第61話 越後戦記
1546年(天文15年)3月上旬 越後 春日山城
「うふふ。中々良い出来ですわね。」
「新様、見てください!これ私ですよ♪」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
千代と美雪が、2人で仲良く本を読みながら、今日はご機嫌である。
彼女達が読んでいるのは
【越後戦記 2巻 越後大乱】
最近、日本中で話題となっている、超人気作である。
その内容は、写実的で美麗なタッチで描かれた人物や風景に、かな文字で台詞を付けた、どちらかと云うと漫画に近い、読み易い形式のものだ。
その、主人公は何を隠そう俺である。
そのストーリーは、実物よりも3割増しに美少年に描かれた俺が、日ノ本に平和を齎す為に立ち上がり、それを邪魔する敵を、家臣達と共に爽快に打ち倒していく、爽快な物語なのだ。
まあ、ぶっちゃけると、長尾家の情報戦略の一貫で、非常にプロパガンダ色の濃い内容の書籍である。
第一巻である【新次郎立志編】では、一向宗の坊主を、民衆を煽り、私腹を肥やす悪役として随分悪どく描いている。
それに対して俺は、そんな悪徳坊主に騙された民衆を救う清廉潔白な英雄として、描かれているのだ。
これを見た、一向宗の指導者達は、間違い無く、ぶちギレしてるだろうな。
あくまで、長尾家目線から描かれた物語なのだが、それが俺の予想以上に受けた。
初版の【越後戦記第一巻 新次郎立志編】
は全国の日ノ本屋で去年の秋頃に販売開始となったのだが、用意していた2万冊が1週間程で完売となった。現在増刷を重ね、その発行部数は5万冊を超えた。
この識字率が低く、経済が未発達なこの時代に置いて、それは驚異的な数字と言って良い。
日本初の、ベストセラー作品と成ったのではなかろうか。
ヒットの要因は、娯楽の少ないこの時代での貴重な娯楽となった事、比較的に庶民にも手の届き易い価格設定、読み易いかな文字を使った事、そして、何より見る者を唸らせる見事な描写、それ等の要因が、このヒットを生んだのたろう。
全国の富裕層の読者から、俺に複数のファンレターが届く程の反響である。因みに千代と美雪には俺の倍以上のファンレターが届いている。
郵便制度など無い、この時代にである。
中には、何処かで聞いた事がある様な、某有名武将から寄せられた物もあった程だ。
千代や美雪も大概、美少女に描かれてるからな。その熱狂ぶりも判らぬでは無い。
この書籍の発行元は春日山出版、長尾家の100%出資している完全子会社である。
その作者は、絵・長尾綾、文・蔵田蘭
脚本・長尾晴景の3人、そう全員家の関係者である。
現在、他にも日本人の啓蒙の為に、世界の文化風習、国々を紹介する【世界紀行】、肉食や洋食といった今まで日本人に馴染みの無かった料理を紹介する【美食紀行】等を、今年中には発売予定である。
そんな、大人気作品越後戦記の続編となるのが、先日発売されたばかりの、今彼女達が見ている
【越後戦記 第2巻 越後大乱】
となる。
既に各地の日ノ本屋から、売切れ、増刷の依頼が届いている。初版の3万冊はあっと言う間に、売切れたそうだ。
現在、急ぎ増刷中である。
「⋯⋯中将様。」
「どうした、諏訪ちゃん?」
千代達の輪に入らす、一人思い詰めた表情をしていた諏訪ちゃんが、難しい顔で俺に話し掛けてきた。
「⋯⋯ずるいです。」
「⋯ん?」
何故か、諏訪ちゃんが涙目である。
ずるいって、なんの事?
俺は、また何か知らぬ間に、地雷を踏んだのだろうか?
最近、近習の件で酷い目にあったばかりである。未だに俺は、昌景以外の近習達と2人きりの行動は禁止されているのだ。
昌景は⋯嫁的には大丈夫らしい。
それは、差別ではなかろうか?
と、思わなくも無いが、とても言えない。
すまん。昌景。
「⋯一体、なんのことだ?」
「だって⋯皆この物語で活躍しているのに⋯私だけ⋯なんだか⋯仲間外れみたいで、寂しい⋯」
諏訪ちゃんの、涙ながら訴えを聞くに
どうやら、自分だけこの人気作に登場していないのが、悔しいらしい⋯
いや、そんな事言われても⋯
大体が、この物語は第1巻は越中での一向宗戦、2巻は越後の内乱がメインの話となる。そうなると、当然諏訪ちゃんは登場しない。
「⋯きっと、次回のかんとう編には登場するはずよ。」
「そうそう、諏訪ちゃん。元気だして!」
他の嫁達が慰めているが⋯
「⋯私、お姉様達ほど、戦で活躍しておりませんから⋯」
そうだ、諏訪ちゃんの能力は主として知略、内政方面に偏っている。武の才能は皆無と言っていい、馬にも一人で乗れるか、怪しい程だ。
「⋯むぅ⋯!それならば、私が姉上に直談判して咲ちゃんの活躍を大々的に取り上げて貰いましょう!」
「それです!無理矢理にでも、ねじ込みましょう!」
「お姉様⋯」
なんか、嫁達で勝手に話が進行している…
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「石垣の工事が、大分進んでおりますな。」
「この様な高き石垣は、某見た事もござらぬ。」
「これは、完成すれば難攻不落の城となるでしょうな。」
「流石、天下一と言われる富強な長尾家です。」
近習達の会話を聞きながら現在俺達は、改修工事の進む本丸を進んでいる。
その目的地は、春日山城の麓に近い場所にある庵、以前に一度訪れた事が有る千代の姉の綾、あの引き篭もり姫の住処である。
麓の館からはそれ程離れた距離では無く、少し春日山を登れば到着となる。
その見覚えの有る庵の生垣には、以前には無かった看板が掲げられており、周囲には新たな建物が増設されている。
その看板には【春日山出版】と書かれていた。
この見覚えがある無駄に達筆な字体は、おそらく姉上である。
以前は小さな庵しか無かったが、現在は長尾家が100%出資している、日本中に知られる春日山出版の本社を兼ねる。
周囲に新たに造られた建物は印刷所や従業員の作業場や寝起きする宿舎として使われている物である。
昌信が来訪を告げると、見覚え有る若い女性が気怠気に現れた。
「あら、新次郎じゃない?どうしたのこんなとこに?」
今では、この春日山出版の幹部の一人となっている、我が姉君、蘭である。
「久し振りですね。姉上。今日は先代に用事が有りまして、お見えですか?」
「ん?編集長に用事?あら、敬愛する姉上には、何も用が無いと言う事なのですね?」
相変わらず、めんどくさい姉上である。
仕方無いので、先代に渡す予定であった手土産の甘味を姉上に渡して置く。
先代は⋯まあ、別に良いだろう。
「あらあら、流石は新次郎ね。中々気が利くじやない。編集長なら、作業場に居ると思うわ。案内してあげる。」
手土産を渡した途端に、コロッと機嫌が良くなる姉上。相変わらず現金な人だ。
姉上に案内されて、未だ新築の木の香りが残る建物に入ると、痩身の中年男が机で何やら懸命に作業をしていた。
「兄上。ご無沙汰致しております。」
「ん?おお!千代、久し振りだね。」
其処に居たのは、千代の兄君であり、先代長尾家当主・長尾晴景である。
先々代当主の大物に比べて、何かと影の薄い人物であるのだが
名前:長尾晴景 男
・統率:50/57
・武力:41/45
・知略:65/67
・政治:51/65
・器用:72/81
・魅力:60/63
適性:創作
まあ、実際の所その能力も、ぱっとしない。
しかし、適性に創作といった変わった適性を持っていたのと、暇そうであった為に先年から新たに設けた文化所の所長を彼に任せる事にした。文化所とは芸術や演劇、書籍等を日本に普及させる事を目標とする、政務局傘下の組織である。
「義弟君もこんな所によく来たね。歓迎するよ。」
人の良さそうな笑みを浮かべながら、先代が此方に微笑んできた。
「先代、お久しぶりです。少々頼み事が有りまして、少しお時間を頂き⋯」
「お〜ほほほほ。新進気鋭の天才絵師、綾画伯に何か御用事かしら?」
高笑いと共に登場したのは、今にも大空に向けて飛んで行きそうな程に舞い上がっている、元引き篭もりである。
少し、めんどくさい。
「あ〜綾ちゃん、久し振り〜」
「⋯なんか私の扱い、なんか軽くない?」
まあ、丁度よい。これで幹部が3人揃った。此方の要望を早速伝えさせて貰う。
⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯
「出資者の意向なら⋯仕方無いな。少し脚本を変更するよ。」
「新次郎、あなた随分尻に敷かれている様だけど、大丈夫?」
「私は良いわよ。次作は、まだ殆ど手を付けて無いし。」
こうして、次回作での諏訪ちゃんの活躍が約束される事となった。
「うふふ。これで私も皆さんと一緒に未来の歴史書に記録されますね。」
帰り道に諏訪ちゃんが、こっそりと俺の耳元で、囁いた言葉だ。
その、悪戯が成功した子供の様な表情から察するに、あの涙も演技だったんだろうな〜
すっかり、騙された。
相変わらず強かな、女性である。
まあ、そんな強かな女性は嫌いじゃないがな。
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