第57話 舞ちゃん
1546年(天文15年)2月中旬 越後
春日山城
長期に渡った関東、甲斐への遠征から春日山に戻り、既に3カ月が過ぎた。
先の遠征の結果、新たに長尾領となったのは、相模、伊豆、武蔵、上野、甲斐の5カ国にも及び、その石高は160万石ともなる。長尾家は広大な領地を得た事となるのだが、米の取れ高だけで見るなら以前の長尾家の石高は170万石程である。
統治する領地が、急にほぼ倍増した形と成る訳で⋯帰国した当時の春日山城の内政畑の様子は、正に戦場に近しいモノがあった。
そんな状況で
『俺は、悪くない!家に喧嘩を売った阿呆共が悪いんだ!』
という俺の主張は、景綱達に軽く一蹴され。
越後に帰国早々、俺も政務に忙殺される日々を送る事となったのだった。
未だに、仕事をいくらこなしても減らない。書類の山の悪夢に
うなされる事がある程の地獄では在ったが
年が明けた辺りからは少し落ち着いてきた。
相模、伊豆、武蔵南部の旧北条領での検地、戸籍の作成に、大方の目処が付いた為だ。さすがに内治の家・北条家で有る。
北条家の直轄領では、既に検地や簡易的な戸籍の作成は既に行われており、家は其れ等を引き継ぐ形で円滑な統治体制を早期に構築する事が出来た。
北条様々である。
問題は、上野、武蔵北部の旧両上杉領だ。
此方は統治体制の基礎から始めなければならない。まだ道半ばといった所だ。
そして、最難関となるのは、やはり甲斐となる。
甲斐には未だ、食糧支援は継続中である。
おそらく今年の収穫期となる秋までは、支援は必要だろう。
長期に渡る戦乱に荒れ果てた田畑の復興には思った以上の時間が掛かる。
甲斐に付いては去年に続き、今年の徴税も免除だ。
その代わりとして、甲斐の住民には、河川の改修から、用水の建設、街道整備、牧場建設等の、公共事業への賦役を課す。
他国に比べて予備役の数も多めとする。
賦役や予備役では、多少の日当も出す積りなので、瀕死の甲斐に対する救済策の一環である。
これを契機に甲斐の産業構造を根本的に見直す積りである。甲斐は元々山地が多く、それ程稲作に向いた土地は多くない。
先ずは甲斐の気候に合った、葡萄や桃、梨等の果樹園を増やす事と、牧畜を推奨し食肉の生産や羊毛を利用した毛織物産業、皮革産業の勃興、葡萄を利用したワイン造り等の新たな産業の育成が、中期的な目標となる。
何も無理をして稲作に合わない土地で、無理に米を作る必要等無いのだ。
新たに甲斐で生産される果物や食肉、毛織物等を周辺の相模、武蔵、駿河へ売り、その銭で米を買えば良い。
甲斐一国であれば、それは儘ならない事であろうが、今や甲斐は長尾家の一部となった。その商圏は広い。
何なら、日本どころか世界相手にも、俺が売り捌いてやる。
何にしろ、甲斐の復興には時間と手間と銭が掛かる。早くても5年位は掛かるだろう。長期戦だ。
他の4カ国に付いては、平地の多い相模、武蔵、上野の基本政策は米の増産である。
治水用水の建設、品種改良済みの稲、越後錦の植付けにより米の増産を図る。そして麦、じゃがいも、さつまいも等の米以外の作物の推奨、農家の副業となる養蚕の普及
今の所はそんな所だ。
伊豆に付いては温暖な気候を活かした、茶葉や蜜柑等の柑橘類の栽培を行っていく。
新領地に関しては、現状そんな所だ。
思っていたより順調に領国化は進んでいると言って良いだろう。
それは、既存の長尾家の内政畑の官僚達がこれらの業務に慣れてきた事と、学び舎で学んだ人材が戦力として活躍出来る様になってきた事も大きい。
そして、吸収した北条家の優秀な官僚集団の活躍も忘れてはならない。
多くの優秀な人材を加えて、今長尾家は飛躍の時を迎えつつ有るのを感じる。
蝦夷、琉球、台湾といった先頃獲得した土地の統治も順調といえる。
去年の暮れには、それぞれ北海国、琉球国、高山国として、朝廷より正式に日ノ本の一部として認可される事となった。
京で活動中の外交局長、上杉君の成果である。
朝廷に認可されようがされまいが、現状長尾家にとってそれ程大差は無いのだが、将来は違う。
台湾と琉球をこの時代に
日本の一部として認める。
その決定は、歴史の事実として何百年も先に活きてくるはずだ。
将来を生きる日本人には、是非ともその事実を有効活用して貰いたいものだ。
新たに北海国となった蝦夷には、北海総督として神保長職を初代総督として任命した。新たに港湾を整備した函館を拠点として、北海の開発にあたって貰っている。
総督職は主に本国と離れた遠隔地に任命され、ある程度の政務、軍事の裁量権を持つ役職だ。基本局長クラスと同じ待遇で長尾家の宿老となる。
現在は苫小牧、小樽の港湾が間もなく開港予定となっている。先ずは石狩平野の開拓を目指し、その後は十勝、釧路方面に進出する予定である。
五島平八が占領した琉球だが、その武力により強引に長尾家に併合した形となる。
少々強引では有るが、その分琉球には前王朝よりも善政を敷く積りである。その為政務に明るい北条一門の北条幻庵を琉球総督に抜擢する事した。
あの強かな爺さんなら上手くやる筈である。幻庵には近隣諸国との折衝等も担当して貰う予定である。
さて、家のジジィ共が暴れ回っていた台湾だが、なんと去年の内に全土の平定を終えた。九州とほぼ変わらぬ広さの土地を僅か1年余りでの平定となる。
ジジィ共と首狩族が、暴れ回った結果である。まぁ、結果オーライとしておこう。
その台湾だが、現代で云うと台北に拠点と港を作成し、既に明との密貿易の拠点と成りつつある。
長尾家からは硝子工芸、毛織物、北海の産物、干し椎茸、石鹸、チーズ、バター等の乳製品を輸出し、明からは銅、鉄、銀等の鉱石を輸入している。
正直儲かってしょうが無い位であるが、余りやり過ぎて、海禁政策をとる明の逆鱗に触れるのは不味い。その辺りのバランスは、新たに高山総督に抜擢した真田幸綱に任せれば大丈夫だろう。
そして、情勢の落ち着いた台湾からやっとジジィ共が帰ってきた。
台湾が平和となり、そろそろ帰るかと。思っていた折に
関東にて、大戦が起りそうだ!
と云う話を聞き付けて、取り急ぎ帰ってきたらしい。
派手な装飾品を身に纏い、羽根飾りの付いた派手な帽子を被った、真っ黒に日焼けした『何処の原住民だよ!』とツッコミたくなるジジイ共が帰って来たのは、去年の師走、俺が越後に帰って政務に追われていた頃である。
関東での戦など、とっくに終わっていた。
帰ってきて早々、ジジイ共に小言を頂きました。
『婿殿。儂を置いて関東にて大戦を行ったそうじゃな。どう言う了見だ。』
『殿。儂抜きで大戦を行うなど、ちと軽率では有りませぬか。何故、相談してくれなんだ。』
なに?この理不尽⋯
流石の俺も、少しばかり嫌味でも言ってやろうと思った所に
『為景君、宗滴君。いま防疫中のはずだよね。どうして此処に居るのかな?』
若い女性の声に
ジジイ共が《ビクリ》と震えた
何処かで聞いた声だな、と思ったら
着物の上から白衣を纏った、知的な雰囲気な美人が其処に居た。
『久し振りだな舞ちゃん。』
『はい。お久しぶり景重君。』
俺の事を景重君呼ばわりするのは、長尾家広しと言えども、彼女だけだ。
彼女との付き合いは長い、糸魚川に居た頃からの付き合いで、割と気安い関係である。
医学局局長・吉田舞、若くして医学局局長を務める、若き天才医師である。
彼女は京で代々医師を生業としてきた家に生まれ、彼女自身もその道を志したのだが、古い考えの父とは折り合わず、男尊女卑の業界にも嫌気が指していた所を、糸魚川時代の蔵田家の求人
『医学に知見有る者募集、やる気が有るなら身分、性別問わず。給金は年30貫より応相談。』
を見掛けそれに飛び付き、家出同然に糸魚川にまでやってきたアグレッシブな女性である。
名前:吉田舞 女
・統率:55/62
・武力:11/25
・知略:95/99
・政治:9/25
・器用:89/95
・魅力:85/91
適性:医学 医術 手術
工房で彼女を見掛けた時、俺は直ぐに彼女に俺の持つ医療知識を彼女に伝える事を決めた。その俺の知識を瞬く間に理解し吸収した彼女は、正に天才である。
俺の持つ不完全な知識から、ペニシリン等の抗生物質の生成から各種ワクチンの開発、重病人の診察、治療までこなす、長尾家が誇るスーパードクター、それが彼女だ。
そんな舞ちゃんに
何故か挙動不審なジジイ共
『⋯うむ。婿殿から急な呼び出しを、受けてな。それで、仕方無くな。』
『うむ!殿の呼び出しならば、何を持っても駆けつけねばのう。そうですな、殿!』
何やら必死に俺に目配せして来るジジイ共
俺は、ジジイ共を呼び出してはいない。
奴等が、勝手に押しかけてきたのである。
どうやら、俺に、話を合わせろ。
と云う事らしい
『ほんとなの?景重君?』
俺は、静かに首を横に振る。
ジジイ共の顔に絶望が浮かんだ。
なんか知らんが、いい気味である。
大方、舞ちゃんは暫くの間、感染症対策で台湾に居た。その時彼女に、散々と迷惑を掛けて頭が上がらなく成ったのだろう。
ジジイ共は舞ちゃんに小言を言われながら、《シュン》としながら帰っていった。
その姿は、母に叱られる、某ジャイアン君の様だ。
うん。戦狂いに効く薬とか、調合して貰うと良いと思うよ。
後で舞ちゃんから聞いた話によると、台湾で宗滴が4回、大殿に至っては5回マラリア等の、感染症に罹患したらしい。
だから、あれ程台湾の山岳部には行くな!
と言って置いたのよ。
俺の忠告も舞ちゃんの注意も無視した結果の、完全な自業自得である。
罹患するたびに、舞ちゃんに叱られながら治療され命を救われ、いつの間にか上下関係が出来上がっていたようだ。
大体、予想通りだ。
因みに大殿の5回罹患は部隊記録だそうだ。
まあ、何にせよ。無事に帰って来てくれて良かったがな。
これで、また春日山も賑やかになる。
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