Fake & Fake ! ~クイックドロー騎士とハゲタカ姫
鹿島さくら
第1話
旧ラパクス王国、現革命共和国政府の片隅の荒野を、一騎の馬が走っている。ただの馬ではない、サイボーグ化された馬である。そしてその鞍上に、腰に剣を帯びた一人の大柄な男が乗っている。
男は帽子のつばを僅かに上げて陽炎にぼやける向こうの景色を見つめると、馬を路肩に寄せた。道の脇に立った「魔法の雲は去り、科学が空を制す」「公正、協力、労働」と書かれた革命共和国政府の巨大な看板は風雨と陽に晒されて随分色落ちしていたが、日よけとしては現役である。
男は腰の右側の荷物入れからカメラ機能や録音機能付きの携帯デバイスを出して地図を開く。この先をまっすぐ行けば小さな町があるはずだ。馬にも彼自身にも補給が必要だった。
さらにデバイス画面を切り替えて政府が発表している賞金付きの指名手配書を表示し、その特別欄から「シリン・ラパクス」と書かれた項目を選ぶ。画面いっぱいに映し出された手配書では、
男はデバイスを仕舞い、入れ替わりに白いレースハンカチを取り出した。端に「S.R」のイニシャルと双頭のハゲタカが刺繍されたそれを陽にかざすだけで、男は10年前のことを鮮やかに思い出す。
(……今はどこにおられるのだろうか、シリン王女。あの町で彼女について、何か情報が得られれば良いが)
男はハンカチを丁寧に畳みなおして荷物入れに仕舞い、もうひと踏ん張りと馬に拍車をかけた。
だが、いざたどり着いた町は何やら奇妙な有様だった。昼間だというのに往来に人通りはなく静まり返っている。だが人の気配は確かにある。訝しく思いながらも馬を進ませると、男は眼前の光景に唖然とした。
住人達は広場のような場所に集まっていた。彼らの不安げな視線の先、広場の中央には飛行船が留まっていた。比較的小さなバルーンの下部に大きな客室部を備えたこの飛行船は、科学を推進する革命政府肝入りの発明品として2年ほど前に大々的に報道された代物だ。パイロットなのだろうか、運転席には仮面をつけた男が座っている。
否、村人の視線の先はそこではない。そんな珍しいものを見に集まっているのではない。飛行船のそばで、揃いの制服を着た輩に銃を突き付けられた少年がわめいていた。
「くそッ、放せ、放しやがれッ! 何が英雄だ、何が革命政府治安維持特務部隊だ! 守ってやる代わりのショバ代だ何だと金を巻き上げやがって。おまけにツケだ何だと酒場の飲食代も払いやしねぇ! それもこの町だけじゃねぇ、ここいらの町や村で似たようなことやってるらしいじゃねぇか。貧乏根性の抜けない卑しい金の亡者共め。王族を処刑した英雄だかなんだか知らねぇが、お前たちなんか盗賊、いや、ハゲタカ以下だ!」
少年の見事な啖呵に、揃いの制服を着た治安維持特務部隊は顔を赤くして、広場の隅で固まる村人たちと、少年自身に銃を向けた。村人たちは涙ぐんでいた顔を青ざめさせて小さく悲鳴を上げて互いに身を寄せ合う。その光景に、向けられた銃口に、少年は目に涙を滲ませて制服たちを睨みつけた。
「卑怯者ッ! くそ、誰でもいいからこの町を助けてくれよ。小さな町だけど、僕たちが今生きてる町なんだ、頼むよ……」
か細く祈る少年に、制服の男たちが銃の引き金を引こうとした、その瞬間。彼らの側を、ひとつの影が通り抜けた。誰もが影を目で追った次の瞬間、スパンと軽快な音でその銃身が切り落とされた。
「えッ……? なんだ? 銃が……」
「何が起きた、銃が壊れた?」
「おい、あれを見ろ!」
治安維持特務部隊と村人が、少年のそばで歩を止めた影の正体を指す。影、否、サイボーグ馬に乗った男は手にした剣を振るって少年を拘束していたロープを断ち切った。
少年は自由になった手を何度か振ってから、唖然と鞍上の男を見上げた。
「アンタ、一体何者だ? オレたちを助けてくれるのか?」
震える声で問われて、男は剣を鞘に納めながら傷のある目元を少年に向けて答えた。
「俺の名はアラン・メラン。弱きを助け悪しきを挫き、誓いを守る、遍歴の騎士」
その名乗りに、治安維持特務部隊の面々がドッと笑った。
「おい聞いたか? この平等と共和の時代に騎士だとよ!」
「仕えるべき王族のことごとくが末の王女シリンを残して死に絶え、その王女も政府から追われているこの時代に、騎士もクソもあるまいよ!」
「見ろ、この銃の時代に剣なんて持ってやがる!」
「おいおい、時代は銃の
嘲笑を受けながら男……アラン・メランは馬を降りると腰に帯びた剣に手を伸ばし、50メートルほど先にいる山賊のような特務部隊に涼しい顔で言ってのけた。
「なら……俺を倒してみせろ」
煽られ、制服の面々がいきり立ってアランに銃を向ける。だが次の瞬間、瞬きの早さで半月状の光が走ったかと思うと彼らはバタバタとその場に倒れ、地面に割れた弾丸が落ちた。一方で遍歴の騎士を名乗った男は顔色一つ変えずに剣を腰の鞘に納めていた。
「なんだ、今のは……」
「今の一瞬で、剣を抜いて収めたのか?」
「待て、剣の間合いじゃないのにどうやって?」
村人が口々に囁き合っていると、倒れていた制服のうちの一人がよろよろと起き上がって引きつった声を出した。
「おい、あれは魔法剣の飛ぶ斬撃を利用した
「だが、近衛騎兵は王族もろともあの革命でオレたちが全滅させたはずだ!」
「わ、分からねぇ! だが、あいつの斬撃は銃弾よりも早い!
斬撃で負傷した身体でなんとか立ち上がり右往左往する治安維持特務部隊の面々に、アラン・メランが抜刀の仕草を見せながら歩み寄った。
「とっととこの町を去れ、そして二度とこの町に近づくな。それとももう一段階強いのを食らいたいか?」
ヒィ、と悲鳴が上がると同時に、村人たちと少年が側に落ちていたホウキや鍬や鋤、木の棒を手にして声を上げた。
「とっとと消えろ、盗賊ども!」
「今度この町に来てみろ、請求書持って政府に訴えてやる!」
「二度と来るな、どっか行けー!」
それを援護するように、さっきから沈黙を守っていた飛行船の運転席にいた仮面の男が、拡声器を持って野太い男の声を上げた。
『オメェらじゃそこの騎士様に敵いやしねぇ、とっととずらかるぞ』
制服を着た面々が這う這うの体で広場の端に止まっていた飛行船に乗り込み、動きの鈍い者は村人に飛行船内に抱えられて投げ込まれる。全員を収納したことを確認すると、飛行船は扉を閉じてプロペラを回転させ、ふわりと高く浮き上がった。数年前に科学を第一とする政府主導で開発された反重力装置と推進装置を組み合わせた代物だ。
『覚えてろ、そこの騎士もどきと村人共! ……なんて言うと思ったか?』
拡声器越しの野太い声が蒼天に響いて、アランの身体が硬直した。その声にどこか聞き覚えがある。
だが考える隙も与えず、嘲笑交じりの野太い声を合図に飛行船の船体下部が開いて、その穴から12門の長大な銃口が飛び出した。どう見ても対人の口径ではない。それだけは誰もが瞬時に理解した。
『対戦車砲、全門砲撃用意ッ!』
空からのアナウンスに、町は恐慌状態になった。あの勇敢な少年もアランの脚にすがって、泣きながらこの場から逃げようと必死に説き伏せる。
「駄目だよ、死んじゃうよ! 僕、騎士様のこと噂で聞いたことがあるよ。銃よりも早く剣を抜く凄腕だって。でもこんなの勝てっこないよ、逃げようよ!」
「俺は良いから、お前は町の人を連れて今すぐ逃げろ」
「でも!」
「俺はこの町をあいつらから守ると決めた。立てた誓いは必ず守る。……大事な町なんだろう?」
少年が涙をぬぐって町の人々に声をかけながら駆け出すのを横目に、アランは抜刀の構えを取って飛行船を見上げて睨みつける。飛行船は飛ぶ斬撃の射程からわずかに外れている。だとすればもう、斬撃を飛ばして対戦車砲弾の全てを斬るしかない。少なくともアランには今それしか思いつかない。
ガコンガコンと砲が伸び縮みを繰り返し、照準を定める。
『対戦車砲1番から6番、準備完了しました!』
『7番から12番、準備完了しました!』
『ははははは、かつて近衛騎兵団を壊滅させたおれたちが、魔法剣の斬撃の射程範囲を知らんわけが無かろう! ここで死ね、遍歴の騎士アラン・メラン、幻想にすがる哀れなる者よ!』
あの野太い声がアランを嘲笑し、撃て、の掛け声が響く、その寸前。大音声が響いた。
「そうはさせませんわ!」
それは若い女の声であった。
よく見れば、飛行船の向こうから一台の赤いバイクが空を裂かんばかりの勢いで飛んできている。バイクに乗っていた女はその勢いを利用して、飛行船のバルーンめがけて勢い良く空に跳び出した。女の長い金髪が太陽を乱反射してきらめき、首元では空色の大きな宝石が踊り、その背に負っていた棺桶のような箱が黒く輝いた。逃げ惑う町の人々も治安維持特務部隊も、その姿に目を奪われる。バイクを足蹴にして生身で空に飛び出すなど、ド派手な投身自殺としか思えなかった。
だが女は自殺志願者でもなければ向こう見ずでもなかった。そのことをアランだけが確信し、だまって剣を構えなおす。
一方で空に躍り出たこの大胆な金髪の女は、背負っていた黒い箱の下部の留め金を素早く外した。レバーを押し下げて、同時に背中の箱に繋がっている胸のハーネスベルトを引く。そうすると背後の黒い箱、否、機械仕掛けの棺桶のふたが開いた。
まず見えたのは黒。双頭のコンドルが刺繍された大きな黒い布である。それが意志を持つかのようにはためきながらシリンの肩に乗ると、棺桶の中で眠る者の姿が露わになった。
真っ白い人骨である。その数、実に子供一人分。
女が空中に現れた魔法陣に立ったのを合図に、人骨はそれ自身が意志を持つかのように動き出して、彼女の全身を覆っていく。さらに金属製の棺本体もガシャガシャと音を立てていくつものパーツに変形し、小さな人骨では覆いきれない場所を補っていく。
肋骨が胴部をホールドし、手の骨が籠手のように両手を覆い、脚の骨が腿を保護する。全身を骨が覆い、その背には脊髄が張り付いて尾てい骨が形の良い尻に食い込んで固定される。背のあたりに小さな肩甲骨が張り付くと肩にかけていた黒い布が風を受けてふくらみ、翼のように広がった。
女がバイクから生身で跳び出し、この魔法が発動し安定して空に浮かぶまでの約一秒で、誰もがその魔法と女の正体を悟った。
『死んだ同族の身体すら利用して力を手に入れんとする、ハゲタカのごとき貪欲な魔法。かつて空を制した魔法、"強化外骨格魔法"。き、貴様……』
「知ってる、指名手配所も回ってる。確か、あの革命のさなか、彼女の影武者が捕まって処刑されたんだよ……」
「あちこちで盗賊をやっつけたり暴れる獣を鎮めたり、小さな村や町の用心棒をして弱い者たちを守って旅をするお姫様」
『旧ラパクス王家の生き残り。貧困にあえぐ民からなお血税をすすったハゲタカのごとき貪欲の血族ラパクス王家。ハゲタカの血の最後の一滴。10年前の革命以来政府の手から逃げ続ける、シリン・ラパクス元王女!』
シリン王女は黒く大きな翼で上昇して飛行船に接近し、跳び出した対戦車砲の砲身を両腕で抱え込むようにして掴んだ。ぐらりと傾いた船体がそのまま地面の方に引っ張られる。船内はもう砲撃どころではなくなっている。
「アラン・メラン、軽くなさい!」
空からシリンの声と、まなざしが注がれる。それを確かに受け止めて、アランは素早く剣を抜いた。地面に近づいた飛行船は斬撃の射程内に入っていた。目にもとまらぬ速さで二度振るわれた剣が砲身の一部を壊し、飛行船の上部バルーンに穴をあけた。
シリンが翼を広げ、砲身を掴んだまま飛行船を引きずるようにして、町の外に向かってスピードで飛んで行く。
「民を、人質にとるような、卑怯な真似をする、
そう叫んだかと思うと、そのまま全身を使って飛行船を空の彼方へと放り投げた。小さくなっていく飛行船に町の人々は唖然として、互いの顔を見合わせる。そして誰からともなく歓声を上げた。
だが当のシリン王女が広場上空に戻って来たとたん、彼女の体を覆っていた外骨格が突然パタパタと格納され元の棺の姿に戻った。あッ、と人々が声を上げたときには、翼を失った王女がそのまま空から落下していた。だが地面に叩きつけられる寸前、アランがそこに駆けつけて彼女を抱き留めた。
「シリン様、ご無事で?! 魔法に何か不調が?」
口早に問いかけると、シリンが答える前に腹の虫がグゥと鳴いた。
「お腹が空きすぎて、もう一歩も動けませんわ」
脱力しきった彼女は開口一番そう言って、それから騎士を見上げて昔と変わらない朗らかな笑顔を見せた。
「10年ぶりですわね、アラン・メラン、私たちの騎士」
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