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  • 2 はなさなかったはなしへの応援コメント

    私は麻雀、デジタルゲームでしかやったことがなくて簡単なルールしか分からないのですが、でも実際に卓を囲んでる中にこんな人がいたら……。
    ついつい、どんな手なのか推理して翻弄されて自滅。そうなるような気がします。
    ゲームの本筋とはもう一本別のところからも勝負を挑まれているような(笑)
    実際それを承知でかく乱を狙った作戦だったならば、西本さん、只者ではありませんね。
    それでちょっと思い出したのですが一昨年くらい前に簡単な手術で入院(ほんの3~4泊です)した折、相部屋になった方が、とにかく心の声がダダ漏れの方でした。
    それぞれのベッドはカーテンで仕切られてましたし、コロナ禍だったこともあり、お互い顔も判らないままでしたが、独り言がすさまじく入院の経緯も、家庭環境も飼い猫の名前も何もかも、ホントにダダ漏れでした。おかげで退屈しないで済んだのですが、世の中にはこんな人もいるんだと驚きました。
    私はそれまで独り言って実は誰かに聞いてもらいたくて言ってるんだと思っていたのですが、この方の場合は全く違ってました。他人に聞かせてはいけないような話ばかりなんです。
    だからこの西本さんのような人が本当にいても、私は驚きませんよw
    出来れば一度、一緒に卓を囲んでみたいかもw

    作者からの返信

    コメントありがとうございます!

    麻雀知識必須、ということで、どれだけ読んでもらえるものかなと思いましたが、こういう形で話のひだに入り込んでいただけて恐縮です。

    >実際それを承知でかく乱を狙った作戦だったならば、西本さん、只者ではありませんね。

    そっちの発想はなかったですねー。無意識のうちにそういう勝負本能を活性化させたのなら、なるほど、確かにこれはただものではない ^^。
    現実のゲーム風景を考えると、ここまで長々しいモノローグを語って聞いてやれる余裕はなかなか出てこないと思うんですが、まあよっぽどのんびりやる派の部活なら――いや無理か 笑。これはもう、小説ならではの風景ですね。

    >相部屋になった方が、とにかく心の声がダダ漏れの方でした。

    あー、いますね、そういう方。そんな究極のプライバシーをこんなところで!? っていうケース、私もある知人の発症した現場に居合わせたことがあります。
    とはいえ、この主人公の場合は、いわゆる「誇張した人物造形」で、小説的に面白いと言うだけのキャラなんで――などと言いつつ、学生時代にこれとかなり近いのも何人かいたなあと、今思い出しました w。物書きの材料探しには悪くない相手ですが、麻雀で同席するというのは、どうでしょう……もうその妄想にとことんまで付き合うつもりじゃないと、ただただ引っ掻き回されそうですねえ。

  • 1 つないだ手への応援コメント

    美味しくお料理して下さってありがとうございます。
    航太がホカホカの優しい大人になって、自分も家族を持って。
    過去から未来へと続く景色ですね。
    お母さん(おばあちゃん)も、何もかも判った上で、ちゃんと航太にツケを払ってもらうあたり、素敵だな、と思います。私にもこんな日が来るのかなあなんて、考えてしまいました。
    それから、企画についても懐深く受け止めて頂いて感謝いたします。
    私、コメントが上手く綴れなくて伝えきれないのですが、本当に感謝してます。
    ありがとうございました。

    作者からの返信

    コメント並びにレビュー、ありがとうございます!
    というか、執筆意欲をそそる企画立案、ありがとうございます、ですね w。

    性分的なものもあって、日頃から他人様に助言めいたことをコメントしたりすることが多いのですが、どこまで伝わっているのか、あるいは意図した通りに受け止めてもらえているのか、常に不安と隣り合わせです(ならそういうことはやめろと言われそうですが 笑)。こういう形で具体的な提示の機会をいただけると、納得してもらえるにしろ、疑問で返してもらえるにしろ、それなりに「言い切った」感を得られるので、私にとっても意義深い企画でした。こちらこそ感謝です。

    >何もかも判った上で、ちゃんと航太にツケを払ってもらうあたり、素敵だな、と思います。私にもこんな日が来るのかなあなんて、考えてしまいました。

    締めを極力原文に準じた書き方にすることもできたと思うのですが、書いているうちに我が出てきまして、気分のままに場面を作ってしまいました。この長さの掌編ということで、「絵に描いたような幸せ」で前半と対比しようと浅く考えてしまいましたけど、ちょっと罪な語り方になってしまったかもです。
    頭はまだそこそこしっかりしているけれど、足がおぼつかなくて、でもまだ老後の幸せを満喫できる段階の老化ぶり、というのは、まさに私の母親がそういう状態なんですが、こんなに優しい言葉をかける息子にはなかなかなれませんねえ。そういう意味では、私の無意識の罪滅ぼしが描写に出てしまったのかなとも。

    まあ、こういう文章の中だけでも、美しい人生というものを形にできるのは素敵ですよね。