25

「マコが倒れかかったとき、男の子が一瞬すごい顔したの覚えてる?」


「あー」


 マコは小さくあごを引く。


「一瞬、すごいにらまれちゃったね。それがどうした?」


 私は続ける。


「絶対怒ってたよね、男の子」


「そうだっけ?」


 マコはぜんぜん要領を得ていないって顔をする。そのうえ、あっけらかんとこう言った。


「いきなり私が倒れてきたから、びっくりしちゃったんじゃない」


 うんにゃ。絶対そんな感じじゃない。絶対すごく怒ってた。マコにはわからなくても、私にはわかる。


「どっちにしても、そのすぐあとに『大丈夫ですか』ってやさしく声かけてくれたし。そんなに気にすることないんじゃん?」


 もりあがりに欠ける私の話が退屈なのか、急に興味をなくしたのか、マコは食事を再開した。


「だけど、私たち電車のなかで騒いでいたし、迷惑かけちゃったことも事実だし」


 口に箸をくわえたままマコは首をななめにかしげた。なに言ってんだこいつって顔。私はうつむきカルボナーラをフォークでいじる。


「一回ちゃんとあやまった方がいいかなあ……」


「はあ?」


 マコはもともと大きな目をまんまるに見開いて、頓狂な声を出した。不思議そうにたずねてくる。


「誰に?」


 顔をあげず目だけをあげて私はこたえる。


「あの男の子」


「ぷっ……」


 目のまえでマコの表情が変化していくのがわかった。驚きは疑問に変わり、やがておかしなものでも見る目になる。


 次の瞬間。


 マコの顔がぐにゃりと歪んだ。


 口もとから始まった表情筋の弛緩は、あっというまに顔全体に伝染する。まばたきなんてするまもあたえず、顔中がひくひくと痙攣している。


 そして。


「あははははははははははっ」


 ばか笑いされた。

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