セカイノオワリ

きょうじゅ

デッドエンド

 銃弾が尽きた。銃剣バヨネットの刃すら折れて使い物にならなくなっていた。


「終わりだな」


 と彼が言った。


「そうだね」


 とわたしは答えた。


「この戦争も、きっともうすぐ終わりだろうけど」


 首都の奥深くまで敵軍に攻め入られ、本来戦闘用ですらない防空壕に立てこもって、三日ばかり戦ったあたしたちはよく言えば市民義勇兵、悪く言えば本心から志願しているのかどうかすら疑わしいただの動員学徒だった。女であるわたしはまだしも、彼が正規軍に取られなかったのは年齢のためだ。数日前、とうとう国の動員年齢が十四歳まで引き下げられたらしいけど、彼のもとに赤紙が届くよりも敵軍がこの街までやってくる方が早かった。わたしたちのもはや戦争はそれほどの末期状態にあった。


「これが最後の一発だ」


 手榴弾を片手に、彼がそう呟く。この防空壕には十人ばかりの動員学徒がいたのだけれど、三人既に自決して、四人は玉砕して、わたしたちを残したもう一人の少女は白旗を持って走り出したところを敵兵に撃たれた。あれも戦死に数えるのならば、戦死者は五人だ。そしてわたしたちを足せば、自決の数も五人となるだろう。


「だけど、日没が近い。多分今日はもう敵の攻撃はないだろうな」


 こちらの残存員数は二名、武器弾薬は手榴弾わずかに一個に過ぎないが、それは敵側には分からないことだし、この状況下で、犠牲が出る危険を冒してまで無理に夜襲を仕掛けてくることはないだろう。つまり、さっき上官(一学年上の生徒の事に過ぎないが)の頭が吹き飛んだばかりのこの空間で、彼とわたし、今夜は二人きりだ。


「とりあえず。飯にしようぜ。もう残しておく必要もないだろ」

「うん」


 味気ない戦時糧食の乾パンだって、何もないよりはずっといい。一人ぼっちで死ぬよりも、彼と一緒に死ねるのことの方が、ずっといいのと同じように。


 問題は。


「ねぇ」

「うん?」

「覚えてる? あたしたちが初めて話した日の事」

「ああ、覚えてる」


 学校スクールで、自分の好きな本を持ってきていいからそれを読んで感想を書け、という授業があった。彼とわたしが持ってきたのは、たまたま、同じ作家の同じ詩集。それがきっかけで、わたしたちは少し、個人的に会話をするようになった。ただ、それだけのことだった。その詩集の中に一篇だけ恋愛について詠んだ詩があって、それは「男女の間に友情は成立する」というテーマのものだった。なので、最初に話しかけたとき、わたしはこう言ったのだ。


「あなたは、男女の間に、友情って成立すると思ってるの?」

「いいや」


 と彼は言った。


「そんなもん、無理だよ。人間にはセックスがあるんだから」

「……そうよね。あたしもそう思ってた」


 そう、男と女がいれば、セックスというものが可能だ。そこが誰も邪魔に入ることのない密室であるのならそれは当然ですらあり、そして、それが時限的な環境であるということは、その事実をむしろ促進する。


 だから。


 わたしたちの間に残されたたった一つの問題は、この一発の手榴弾を抱いて二人で相対死を遂げる前に、この相手とセックスをするかしないか、ということだった。


「なぁ。俺たち、今からどうするのが一番いいのかな」

「死ぬ前に、童貞捨てたいなら。協力してもいいよ」

「お前はどうなんだよ。どうせ処女だろ」

「そうだけど、どっちでもいい。きみが相手なら、どっちでもいいかな。でも、今は君とのこの距離が心地いい」


 わたしたちは手も握っていない。肩を寄せ合いすらしない。隣り合って座っているだけだ。……これ以上近づいたら、はずみで何かが壊れてしまうような気がするから。


「そもそもさ。なんで男女の友情って成立しないのかな」

「男は性欲抜きで女を見ることはできないからだよ」

「きみも?」

「ああ」

「だったら、する?」

「……戦争が始まるのが、あと三年か、五年か遅かったら」

「うん」

「俺たちはそうなっていたかもしれない。あるいは、それぞれに別々の相手を見つけて、お互いにそれぞれの家庭を築いて、学校スクールの頃のことは懐かしむだけの、そんな生活を始めていたかもしれない」

「そんなの、ただの可能性でしょ」

「そうだ。可能性だ。だけど、その可能性っていうのが、つまり友情っていう言葉の意味と広がりなんじゃないか」

「どうせ今だけでいいのに、あたしを好きとか言わないの?」

「そう言って欲しいのか」

「どっちでもいい」

「なら、言わない。俺はそういう風に言うお前の方が大切だから」

「戦争が始まるのが、あと三年か、五年か遅かったら」

「ああ」

「わたしたちにも、恋とか愛とか分かるようになったのかな」

「さあな。一つだけ確かなのは、俺たちの運命はそれを待っちゃくれなかったってことだ」

「そうだね」


 時間はたっぷりあった。わたしたちは、静かに、ゆっくりと、色々な会話をした。


「ふぁ。そろそろ、夜も明けるかな」

「今の季節なら、あと……二十分くらいか。頃合いだな」

「うん。仕損じないでね」

「分かってる」


 彼の手が手榴弾のピンを抜いた。そして、彼の手が、強くわたしの背中に回る。抱きしめられる。知らなかった。これが、他人の温もりというものか。


「さよなら」


 と呟いたのは、彼の言葉だった。次の瞬間、


「あれ?」


 首筋にちくり、と痛みが走って、わたしの意識は急速に薄れた。


「ごめん。実はこれは、不発弾なんだ」


 軍用麻薬を打たれたのだ、と気が付いたときには、わたしの意識は落ちていた。

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