』
『はい。不安定な技術だったためふり幅はありますが、現在の本星に住む人々の寿命よりも長い。おそらく千年は生きられるでしょう』
『そんな――本星で生きる最長の人の二倍はある!』
『ええ。それだけの寿命があれば文明を起こすことも可能です。何より無限に使用できるエネルギーは用意されています。そこに鉱物の発掘がそれほど行われていない、この星を利用すれば浅い地表から必要な鉱物を発掘するのは容易でしょう』
『もしかして、エネルギーを武器というものに組み込んだのも、地上で邪魔をできるのは僕達だけだという算段で選んだのではないでしょうか? 乗員のほとんどは火薬を作る知識などを持ち合わせていない以上、止める方法があるとすれば魔法を使える者だけです』
『その可能性は十分に考えられます。魔法を存分に使えるのは、私とアルクゥだけですから』
すべては後手に回っている。その中で知られていないのは第138実験場で受け取ったオリハルコンのレイピアの切れ味。これだけが、唯一、反逆者に知られていない切り札になる。
と、会話の最中にナビから電子音が鳴った。
アルクゥがモニターを見て叫ぶ。
『ヒメヅル様! 五番機がそろそろ大気圏へ突入しそうです!』
『説得する時間はないようですね』
モニターに映る接触予定時間は、これより二分後。
『アルクゥ! 宇宙船を止める準備に入ります!』
ヒメヅルがアルクゥへ左手を差し出す。
『……少し恥ずかしいですが、背に腹は代えられません。私をしっかりと抱きしめて魔法障壁の展開をお願いします』
(そういえば、これはそういう作戦だった……)
アルクゥはヘルメットで顔が見えないことを幸いと思い、顔を赤くしながらもヒメヅルの左手を取って自分へと抱き寄せた。
そして、恥ずかしさを打ち消すように大きな声で叫んだ。
『障壁全力展開!』
魔法障壁を展開するとアルクゥは飛行制御をヒメヅルへと預けた。
『大気圏へ突入します!』
ヒメヅルの掛け声と共に障壁は空力加熱で光を放ち、一筋の流星のように五番機の宇宙船へと接近した。
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