序章

銀髪の男

「――さてさて! 最後は本日の目玉、黄金をまとうが如き肌の色、艶やかな黒髪と謎めいた漆黒の瞳を持つ女……! さぁ!! あなたはいくら払う!?」


 スポットライトと共に、幾人もの視線を一身に浴びる。

物珍しさに凝視する視線、品定めをするような視線もあれば、舐めるように見る欲に塗れた視線もある。誰もが顔を仮面で隠してはいるものの、それらの目線を一身に浴びるのは居心地悪いものだった。


(……気持ち悪い)


 そう思いながらも、首に巻きつく奴隷の証と、そこから屈強な男の手に伸びる鉄の手綱が、ここから逃げ出そうなんて考えをその気持ちごと消し去る。

 吐き気を催すような人の闇を詰め込んだようなこの場所に、わたしは怖いという感情は無く、慣れのような、諦めのような、――そう、感情を抱くことを無駄とした、そんな無に近い状態で立っていた。


 本来なら、演奏や演劇といった目的で使用されるような広い舞台と、それを取り巻く多くの観客席は、闇に塗れ輝かしさを失い、その寂れた雰囲気は闇を一層強くしていた。

 そんな闇の舞台に立つわたしは、冷めた目で観客たちを見下ろしていた。


 奴隷の身分で、それも異世界からの転移者、そんなわたしが持つこの世界の知識は乏しい。お金の価値というものもよく知らない。

 知らないわたしでも、一億、一億五千万、二億、三億と、馬鹿みたいに高い値段が自身につけられていることがわかるほどに、0の数は多く、そしてそれがどんどん更新されていく。


 自分でも、この容姿が特異なことは、この舞台に立ってすぐにわかった。多くの人間がいるが、誰一人として、自身と同じパーツを持つ者はいない。


 容姿が特異なだけで中身がそんな価値あるものでないというのに、そんな大金を払うとか本当に馬鹿らしい。誰もわたしの中身など知る由もなく、何なら知ろうともしていない。

 いかに人が〈見た目〉を重要視するかがよくわかる。彼らが求めるのは、あくまでもわたしの見た目だ。この大金が払われるのは、希少で特異な見た目。

 人間の浅はかで虚しい欲深さは、まさにこの闇の場所にふさわしい。


 わたしは、まるでこの世界に自分が取り残されたような感覚に陥る。なにせ、そんな人間の仲間にすら入れないのだから。そんな、孤独というものに浸っていた――その時だった。


「百億」


 競い合う荒々しい騒がしさを、低くも澄んだ、よく通る声が発した圧倒的な数字の大きさに、会場を沈黙が包み込んだ。

 頭のおかしい数字に対し、声音は落ち着いたはっきりとしたものだった。

 集まった視線により判明した声の主は、冷静で堂々とした様子。笑みを浮かべて長い足を組む姿は、余裕と優雅ささえも感じさせる。


「ひゃ、百億……百億が出ました!! これより上を出す方はいらっしゃいませんか!?」


 司会が自身の役割を思い出したかのようにそう言うと、金髪の男が勢いよく立ち上がり声をあげる。


「千億……千億だ!!」


 絞りだしたような声が響くと、沈黙の原因を作った男は、銀色の長い髪を揺らしながらゆっくりと立ち上がり、勢いに身を任せた金髪の男を横目に見下ろす。


 この空間にいる誰もが仮面をつけ、その素顔を隠しているというのに、金髪の男も銀髪の男も堂々と自らの顔を晒していた。空間自体が暗く朧気ながらも、彼らの顔はとても似通っているように思えた。


「ならば十兆」


 悠々とした声が大幅な差を言い放つ。

 金髪の男は目を見開き、銀髪の男のほうを振り返った。銀髪の男の表情は何食わぬ顔で、冷酷さを秘めた目線で金髪の男を見下ろしている。

 少しも動じることがないその佇まいからは、どこか怒りのようなものを感じさせた。

 金髪の男は、徐々に眉間の皺を深めていき、下唇を噛みしめ、銀髪の男を睨みつけていたが、やがて目線をそらし俯く。――〈負け〉を認めたのだ。


「……十兆、十兆で落札です!!」


 司会者が木製の小槌を頻りに打ち鳴らし、わたしの買い値の決定を会場全体に知らせる。

 すると、銀髪の男が舞台に向け歩みだした。最初こそゆっくりとした調子の歩みだったものの徐々に進みを速め、長い脚で道を闊歩する。


 徐々に近づいてくる銀髪の男の姿を、わたしは思わず見つめた。

 黒いローブに身を包み、後ろで緩く一つに結ばれた癖のない真っ直ぐな銀色の髪。そこから零れ、顔の淵を流れるように落ちる前髪に目をやれば、月に照らされた海のような瞳をした、切れ長の目に吸い込まれる。その瞳はわたしが良く知る見慣れたものではなく、猫や狐のようなスリット状の瞳孔をしていた。

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