A級探索パーティから追放された最弱の探索者、一階層上がるたびに100レベル上昇するスキルに目覚める。〜最強のダンジョンマスターと呼ばれるようになり、元仲間に戻ってこいと言われるがお断りします〜

灰色の鼠

第1話 追放された最弱探索者


「マイルス、君の探索スキルにもう用はない。出ていってくれ」


 『天空の迷宮』という名のダンジョン10階層目に到着したばかりなのに、パーティリーダーのクランツに追放を言い渡された。


 ダンジョンに潜ってから1週間が経過する。

 まともにご飯を食べていないので腹が減ったしヘトヘトだ。

 そのせいかクランツの言葉を冗談半分にしか受け取れず、苦笑いした瞬間。


「笑ってんじゃねぇ! この低レベルが!」


 思いっきり顔面を殴られて、壁に叩きつけられる。

 意識が飛びそうになったがなんとか持ちこたえ、唇の隙間から流れる血を拭う。


「クランツ、お前が俺を見下していたのは前々から分かっていたけど、探索中にパーティ同士の喧嘩はまずい……今は抑えて……」

「言われなくても抑えてきたが我慢の限界なんだよ! ロクにレベルの上がらない君に僕たちがどれだけ嫌気をさしていたのか知らないとは言わせないぞ!? 僕のレベルは60、魔術師のミカイルは55、戦士のラズールは58だ! だというのに君のレベルはたったの10! パーティを結成してから一年が経つのだぞ!?」

「だから昔から何度も言っているだろ! お前らと同じ経験を積んでもレベルの上昇が遅いって! だからこそ、少しでもお前たちの支えになれるようにサポートに徹していたんだよ!」


 そう言うとクランツは数秒間だけ考え込み、しかし納得がいかなかったのか腹を思いっきり蹴ってきた。

 激痛のあまり腹を押さえ、地面に跪いてしまう。

 あまり食べていないからなのか、吐いたのは胃液だけだった。


「ぐっ……ミカイル……クランツを止めてくれ」


 魔道士のミカイルに助けを求めるが、目を逸らされてしまう。

 同じようにラズールにも視線を向けるが、溜息を返されるだけだった。

 どうやら彼らも俺の追放に賛成らしい。


「……レベルが高いのは確かに偉い、でもなクランツ。だからといって、自分よりも低いやつを見下して暴力に走るようなレベル主義者に成り下がるな」


 探索パーティを結成できたのはクランツの投資のおかげだ。

 初期装備、回復薬、小道具、探索に必要不可欠な物を買い与えてくれたのは彼だ。


 あいつは俺のことを嫌いなのは確かだが、俺はそうじゃない。

 できるなら友達になりたかった。


「いい加減にしろ! それ以上喋ったら、この場で切り捨てる!」


 そう言ってクランツは剣に手を当てた。

 あれは本当にやる目だ、ところが俺を切れば”パーティ殺し”の汚名を被ることになるのを理解しているのか、何とか踏み止まっている様子だ。


「君の追放は決定事項で、前言撤回する気は毛頭ない! この先、君と探索することのリスクを考慮しての判断だ!」

「……そうかよ」


 クランツは一度言ったことを曲げない男だ。

 なにを言っても無駄だろうと、俺も諦めることにした。


「分かった、分かったから一度町に戻って俺の脱退の手続きをしよう……」

「はっ、その必要はない」

「は?」

「脱退手続きなら、ダンジョンに潜る前に探索協会で済ませてある。君とはもうパーティではないということだ。よって君はここに置いていく」


 え、聞いてないけど。

 それじゃ、つまりコイツらは俺をこのダンジョンに置き去りにする前提で10階層に到着するまで、だんまり決め込んでいたっていうことなのか?


「……ここで野垂れ死ねってわけかよ」

「ふん、どう受け取るかは君の自由だよマイルス。では、そろそろ出発する。付いてきたら容赦しないから別の道を進んでくれよ?」

「ああ、言われなくても」


 勝ち誇った顔でクランツは仲間達と共にダンジョンの奥へと進んでいく。

 その背中を憤りか哀しみか、よく分からない感情で見つめながら、俺はその場に倒れ込んだ。







 ダンジョンの迷路のような通路を行ったり来たりしてから3日が経った。

 帰り道は覚えている、来た通路を戻れば1週間でダンジョンから出られる。


 俺の探索スキルも周りから見れば万能らしく、隠し部屋を見つけたり罠を解除したり珍しい素材をゲットしたりとかなり便利だ。


 クランツはレベル主義者なので、彼には興味のないスキルだと思うけど。

 問題はそれではない、俺が同じ階層を3日も彷徨っている原因。

 それは魔物だ。


 レベルが低いのは致命的だ。

 10階層の魔物との戦闘は20〜30レベルが推奨とされており、10レベルしかない俺には到底勝ち目がない。


 進みたい通路に魔物がいたら、別ルートを進むしかなくなるわけだ。

 そのせいで、ちょっと迷子になっている。


 食料はあと一日分しかない。

 10階層は洞窟仕様になっているので、食べられるような植物は稀にしか生えおらず、確実に食料を確保するなら魔物を狩るしかない。


「ああ……腹減った。疲れた、眠たい」


 睡眠中は無防備なので、できるだけ寝る時間を探索に費やす。

 探索マニュアルには、こういう状況が最悪のケースと書かれているのを思い出す。


 生存するためには睡眠、食事を十分にとる。

 魔物との遭遇率を減らす。

 後者は守っているつもりだが前者は全然である。


(俺って、本当にここで死んでしまうのか……嫌だな……家族と会えなくなるし)


 通路の壁にもたれるように座り、家族や昔のパーティメンバーとのいい思い出を振り返る。


 ダンジョンに潜るようになったのは5年前。

 一攫千金という誰にでもある夢を持って探索者になった。

 いつか得た資金で王国の辺境の故郷を豊かにして、探索者を引退して家族とまた暮らす。


(タマリ……シュレッツ……クロイ……コレット)


 昔、組んでいたパーティメンバーの名前だ。

 いい思い出は……少なかったような。


 当時の俺は、パーティを雇用するにあたっての相場も知らないペーペーだったので、それをいいことに低賃金で働かされていた。


 後から酒場の知り合いに「お前、騙されてるぞ……」と指摘を受け、パーティに何も言わず夜逃げしたのは、とてもじゃないが良い思い出とは言えない。


 探索協会で脱退手続きをしなければ新しいパーティに加入できないという規則があるのだが、クランツたちのパーティに加入できたのは、きっとその後タマリ達が知らない間に俺の脱退手続きをしてくれたおかげだろう。


 彼らの怒りに満ちた顔が脳裏に浮かぶ、あっちが悪いのだが何も言わずに逃げたことは申し訳ないと思っている。




 結局、なんで他よりもレベルの上昇が遅いのか分からなかったな。

 前世で悪いことでもしたのかな? 世界を滅ぼすような、とっても悪いことを。


 ガコン!


「うおっ!?」


 突然、もたれていた壁が回転して、反対側に押し込まれる。


 勢いで体がひっくり返り、視界が両足で阻まれてしまう。

 多分、誰にも見られたくない超絶ダサい姿勢になっているだろうな、俺。



「なんだ……ここは……?」


 ゆっくりと起き上がり、周囲を確認する。

 上へと続く螺旋階段と女性の石像がある小さな部屋だ。

 もしかして、隠し部屋ではないだろうか?


 いや、隠し部屋ぐらい何度か発見しているので今さら驚くほどじゃないが、普通なら中々手に入らない貴重品や高級品が眠っているはずだ。

 だけど、この部屋には、それらしき物が見当たらない。


「上へと続く螺旋階段……まさか上の階層に繋がっていたりしてな」


 ダンジョンの階層を上がったり下ったりする階段は一つしかないのがルールだ。

 誰が決めたルールなのかは知らないが、探索者全体に浸透しているほどの一般常識である。


“天空の迷宮”は現時点50階層まで攻略されているが、上るための階段が二つ存在する話は聞いたことがない。


「……大発見だ!」


 いや、違う!

 俺が行きたいのは下であって上ではない!

 運が悪いのやら良いのやら、考えてもどうしようもないか。


 隠し部屋ということは何か他に仕掛けがあるのかもしれない。

 上の階層に上がれって意味の隠し部屋かもしれないが、ダンジョンは未だに謎の多い古来の建造物だ。

 一番気になるのは螺旋階段の近くにある石像だ。

 翼を生やして杖を掲げている女性がモデルにされている。


 どなたかは存じ上げないが、触れることで何かが作動するかもしれないので頭、手、背中、杖に触れてみる。

 反応はなかった、どうやらただの石像らしい。


「……ん?」


 石像に触れた手の、手首に知らない模様が浮かび上がっていた。魔法陣のような整ったのではなく、家紋みたいな模様だ。


 まさか石像の影響なのか?

 と思いながら擦ってみるが、消えなかった。


「これが毒か呪いのだったら……まずいな」


 最悪のケースが頭をよぎり右腕を切り落とそうかと考えたが、応急処置に不可欠な医療品を持っていない。


 切断するのはリスクが高すぎる。

 血を流すことで魔物から身を潜めにくくなるかもしれないし、仕方ないが手首の模様は後回しにするとしよう。


 あとは、あの螺旋階段だ。

 11階層に繋がる階段だと思うが、どの部屋にたどり着くのか。


『ボス部屋』という階層で最も強い魔物の部屋に繋がっていたら、間違いなく俺は瞬殺されるだろう。

 部屋じゃなくても罠というパターンも予想できる。


 隠し部屋が全部、探索者にとって都合がいいものとは限らない。

 宝部屋、罠部屋、空部屋とピンキリになっている。


 元の通路に戻る手もあるが、自分をこの隠し部屋に押し込んだ壁を押してもビクともしない。

 外からは動かせられるが、内側では無理なのか。

 背に腹は変えられない、上に進むとしよう。


 一段一段を注意深く踏み、壁に手を当てながら進む。

 魔物が待ち伏せしているのか、行き止まりなのか、他の探索者と遭遇するか。

 どっちに転ぶか分からないが、死ぬか生きるかは神の匙加減だ。


 だけど、もう俺には進むしか選択肢がなかった。



「―――――?」




 上の階層に着いて、気付いたことがある。

 探索者になったときに協会から配布される『ステータスプレート』に異変が起きていた。


 ステータスプレートとは自身の具体的なプロフィールとレベルが記載されている小さなプレートだ。

 ちなみにステータスプレートに書かれている内容は本人の開示許可が無い限り、他人には読むことができない魔術的な仕掛けになっている。


 自分で読めなくなることは滅多にないことだが、なんかレベルだけ読めない。

 まるでインクに水が滲んでしまったかのように数字がグチャグチャになっている。


 しかし、異変がステータスプレートだけではなく体にも起きているような気がした。

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