第50話 決断
1545年(天文14年)7月上旬 武蔵国
「ほ~う。其方の言では、まるで当家に非があると言っておる様に聞こえるが?」
「何なら、武家らしく戦で正否を問うても、当家としては構わんのだがな。」
「我軍の戦の準備は既に整っておる。急ぎ陣に戻り、その事を関東管領様にお伝えするがよろしい。」
「越後より遥々援軍に駆け付けた我らにこの仕打ち、この落とし前はどうつけるつもりじゃい。おぉん。」
「けっ、決してその様な意味で、も、申し上げた訳では……」
強面の武闘派ヤクザさんの事務所に、やむを得ず出前することになって難癖をつけられる、蕎麦屋の店主の姿を想像して欲しい。
そこで想像されたであろう光景と大差ない展開が、今俺の眼前に現れている。
そんな可哀想な蕎麦屋の店主は、小幡 憲重(おばた のりしげ)、関東管領・上杉憲政配下の国衆である。
蕎麦屋の店主を囲む武闘派の方々は、古賀京志郎、柿崎景家、宇佐美定満、小島弥太郎といった、今や日本中に知られつつある長尾家が誇る名将たちである。
そういえば前世でこんな光景見たことがあるな……確か広島辺りを舞台にした任侠映画だったような気がする。
そんな任侠映画の俳優の演技が、まるで大根役者に見える程の追い込みだ。
うん。やはり本職は違うな。
美雪さんもいい加減、キラキラした瞳で
『ヤッちゃっていいよね?いいっでしょ?早く、ヤっちゃおうよ!』
と問い掛けるのは止めてくれ。
いい加減、美雪との付き合いも長い。だいぶ細かい感情まで目を見れば分かるようになってきた。
完全に無駄な特技である。
蕎麦屋の店主いわく、関東管領・上杉憲政の主張はこうだ。
今回戦の構えを見せているのは、扇谷上杉家の当主・朝定だから。家はあなたのとこで揉める気は一切無いから。でもさ、人の家の乱取り、邪魔するのもどうかと思うんだけど。ここはお互い水に流して仲良く北条倒そうぜ。
大体こんな感じだな。
阿呆か。誰が、いつ背後から襲い掛かるやも知れぬ者と陣を共にするか。
まあいい。元々こいつらと陣を共にする気は無かった。
河越を目指したのは通り道ということもあるが
『一応、挨拶位はしとくか。』
程度のものだ。こいつらと一緒だと、落とせる城も落とせん。
史実でも河越城は半年以上も持ち堪えたからな。
一体8万もの軍勢を揃えて、半年も何をしていたんだか。
「皆、静まれ。」
俺の一言で騒がしかった陣に、静寂が訪れる。
「使者殿よ。我等も関東管領殿との約定を違える気は無い。しかし信の置けぬ者と陣を共にするのも御免被る。よって我等は単独で動く事とする。河越の事はこれだけの大軍が揃っておるのじゃ、問題無かろう?よって我等は、北条が居城・小田原城を、これより攻略に向かう事とする。公方様と関東管領殿には、楽しみにお待ちくだされ。そう、伝えておいてくれ。」
俺の目標は端から河越城では無い。
北条の本拠地である小田原だ。
現在、北条の本軍は駿河で今川と対峙中だ。居城の小田原城を護る兵は少ない。
さて、此処からが本番だ。
1545年(天文14年)7月中旬、相模国・小田原
「なんと、まあ!この相模から見る富士の御山も美しい物ですね。中将様。」
諏訪ちゃんが、小田原の街から見える富士の雄大な姿に感嘆の声を上げる。
確かに美しい。その雄大な光景を遮る高層ビルも電線も存在しない。原始に近しい光景だ。俺は暫くの間、近習達とその光景に見惚れていた。
俺達は現在、あの軍神と言われた上杉謙信率いる10万を超える大軍を退け、甲斐の虎・武田信玄の城攻めにも屈せず、難攻不落の城と天下に名を轟かせた、小田原城を包囲中である。
この時代は未だ、総構えという小田原の町全体を囲う様な大規模な巨城では無い。総構が完成されてくるのは、上杉・武田の侵攻以降、その侵攻に危機感を覚えてからの事だ。完成は天正年間、秀吉による北条征伐の直前である。
まぁ、総構が無いからと言って、八幡山の天険を利用し、深い堀と幾つもの曲輪に守られたその威容は、難攻不落の堅城と言って良いだろう。
現に、俺の隣にいる千代が先程から小田原城を見つめながら
難しい顔で『う~~ん。』と唸っている。
攻城法を考えている様だが、良い手が思い浮かばない様だ。
やはり、この城を正攻法で落とすのは難しい。
史実でも謙信は10万の大軍で攻めても、落とせなかったのだ。
とはいえ、今回は少し事情が異なる。
北条の本軍は未だ駿河にいる。
余程、今川家に手を焼いている様だ。
そのため、小田原城に籠る兵は4千程だ。
その数はおそらく謙信が攻めた当時の半分以下の兵数だろう。
この程度の兵数なら、多少の損失にさえ目をつぶれば落とす事は十分に可能だ。
最も俺に小田原城を力攻めする気は端から無いがな。
俺は河越城で使者と面談後すぐに、柿崎景家に騎兵1万を率いて伊豆と小田原へ続く街道の封鎖を命じ、先行させた。
要は、北条の本軍と小田原城との合流、連絡網の遮断が狙いだ。
河越城から小田原城まで約120キロ、騎馬なら二日は掛からない距離だ。
柿崎隊には先行し、長尾家の十八番である強固な防御陣を構築して貰う。
そして俺は、北条方の支城に圧力を掛けつつ悠々と五日掛けて小田原にまで至り、小田原城の包囲を開始するに至った。
小田原に到着した頃にはその兵数は13万を超えていた。
武蔵や相模の北条方の国衆に加えて、河越城の包囲に加わっていた一部の国人衆がこちらに陣変えを希望したためだ。
それだけ旧勢力の権威が揺らぎ、長尾家の権威が高まったという事だ。
俺はその兵力の内7万を小田原城の包囲に、3万を伊豆からの北条本軍への備えに、残る3万を武蔵方面からの北条方の援軍に備えさせた。
俺には今幾つかの選択肢がある。
1つは兵を分け、一方にそのまま小田原城を包囲させ、一方で箱根を越え、今川家と対陣する北条本軍の背後を襲う。一応今川とは不戦同盟の仲だ。充分連携は可能だろう。前後を長尾家と今川家に挟まれる形となる北条家を殲滅するのに、こちらは側は大した被害は出ないだろう。
しかしそれでは北条側に致命的な打撃を与えることなる
出来れば避けたい。
力攻めも同じだ。長尾家と北条家に少なくない犠牲が出るだろう。
さて、そろそろ北条から何らかのアプローチが有るはずだが……
1545年(天文14年)7月中旬 駿河国 長久保 北条氏康
反北条の動きに合わせる形で、俺は駿河の河東地域に侵攻した今川家の迎撃のため、駿河に出陣した。
河越を包囲する上杉方の動きも、勿論気にはなるが、北条勃興の地・伊豆を失えば北条は家臣の信を失い、自壊しかねん。
そう思い、まずは今川家への対応を優先したのだが、やはり今川家は手強かった。
強固な陣を敷き、巧みな指揮により、我軍を寄せ付けない。
なんとか決戦に持ち込もうと挑発しても、乗ってくる気配は無い。
長引けば不利となるのは、こちら側だ。
俺が敵将でも同じ事をする。
こうして、今川に手間取っている間に、忍び頭・風魔小太郎より更に最悪な報告が届いた。
越後の雄、長尾家が上杉方の要請により大軍にて関東に出陣したと。越後の神童率いるその兵力はなんと10万と言うではないか。
関東の上杉方も兵力は8万と称しておるが、それは両上杉家と古河公方が関東中の諸将をかき集めて、やっと揃えた兵力だ。
それを長尾家のみで凌駕するとは、真に恐ろしい国力よ。
『此度は、負け戦か…』
長尾家出陣の報告を受けての感想だ。
今川家と関東連合だけで手を焼いているというのに、そこに長尾勢の10万まで加わるのだ。
もう、どうにもならん。
こうなれば……致し方無し。後は負け方じゃな。
断腸の思いではあるが……そんな決断も、当主なる者は採らねばならぬ。
それが大名家の当主としての勤めであり責務よ。
俺が腹を切るのは構わんが、河越に籠る孫九郎(綱成)と将兵は何としても助けたい。
大事なことは、北条が降る先よな。
古川公方は……あり得ん。北条から嫁を迎えておきながら、あっさりと上杉に唆されおった。
とても、信など置けん。山内、扇谷の両上杉などは公方以上に信じられん。論外だ。
今川家は……関東の連中と比べれば多少マシではあるが……長年河東を巡り争ってきた仇敵だ。
北条への扱いは良い物とはなるまい。
やはり、降る先は長尾家しか無い。
越後の神童と呼ばれる左近衛中将殿は、領内に善政を敷き、民にも慈悲深い大将として知られている。
これまでの戦でも、降った者たちにも寛大に対応しておる。
最も、降った者たちは領地は全て手放させられておったがな。
しかし、その代わりに銭での俸給を長尾家から受け取っておる。
以前より手元に残る収入が増えて、喜ぶ国人衆も多いとの事だ。
土地を手放すことにより、煩わしい税務や政務、軍備の整備等諸々の諸事から解放され、その上に今や日の本一と称される長尾家の直臣となり、戦に怯えることも無く安全に暮らせる。
俺が国人衆なら、喜んで土地を手放し長尾家に仕えるな。
左近衛中将殿の狙いは、強力な中央集権国家を造り上げることだろう。
我が北条も、初代である祖父・早雲以来関東に強力な集権国家を造り上げることを悲願としてきた。左近衛中将殿のやり様は、北条家と通じる物がある。
とはいえ、その方策は北条家よりも二歩も三歩も先んじておるがな。
長尾家に降る……さすれば、北条家も、その家臣、そして民も、そこまで悪い事にはならぬであろう。
長尾家に使者を送らねば。
となれば、俺は暫くここで、今川家の侵攻を留めておいた方が良いか。
長尾家も、伊豆が今川の物になるのは、喜ばぬであろう。
その方が長尾家に、多少の恩も売れる
家の諸城には、城に籠り「長尾家には決して手出しは成らぬ」と厳命しておかねば。
まぁ、10万の軍勢に挑む無謀な者は居らぬであろうがな。
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長尾家、今川家、関東連合軍合わせて20万近い大軍となりました。その数は、秀吉の関東征伐と大差は無い兵数です。氏康さんが降伏の決断に至ったのも致し方無いかと
時系列的には主人公が河越から小田原に向かう最中位です。
此処までお付き合い頂きありがとうございます!
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