第6話 裕福地区の宿へ行こう

 私は、フランスパンをかじって、勝ちときの腕を上げると、野次馬から歓声が上がった。

 実際はフランスパンが硬すぎて、かじった真似をしただけだけどね。


 男は足をバタつかせて脱出しようともがいているが、首と腕を固定された状態では脱出は不可能だろう。それでも椅子をガタガタとさせるので、野次馬の中から二人ほど選び、私の横に座って重さを補強させた。


「一時はどうなるかと思ったが、素晴らしい泥試合だった」

「変なしゃべり方だし、女みたいな喧嘩でハラハラしたが、見事な逆転勝利だったな」

「衛兵を呼んであるので、このまましばらく待っててくれ」


 所々変な言葉が混じっているが、どれも私を称えてくれている。

 嬉しさと生き残れた安堵感で涙が出そうになる。


「俺の自慢のパンが役に立っただろう」


 フランスパンを渡してくれたエプロンのお兄さんが現れる。


「もしかして、こいつらを吹き飛ばした時、巻き込んでしまったパン屋ですか? その……パンを台無しにしてすみません」


 私は平謝りしながらナイフが刺さったフランスパンをお兄さんに返す。


「良いって事よ。面白い見世物だったし、良い宣伝にもなった」

「宣伝?」

「悪党を倒したパン。このナイフの刺さったパンを店の前に飾って、悪党退治にも使える硬くて美味しいパン屋と触れ込んでいくぜ」


 わっはっはっと笑いながら、エプロンのお兄さんは散らかっている自分の露店の方へ行ってしまった。たくましい限りである。


「あ、あの……」


 エプロンのお兄さんの次に、魔術具の店員が現れた。


「勝手に魔術具を使ってすみません。おかげでお金を取り戻す事が出来ました」


 私が感謝の言葉を述べると、店員さんは手の平に乗せている物を見せた。


「大銅貨一枚です」


 店員が申し訳なさそうに言う。

 手の平に乗っているのは、私が壊した大砲の残骸であった。

「ごめんなさい、ごめんなさい」と謝り、取り返した袋から大銅貨を一枚渡す。

 黄色のリンゴはサービスしてくれた。

 ……とほほ。


 それにしても、あの時の声は何だったのだろう?

 私が諦めて刺されそうになった時、頭の中で声がした。

 男なのか女なのか分からない、感情のない無機質な声。

 声の通りに行動したら、命が助かった。

 あの声は、私にとって命の恩人だ。

 周りを見回しても、それらしい声を発する人はいない。

 直接、頭に流れてきた感じなので、異世界特有の特別な現象なのだろうか?

 不思議だ。


 私が物思いに深けていると、馬に乗った三人の衛兵が現れた。


「街中で刃物を振り回し暴れている者がいると聞いて駆け付けた。状況の分かる者は?」


 馬から降りた一人の衛兵に私は近づき、身振り手振りで事の顛末を報告していく。

 私の話し方に眉を寄せるが、それについては何も聞かれない。

 残りの二人の衛兵が犯人を縄で縛っていく。

 一人は既に気絶しているので問題はないが、椅子で動けなくしている男は暴れているので、剣の柄で顔を殴り、気絶させてから縄で縛っていた。この世界では、犯罪者に人権は無いみたいだ。

 荷物のように犯人を馬の背に乗せ、「ご協力感謝を」と言い残し、衛兵たちは去って行った。

 

 この件は終わり。野次馬たちも散っていく。

 これからどうしようかな?

 当初の目的では、日用品を買って、宿を探す事だった。誰かに聞いて、宿を先に見つけた方がいいかな。

 そんな事を考えていると、見知った顔を見つけた。

 冒険者ギルドのお姉さんで、確か名前はレナだ。

 レナは私と視線が合うなり駆け寄ってきた。


「少し時間いいですか? ここで何があったのか教えてほしいのです」


 レナは丁寧に尋ねてくる。

 周りを見ると、レナと同じ制服を着た若い女性と少し年上の男性も他の人から話を聞いていた。どうやら情報収集しているみたいだ。

 私は衛兵に話したように、身振り手振りで事の顛末を説明していく。

 それを黙って聞いていたレナの表情が徐々に青褪めていった。


「この度は申し訳ありません」


 レナが深々と頭を下げた。


「えーと、どうしてお姉さんが謝るの?」


 私は首を傾げて聞き返す。


「冒険者は冒険者ギルドが管理しています。その冒険者が公序良俗に違反し、一般市民を巻き込んだのです。冒険者ギルドにも責任があります」


 どうやら冒険者という職業は一人親方のような個人経営者ではなく、会社に属する社員みたいな扱いなのだろう。その社員が不祥事を起こすと会社が責任を負うそうだ。


「犯罪を犯した冒険者には厳格な処分を与えます。被害に遭われたあなたには、改めて謝罪と慰謝料を……」

「大袈裟な。私としてはあまり大事にしたくないのですが……」


 私はレナの言葉を遮って、慰謝料云々を断る。

 怪我をさせた犯人からの謝罪ならまだしも、冒険者ギルドからの謝罪はさすがにちょっと……。


「それでも……」


 レナが困った顔をしているので、私は妥協案を提示した。


「たぶん、私は近いうち冒険者になる予定です。つまり、冒険者同士の喧嘩みたいなものです。それに冒険者になった時、変な気を使われるのも嫌ですので、平等にお願いします」


 冒険者の管理者とはいえ、とばっちりで冒険者ギルドからお金を貰うには心が痛む。

 少し考えたレナは「分かりました」と優しく微笑む。そして、「少し待っていて下さい」と言うと、離れてしまった。そして、近くの露店で飲み物を買うと「傷の手当てだけでもさせて下さい」と言い、私の右手の状態を観た。


「血は止まっていますね。少し染みますよ」


 露店で買った酒で血の汚れを洗い流し、布で水気をとる。そして、ポケットから貝殻の形をした軟膏を指ですくい、傷口に塗り込んだ。


「傷口は浅いので、この薬草入りの塗り薬を使います。おばあちゃんから教えてくれた秘伝の薬です。良く効きますよ」


 ニッコリ笑うレナ。

 素敵な笑顔だ。

 ああ、なんて綺麗な人なのだろう。

 草原に咲く一輪のお花のようだ。

 私が男性なら完全に惚れている。見た目、おっさんだけど……。

 ドキドキしながらレナを見つめていると、先程のいざこざの時に言われた事を思い出し、青褪めた。


「お、お姉さん、離れてください。その……私……」


 私はあわあわと慌て出す。


「はい?」

 

 レナが上目づかいで首を傾げる。


「私……匂うそうです」

 

 ますます首を傾げて思案しているが、「体が臭い」と付け加えたらニッコリして「気にする程ではありませんよ」と言った。

 気にする程という事は、少し臭いって事? 酷くは無いけど匂いはあるって事? 美人のお姉さんの近くに臭い匂いをするおっさんが居ていいの!?

 私があわあわとしていると、「汗の匂いでは無く……そのー、私の父と同じ匂いです」と困った顔をしながらフォローしてくれた。

 父親……中年……


 加齢臭!?


 私は肩を落とし、落ち込む。


「洗い立てですので、綺麗ですからね」


 レナは懐から綺麗な白のハンカチを取り出すと傷口を縛ってくれた。


「ハンカチが血で汚れてしまいます」と断るが、「構いません。後で捨てて下さい」とニッコリと微笑んだ。

 私は聖女として召喚されたが、レナは女神様だな。

 冒険者になったら、是非レナをご指名しよう。

 うん、そうしよう。


「二、三日で傷口が塞がると思います」


 そう言って、レナは立ち上がる。

 私はハンカチで巻かれた右手をニギニギする。

 流石、冒険者ギルドの職員。ハンカチなのに、包帯みたいに上手く巻いている。

 私は、治療を終え立ち去ろうとするレナを引き留める。そして、「お勧めの宿、知りませんか?」と尋ねてみた。



「確か……この辺だよね」


 私はレナに聞いた宿を探している。

 レナ曰く、『綺麗、安い、美味い』の三拍子の宿との事。

 部屋は三部屋しかないが、共同のトイレがあり、さらに有料のお風呂が付いているそうだ。

 宿の名は『カボチャの馬車亭』。

 レナの叔母が経営しているそうで、「身贔屓みびいきでごめんなさい」とレナが舌を出して謝っていた。


 場所は冒険者ギルドと下町の間の脇道。窯屋兼パン屋があるからそこを曲った建物らしい。

 うむうむ、確かにあった。

 昼時なのにお客が一人もいないパン屋を曲がると、看板が立っていた。

 文字は読めないけど、シンデレラのようなカボチャの馬車の絵が描かれていたから間違いない。

 開けっ放しのドアから建物に入る。

 掃除が行き届いた清潔感のある室内。白にオレンジの線が入ったカボチャの小物が色々の場所に置いてあって可愛い。

 決して、ハゲで筋肉で加齢臭がする強面のおっさんが入っていい場所ではない。


「すみませーん」と声を掛けると、右の扉から恰幅の良いおばさんが現れた。


「おや、お客かい。『カボチャの馬車亭』へようこそ」


 レナが紹介してくれた宿はここで間違いない様で安心した。

 私はおばさんに事の顛末を簡単に話し、レナの紹介で宿に泊まりたい旨を伝えた。


「おや、あの騒ぎはあんただったのかい。うちの娘も何事かと見に行っていたよ。災難だったね」


 わっはっはっとおばさんが豪快に笑う。

 笑いごとじゃないんですけどね。


「それにしても、レナちゃんの紹介とはね」


 そう言うなり、おばさんは私の頭から足へと順に見ていく。

 なんか品定めされてるんですけど……私、おっさんの姿だけど大丈夫?


「部屋は空いてるから泊まれるよ。一泊大銅貨三枚、食事、お風呂は別払いだよ」

「では、まず三日分でお願いします。食事は朝夕、お風呂も付けてください」

「三日分だね。レナちゃんの知り合い価格という事で、えーと……銀貨一枚でいいや」


 計算するのが面倒臭くなったのか、割引してくれた。


「じゃあ、ここに名前を書いてくれるかい」


 そう言って、おばさんはカウンターの上に木札を置いた。


「すみません。文字は書けないんです」

「良いよ良いよ。あたしが代筆するさ。名前を教えてくれ」


 名前……どうしよう。

 今まで名前を名乗った事がなかった。

 今は男の姿だ。女性の名前を伝えたら変な目で見られるかもしれない。

 それなら偽名を使うか。

 異世界だし「太郎」や「スミス」あたりで良いだろうか? 

 でも、偽名を使うと罪悪感が……特にレナの紹介で泊まるのだ。

 やはり、ここは清廉潔白でいきたい。


「く、葛葉です」

 

 私は本名の苗字だけ伝えた。


「ク、ズ、ノ、ハっと……変わった名前だね。旅人かい?」

「旅人ではないですが、昨日、この街に来たばかりです」

「何もない街だけど、ゆっくりしていってくれよ。それで、やたらと丁寧なしゃべり方だけど男でいいんだよね」

「はい、一応……」


 ハゲでヒゲで筋肉の女性がいるか!? と聞き返したかったが……はい、ここにいました。

 中身だけ女性。涙が出てきた。……ぐすん。


「わっはっはっ、冗談だよ。なんか娘と話しているみたいで混乱するね」

「ははは……良く言われます」

「食事は、朝と夕の鐘の後なら食べれるよ。火を落としてるから、お風呂は夕食後で頼むよ」

「構いません」


 本当はすぐにお風呂に入りたいが、我が儘は言わない。


「じゃあ、これが鍵。出かける時は、毎回、返さなくていいけど失くさないでくれよ」


 おばさんがカウンターの上に鉄製の鍵を置く。

 音符マークのような形のアンティークキーだ。

 昔風の鍵を見たら、なんだかテンションが上がった。


「カリーナ、カリーナ」


 おばさんが廊下に向かって叫ぶ。

 少しすると、廊下から女の子が現れた。


「何、母さん……あっ、お客さん!? い、いらっしゃいませ」


 女の子はすぐに営業スマイルに変えて、私に向かって挨拶をする。

 歳は一二、一三歳ぐらい。左右に三つ編みを垂らした、そばかすの似合う可愛い女の子だ。


「あっ、このおじさん、広場で喧嘩していた人だ! どうして喧嘩してたの? 怪我してない? 大丈夫だった?」


 矢継ぎ早に質問が飛んでくる。

 そういえば、娘さんが野次馬しに行ったと言っていたな。


「この馬鹿娘! お客様に失礼だろ!」


 おばさんのゲンコツが落ちる。


「だってぇー……」


 カリーナが頭を押さえ、涙目になった。


「良いんですよ。えーと……」


 私は何度目かの説明をした。


「へー、レナお姉ちゃんの知り合いかー。もしかして、恋人さん? ……ぐぇ!?」


 また、ゲンコツが落ちた。

 見ていて飽きない元気な子だ。


「レナちゃんの知り合いだから、改めて挨拶しておこうかね。あたしはカルラ。こっちが娘のカリーナ。隣の窯屋でパンを焼いているのが旦那のブルーノだよ。よろしくね」


 角にあった窯屋兼パン屋は旦那さんの店だったようだ。


「うちのパンはエールを加えて作っているから柔らかくて美味しいよ」


 カリーナが胸を反らして自慢する。

 それは夕飯が楽しみだ。


「カリーナ、お客さんを案内してあげな。一人用の部屋だよ」


 カルラがカリーナに鍵を渡す。


「お客さん、こっちです」

 

 カリーナの案内が始まったので、素直に後を追う。

 


 受付の左のドアを開けて入ると、丸テーブルが四つ置かれた広間になっていた。

 壁に小さな暖炉があり、暖炉の上にカボチャの小物が置かれ、目を楽しませてくれる。


「ここで食事をします。時間になったら来てください」

「なんで『カボチャの馬車亭』なの? 何か意味があるの?」


 少し疑問に思ったので、私はカボチャの置物に指を指して尋ねてみた。


「カボチャは、この街の特産品の一つです」


 カリーナが元気よく答えてくれる。


「あと、馬車亭の馬車は、遠くから来た商人や冒険者、旅人さんが泊まってくれるようにと付けました。たまに本当の馬車屋と勘違いして尋ねてくる人がいるんですよ。こんな路地裏に馬車なんか置けないのにね」


 ふふふっとカリーナが屈託なく笑う。


「へー、カボチャが特産なんだ。夕飯が楽しみだね」

「ここのカボチャは、ぼそぼそだし、甘くないです。正直言うと、私は好きじゃないです」


 置物として飾ってあるカボチャは白い。

 もしかしたら、食料用に改良されたカボチャではないのかもしれいない。

 食事に出ても期待しないでおこう。



 次に案内されたのはトイレ。

 受付に戻り、カウンターの横を通ると廊下になる。

 通路には階段と扉が二つあり、階段すぐ横の扉がトイレだった。

 長方形の箱を横に寝かせ、壁にかましてあり、その中央に丸みの穴が空いてる。そこに用を足すようだ。

 箱は綺麗に磨かれており、壁に花が飾ってあるので、不潔感はまったくない。

 穴を覗くと底の見えない暗闇である。

 ボットン便所のように溜め込み式だと思い「匂わないね」と尋ねると、「地下道へ流れています」と返ってきた。

 話を聞くと、この街の下には、地下道が迷路のように走っており、そこに流れる水路に直接流しているそうだ。

 もしかして、西地区や東地区の川は、汚物まみれの水路と繋がっているかもしれない。 

 露店で売っている魚やカニは食べないようにしよう。


「お尻を拭く布や葉っぱは、穴に捨てて大丈夫です」


 穴の横にボロ布や綺麗な葉っぱが束のように積まれている。

 葉っぱは抵抗があるので、ボロ布を使おう。


「用が済んだら、この桶の水で簡単に周りを流してください」


 床の上に水の張った桶と柄杓ひしゃくが置いてある。

 手を洗う物じゃなかったみたいだ。



 トイレを出て、廊下の奥の扉を開けると床が石畳になっている浴室だった。

 部屋の隅に衝立と中央に大きめの木桶があるだけで、蛇口や体を洗うスペースは無い。

 私がキョロキョロと周りを確認していると、「窯屋もやっているんですが、蒸し風呂はないんです」とカリーナは恥ずかしそうに言った。

 詳しく聞くと、大きな窯を使ってパンを焼く店では、窯で出た熱を利用して蒸し風呂を設置してある所が多いそうだ。

 住民は基本、蒸し風呂か共同のお風呂屋へ行く。

 宿屋にお風呂が付いているのは逆に珍しく、カリーナは自慢していた。


「共同風呂は、東の工業地区と西の商業地区にありますよ。体を揉んでくれたり、垢を擦ってくれたりと、色々とやってくれるそうです。わたしは行ったことないですけどね」


 共同のお風呂か……他の男の人とお風呂に入るのは無理だな。赤面してしまう。


「お貴族様やお金持ちの商人は、いつでも入れるようにお風呂専用の竈があるそうです。中には水と火の魔石でお湯を張ったりするそうです。贅沢ですよね」


 通常、お風呂のお湯は、台所の竈でお湯を沸かし、それを浴槽までえっちらおっちらと運んでいくそうだ。何度も往復する重労働のため、お風呂代は割高だったりする。

 ちなみに使い終わったお湯は、そのまま浴槽を倒して、壁の隅に空いている穴に流すとの事。その為、壁の隅でなら、掛け湯をしたり体を洗ったりしていいらしい。


「おじさんって、どこから来たの? 結構遠くの方?」


 ここの常識があまりにも知らな過ぎて、不審に思ったカリーナが尋ねてきた。


「すごーく遠くの国から来たんだ。私の常識と違い過ぎて困ってるぐらい。色々と尋ねると思うけど、変に思わないでね」

「うん、私が何でも教えてあげるよ」


 胸を反らして自信満々に答えるカリーナを見ていると、妹が出来たみたいで頬が緩む。

 ……いかんいかん。今の姿はおっさんだった。

 女の子を見てニヤニヤする怪しいおっさんの図が第三者視点で想像できる。

 他人から見たら、変態扱いされても文句は言えない。



「次で終わりです。寝泊りするお部屋に案内します」


 廊下に出て、階段を上がった正面の扉が私が泊まる部屋。

 奥の廊下にはあと二部屋ある。私が一人部屋、隣が二人部屋、その隣が三人部屋らしい。

 カリーナが鍵をポケットから取り出し、鍵穴に突っ込み、ガチゴンと回す。

 ああ、私が鍵を回したかったと思いながら部屋へと入る。


 おお、素敵!


 木製のベッド。枕もマットレスもある。掛け布団は四角の布でパッチワークしてあってお洒落だ。

 窓枠は大きく、太陽の光がサンサンと降り注いでいる。

 小さいけど書き物用の机、お宝が眠っていそうな置き箱、床には小さいカーペットまである。

 部屋自体は狭いが、逆にそれが可愛くて素敵だ。


「おじさんには、似合わないかもしれませが、ここでお願いします」

「とても可愛くて素敵でファンシーで気に入りました!」


 私が喜びのあまり、カリーナの手を握って上下に振る。


「ふぁ、ふぁんしぃ? ……えーと、喜んでくれて、嬉しいです」


 おっと、手を離さねば。

 おっさんが女の子の手を握って喜んでる図は犯罪臭がする。

 カリーナ自身、手を握った事は気にしていなく、自慢の宿を褒められて嬉しそうだ。


「床の置き箱は部屋の鍵で閉まりますので、大事な物は入れておいてください。部屋を照らす光は、ここの魔石で調節できますよ」


 カリーナが扉の横にある小さな魔石を指差した。


「部屋の光? 電気が通っているの?」


 私が驚いて尋ねる。


「でんき? すみません、ちょっと分からないですが、ここを触ると……」


 カリーナが壁に付いている魔石を触ると天井の小さい魔石が淡く光り出した。


「光の魔石が光ります。昼間みたいに明るくないので、蝋燭が必要なら言ってください」


 おお、ファンシーでファンタジーだ。


「案内は以上です」


 まさかここまで親切に案内をしてくれるとは……お姉さん、いや、おじさんは感激です。


 そういえば、この世界はチップや心づけの習慣はあるのだろうか?

 私は革袋から小銅貨を取り出し、カリーナに見せる。

 カリーナは受け取ろうとはせず、首を傾げていた。

 どうやら、チップの習慣は無いみたいだ。

 このままお金をしまうと挙動不審なので、このお金でお願いをしてみよう。


「カリーナちゃん、ちょっとお願いがあるんだけど……」

「はい、何ですか?」

「これから日用品を買いに出かけようと思っているの。良かったら、お勧めのお店を教えてくれない?」

「お買い物ですね。地図を描きますから、出かける時は声を掛けてください。木札とペンを用意しておきます」


 カリーナは嬉しそうにお金を受け取り、部屋を出て行った。


 私はベッドに倒れ込む。

 日本のベッドと比較すると非常に硬いが、下町の安宿のベッドに比べれば、すこぶる快適だ。

 目を閉じて、買い物リストを頭の中で整理する。


 鞄、服、下着、布……。

 色々と買わなければいけない物がある。


 光が差して気持ちがいい。

 太陽にさらされた布団から良い匂いがする。

 感じの良い宿を紹介してくれたレナには感謝だ。


「はぁー、疲れた」


 私は溜め息を零す。

 この世界に来て二日目。

 今まで休まる事が出来なかったが、ようやく人心地が付いた。


 安心しきったせいか、意識が薄らいでいく。

 そして……私は眠ってしまった。

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