第64話 工作
1546年(天文15年)7月中旬 山城国 北花山
「これが京の都ですか⋯聞いてはおりましたたが⋯」
「これなら、春日山の方が賑やかですね⋯」
「これが都とは⋯酷い有様ですわ。」
長い遠征を終えて、初めて京の都を訪れた嫁達の感想である。
俺達は、淡海(琵琶湖)の北側を抜け、西近江街道から、大津を経る形で京への上洛を果たした。
京に入り、俺達が陣を張ったのは京の東側、鴨川の東側にある北花山だ。
北花山は洛内迄は2キロ程、御所迄は5キロと至近と言っても、良い場所である。
此処からは、京の都が一望できた。嫁達が言うように、焼け焦げ倒壊した住居や寺院が再建もされず放置されており、昼間だと云うのに都の通りを行き交う人通りも少ない。此処から見える、都の有り様は酷いものだった。
洛内には、未だ入る心算は無い
此度の上洛の名目は、公方と協力して賊軍である細川氏綱を滅ぼし畿内に安定を齎す事だ。となると、当然公方にも挨拶に赴かなければならないが、流石の俺でも少数で敵陣に乗り込む蛮勇は、持ち合わせていない。
公方を訪ねて、のこのこと二条御所にでも行ってみろ、問答無用でこの世から消されかねん。
此処で俺は、しばらくは
『長旅の疲れで、体調を崩した。』
と、云う事にして様々な工作から陣の構築、周辺勢力の動静を見極めていく心算である。
さあ、公方に細川に一向宗、畿内に蔓延る妖怪共は、どう動いてくるかな。
1546年(天文15年)7月中旬 山城国 二条御所 足利 義晴
「なに?病で動けぬと言うておるのか?」
越後の小僧が、都の東此花山に陣を張って今日で3日となる。長尾勢は京の都を目前にして進軍を止めた。本来で有れば、さっさと儂に挨拶すべき所を、此花山に陣を張り動こうとしない。堪らず、誰何の使者を送った所、帰って来た答えがこれだ。
本当に病なら良いのだが
もしや、とは思うが此度の長尾家討伐の計画が漏れたか?
隙がある様なら、のこのこと二条御所に挨拶しに来た所を、無礼討ちにでもしてやろうと、晴元と話し合っていた所じゃ。
このままでは、不味い。
全国の諸将に送った檄文で、対長尾に対する蜂起の日迄それ程の猶予は無い。
少し、予定を変えねばならぬかもしれぬ。
晴元と相談すべきじゃな。
ふん。長尾は少々大きく成りすぎた。
このままでは、我足利に代わり天下を治める野望を抱くやもしれぬ。
早目に潰して置かねばな。
長尾領は随分栄えていると聞く。手に入れた長尾領はしっかりと儂の側近達や此度協力した諸侯に統治させる。これで再び幕府の威信は回復し、この窮状も少しはマシになるで有ろうよ。
1546年(天文15年)7月中旬 摂津国 大坂御坊 証如
「はっはは、越後の小僧めが、遂にこの畿内迄参りましたな。」
我の側近、七里 頼周(しちり よりちか)が愉快そうに話し掛けてきた。
愉快なのは儂も同じよ。何故なら我等の仇敵とも言える、長尾の小僧が、現在罠とも知らずにのこのこと、この畿内迄やって来ているのだ。
ここ暫くの鬱屈した気分が吹き飛び、愉快な気分にも成ろうと云うものよ。
間もなく、長尾家は公方様により賊軍として、周辺の諸将から討伐対象とされる手筈となっている。
それに、我等が一向宗門徒も加わればその数は、10万を優に越える数となろう。
本国から遠く離れた畿内にて、そんな大軍に囲まれれは、精強と聞こえる長尾勢でも如何様にもなるまいて。
「これで、加賀での積年の恨みを、漸く晴らせると云うものよの。」
「然り、あの様な悪書にて、某を愚弄した恨み晴らさせて貰いまする。」
頼周が悪書と呼ぶは、最近巷で人気と成っている【越後戦記】と呼ばれる、忌々しい書物である。その書物の中では、民を救う清廉潔白な越後の小僧に対して、我を含む一向宗の坊官達は民を扇動し私腹を肥やす悪徳坊主として、随分と悪しざまに描かれておるのだ。たかが、書物の話などと一笑に付すこと等出来ん。この書物が出てから、門徒の数が目に見えて減ったのが判るし、坊官や門徒が、民から石を投げられる様な話を、聞く様になった。
我から見ても、我等一向宗を悪しざまに描く事を除けば、その色彩描写は見事と言える物で、矢鱈と出来が良いのが、余計に腹立たしい物だ。
この儂を、ようもあの様な悪徳坊主に描いてくれたものよ。
既に摂津、河内、和泉の門徒達には密かに招集を命じて有る。
数日の内には、この大坂御坊に5万を超える門徒達が駆け付けて来よう。
その恨み、必ずや晴らしてくれようぞ!
1546年(天文15年)7月中旬 近江国 観音寺城 六角定頼
「遂に、越後の神童が上洛を果たしたか。」
先程、公方様の使者より、長尾家打倒の御内書が届けられた。幕府管領代としては、その命に従う事は吝かでは無い。
寧ろ儂は、この機会に公方様に積極的に協力し、長尾家を徹底的に叩く心算である。
越中、信濃どころかか甲斐、関東にも勢力を伸ばす近年の長尾家の伸長
『このまま座しては、いずれ六角家は長尾に呑み込まれる。』
それは儂に、そう危機感を抱かせるに充分なものだった。
これが、【越後の神童】と呼ばれる稀代の傑物を打倒する、最大にして最後の機会となるやもしれぬ。此処で奴を止めねば、日ノ本全ての大名家が奴に膝を屈する事となるであろう。
此度上洛した長尾勢は3万、遠く越後からそれ程の大軍を上洛させる手際は流石と言って良いが、間もなく京は長尾勢にとっての死地となる。
仇敵として争っていた、細川晴元と細川氏綱は、既に内密の内に和睦している。両軍合わせればその数は5万を越え、それが長尾家の敵となる。それに加え北から、武田、一色の連合軍、南より一向宗門徒が西からは三好政長、丹波・内藤国貞、そして東からは我等六角勢が打倒長尾の旗を揚げ、其々京に向かう。
その軍勢は優に10万を越え、長尾勢は正に四方から囲まれる形となるのだ。
それと同時に長尾家と接する、畠山、朝倉、今川、斎藤、関東の諸将迄もが反長尾の旗を揚げ長尾領に攻め掛かる手筈となっておる。
流石の神童といえど、此処までされれば、手の打ち様はあるまい。
これは、六角家の存亡を掛けた戦となろう。
此処で、神童の首を獲り、長尾の進撃を止める!
1546年(天文15年)7月中旬 山城国 京都御所 土佐林禅棟
儂が、大宝寺家を見限って長尾家に仕えてから、早いもので既に4年目を迎える事となった。
懸命に働いてきた甲斐もあり去年の暮れには大隊長格に任じられ、今や長尾家・外交局の実質副長格と自他ともに認める所まで出世する事が叶った。
ほんに、長尾家は仕えや易き家よ。己の能力を生かし懸命に働けばそれをしっかりと評価してくれる。其処に、家柄や縁故などは関係ない。
上官である上杉殿や儂は、以前は長尾家の敵であったのだ。そんな我等が、此処まで出世出来るのじゃからな。
しかし、まだまだ物足りぬ。儂は必ずやこの長尾家にて更なる栄達を果して見せようぞ。
そんな儂に、今絶好の機会が訪れておる。
去年の暮より、長尾家の朝廷工作を、この儂が殿より任される事となったのだ。
日頃の儂の献身と能力が、殿に大いに評価されておる証左であろうな。
殿の、その構想を聞いた時は驚いたものよ。
本当にそんな事が可能なのか、と考えたものだが、同時に『面白い!』と思ったものだ。
成功すれば間違いなく、長尾家の威信は更に高まり、この時代が変わる。
半年以上京に留まり多くの公卿・公家達と面談した結果、既に多くの公卿、公家の賛同は取り付けておる。
気位こそ高いが、食うにも困る窮状の者共の説得に、それ程苦労は無かった。
まあ、殿より預かっておった莫大な銭や、新たに齎された進歩的な書物・産物が、その説得に大いに役に立った事は認めるが、それも儂の手柄を否定するものではあるまい。
さあ、残すは帝との最後の折衝を残すのみ、帝との折衝の為に昇殿が許される五位の位階まで頂いたのじゃ。
帝に侍る公卿達への工作は終わって、既に外堀は埋まっておる。
ほぼ、帝の内諾は頂いておるとはいえ、油断は禁物じゃ。
心して、掛からねばな。
さあ、この禅棟の一世一代の大仕事ぞ!
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