『ランプ』アガサクリスティの謎を解け!その4
@u86
『ランプ』アガサクリスティの謎を解け!その4
おそらく読者の95%は読み間違えるであろう。それが、この──『ランプ』というアガサクリスティーの短編小説。
ある屋敷に幼児(男)の幽霊がいて、転居してきた家族の男児を連れて、共にあの世へ旅立っていく物語──と。
この小説『ランプ』は“幽霊”の存在感が強いため、一読で隠された真相に気がつくことは難しい。
しかし──、アガサクリスティは、ヒントを残してくれた。
感性の高い人なら、その違和感に気づいて、二度読みしているかもしれない。
そのヒントは物語の末尾にある──。
“父親はやさしく彼女を抑えて、別の方を指さした。「ほら」と彼は言葉みじかに言った”
この部分──、きっと多くの読者が違和感を持ったに違いない。思考的には分からなくても、感覚的に不自然な表現だと気づいたはずだ。
なぜなら、この場面──大事な幼児が幽霊と共にあの世へ旅立っていくと感じ、母親も祖父もパニックになっている最中(サナカ)だからだ。
バスケットボールに例えるなら──終了間際の僅差で負けている慌ただしい時間帯──に、自陣に立ち止まってのんびりドリブルするようなものだ──恐ろしく違和感を受けるだろう。それと同様。
なぜ祖父は急に落ち着いたのか?そして「ほら」と指した方向には何があったのか?
ここが裏の真相への出発点になる。
それでは、いつものようにあらすじから書き出していこう。『ランプ』(※ネタバレ注意)
──ある町の一画に古めかしい荘厳な屋敷があった。
30年前にある家族──父親と幼児(男)の2人──が引越してきた。
2ヶ月ほどして父親1人がロンドン市内へ出たが、彼は指名手配されていた──犯罪者だった──ので、追い詰められて自殺してしまった。
屋敷で留守番をして、父親の帰りを待っていた幼児(男)はしばらくは食べ物もあったようだが最終的には餓死した。
その間、時おり幼児のすすり泣く声が聞こえたという──町の人の話だった。
それから30年間──、その屋敷は買い手がついてもすぐに出ていってしまう──屋敷の中で幼児の泣き声が聞こえてくるという──いわく付きの物件になった。
そこへ新しく3人の家族──祖父、母親、男児が入居してきた。
他にメイド(女)と小間遣い(女?)がいる。
祖父は空想家タイプ。
母親は現実一点ばり。
男児はまだ言葉で上手く表現することができず、空想的でひ弱な体質。
ある晩、祖父は夢──大きな町で子供たちがすすり泣いている光景──を見て、目を覚ました。
しっかり覚めてからも、そのすすり泣く声がまだはっきり聞こえた。
家族の男児は、祖父の部屋の下の階で寝ているはずだが、すすり泣く声は上の階から聞こえてきた。
祖父はマッチを擦って部屋の灯りをつけた。とたん──泣き声は止まった。
また、別の日の昼間にも、そのすすり泣く声が聞こえた。──風が煙突に当たってもの凄い音を立てていたが、謎の声はそれとは別にはっきり聞き分けられた。
さらに違う日には、男児が屋根裏部屋で“男の子”に会ったというの話を母親にして、「あれを治すのにぼく何かしてやりたい」と訴えた。
母親は我が子の話に驚きつつも、その屋根裏部屋で会ったという子供の存在を否定した。
一方、祖父はその話──孫が男の子を見たということ──を信じた。
それから1ヶ月が過ぎた頃、男児は重い病気になった。医師は首を振って「重態だ」といった。回復の見込みはないとのことだった。
やがて看病する母親にも“子供のすすり泣く声”──姿なき声──が徐々にはっきりと聞こえるようになった。
男児は熱にうかされながら「あの子を逃してやりたいなあ」と何度もいった。
重病の男児は突如、目を開けて「いいよ、今行くからね」と囁いた。
看病していた母親は怖くなって祖父のそばへ寄った。
2人──祖父と母親──の近くで幼児の笑い声がして、部屋中にこだました。
突然サッと風が吹き抜けていき幼児の笑い声が消えた。
軽い足音──パタパタ──が近づいてきてだんだん大きくなってきた。2つの足音がまじっていた。
祖父と母親やいっせいにドアへ向かって急いだ。足音は2人のそばをすり抜け、ドアを通って出ていった。
そして──、母親は恐怖に青ざめながらベッドの男児を振り返った。
祖父はやさしく彼女を抑えて、別の方を指さして言葉みじかくいった。「ほら」──と。
──以上が、あらすじ。
あらすじを読んでも、幼児の幽霊が入居してきた男児の魂を連れ、共にあの世へ旅立っていく──ようにしか受け取れない。
そこで今度は【要点】のみ、箇条書きで列挙してみよう。
【1】30年前に転居してきた2人のうち、父親は犯罪者──指名手配中──だった
【2】30年前、1人で留守番していた幼児(男)はしばらくは食べ物があったので生きていた
【3】30年近くの間、この屋敷へ入居した人は“子供の泣く声”を聞き、転居していった
【4】新しく転居してきた3人家族の男児は、物事を説明をまだ言葉で上手く表現できない
【5】新しく転居してきた祖父は、夢から覚めてからも子供の泣く声を上階からはっきり聞いた
【6】マッチを擦って部屋を明るくしたとたん泣き声は止まった
【7】別の日の昼間、祖父はその泣き声を、風が煙突に当たる音とは別に、はっきり聞いた
【8】男児は母親へ──、屋根裏部屋で会った男の子を「治すことをぼくがやりたい」と──いった
【9】その後、重病を患った男児は、熱にうかされながらいった。「あの子を手伝って逃してやりたい」──と
【10】祖父と母親が男児を看病を続けていたある日──幼児の笑い声がその部屋へ近づいてきた
【11】笑い声が止み2つの足音──パタパタ──が祖父と母親のそばを通り抜けた
──以上。
【要点】を時系列で11個ならべた。これを4つに大別する。
《一》【1】【2】【3】──幼児のすすり泣く声は“30年間”続いている。
《二》【5】【6】【7】──幼児の泣き声が夢の中の存在ではなく、風が煙突を切る音でもなく、そして夜間の部屋の点灯に反応した。
《三》【4】【8】【9】──幼児は言葉で正確に説明はできないが、屋根裏部屋の子供を“治したい”または“助けたい”と思っている
《四》【10】【11】──音は1個人の幻聴ではなく、移動さえもする
ここからは、いよいよ推理だ。
真っ先に手をつけるべきは、《二》の“夜間の点灯に反応した”──ずっと続いていた泣き声が、点灯したとたんに止まった──という案件。
マッチの光や火を見て、祖父の幻聴が止まったという説は成立しない。なぜなら──後日、祖父と母親の2人一緒に、謎の声や足音を聞くことになるからだ。
泥棒やスパイが光に気づき、すすり泣きを止めた可能性もない──30年間も、“幼児”の泣き声を出し続けることは難しい──年を追うごとに泣き声に変化があれば、可能性もないわけではないが──。
ポルターガイストの可能性はどうか?──これも不成立。ポルターガイストは特定人物の能力と考えられているわけだが、この屋敷は30年もの間、入居者が入れ換わっても泣き声が続いていたのだ。
もちろん幽霊でもない。──死霊が部屋の点灯ごときで、何をビビる必要があるのか?
では、その時代──20世紀前半──において、光に反応する物とは何か?これは動物か植物だ。
そして必要に応じて音を出したり、止めたりできる物は何か?当然ながら──動物しかない。
幼児の泣き声に似た音で鳴く動物は何か?猫?山羊?羊?蛙?鳥?それとも──虫?
かなりの難問に思えるが、もう一つのヒントがあるから、すぐに解決する──この謎の怪物Xは“幼児の笑い声”も出せるのだ。
ここまで真似できるとなると、もはや大雑把に2種──オウム目インコ科そしてオウム目オウム科しか見当たらない。
さらに《一》の“犯罪者”と“30年継続”というヒントで対象をさらに絞り込もう。
泣き声は30年前から続いている──小型インコの寿命は飼育下で約5~15年、中型なら約30年、オウムのように大型なら飼育下で寿命40~60年(野生では20~25年)。
つまりオウムなら──、安全と餌と水と温度などに問題がなければ──30年間の幼児の泣き声は充分に成立するのだ。
しかし、そんなに都合よくオウムがいたのだろうか?普段なら寄り付くこともない人家の屋根裏に?──おそらく30年前に転居してきた父親が、研究所か動物園からオウム盗み出したのだろう──それにより指名手配されていたというわけだ。
留守番の子供がすすり泣き、それをひたすら聞かされたオウムは、当惑時──もしくは困惑時──“子供のすすり泣く声”を学習した。
また留守番の子供がたまたま機嫌がよくて、オウムを解き放し、追いかけ回したため──オウムにとっては迷惑きわまりない──激昂時、“子供の笑いはしゃぐ声”を身につけた。
残された《三》を加えよう。
新たに転居してきた男児──空想的思考をする性格──を考慮して、若干メルヘンチックに推理する。
──男児は、屋根裏部屋でオウムに出会った。そして“幼児の泣き声”で鳴くオウムを見て──「魔女に魔法をかけられて、姿を鳥へ変えられてしまった男の子だ」と勘違いし「それで屋根裏部屋から出られないんだ」と童話のように思い込んだ。
だから幼児の口から“治したい”とか“助けたい”という言葉が出たのだ。
それでは最後──、短編小説『ランプ』の隠された真相の考察について、時系列にまとめてみよう。
①、30年前、男性が動物園から希少なオウムを盗み、警察から指名手配された
②、その男性は幼児(男)と2人で古めかしい荘厳な屋敷へ転居し、屋根裏部屋でオウムを隠して飼育した
③、転居後2ヶ月して父親は単身ロンドンへいったところ、指名手配犯として追い詰められ自殺してしまった
④、留守番していた幼児は寂しくてオウムのそばで泣いて父親を待っていた
⑤、幼児はオウムを放し飼いにして、時には追いかけてはしゃいだ
⑥、オウムは当惑時には泣き声、激昂時にははしゃぎ声を覚えた
⑦、留守番していた幼児が餓死してしまった後、オウムは屋根裏部屋から屋根に穴を開け、自分で食糧と水分を調達して生きた。
⑧、それ以来、この屋敷の入居者は時おり“幼児のすすり泣く声”を聞かされては驚き、早々に退去していった
⑨、新しい家族3人がこの屋敷へ転居してきて、屋根裏部屋で男児とオウムが出会った
⑩、男児は、この鳥──オウム──は魔法で姿を変えられてしまった男の子だ、と勘違いした
11、男児が重態になったのは元からのひ弱な体質のせいだった
12、男児の重態が続く中、ある日、屋根裏部屋へ別の鳥──ハト?──が侵入してオウムを憤怒させた
13、オウムは激昂した時に発する“はしゃぎ声”を出し、縄張りからハトを追い出しにかかった
14、ハトは屋根裏部屋から外へ出られず、人間の生活する部屋の中へ逃げ込んだ
15、激昂を続けるオウムも“はしゃぎ声”を立てて、その後を追いかけ、2羽の鳥は羽をパタパタさせて飛び回った
16、オウムは、祖父と母親──人間──を見て、緊張のため幼児の笑い声──はしゃぎ声──を止め、飛行するハトの後ろを追い、人間2人のそばを羽音を立てて飛び抜けた
17、祖父は2羽の鳥に気が付き、母親へ「ほら」と2羽──パタパタの足音の原因はあれだ、と──を指さした
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