幼馴染

「やっちゃった・・・・」

 あそこまで言うつもり無かったのにな。

 23時、泣くだけ泣いてようやく落ち着いた私は自室のベットの上で呟いた。


 言った言葉は全て本音だった・・・・でも。

 言いたくなかった。言ってしまえば全てが終る気がしたから。

 はるは鈍感だからなぁ。


 ベットから起き上がり、勉強机の上にある写真盾を手に取る。

 写真盾の中には私の宝物の写真が入っていた。

 中学一年の夏、家族とはると言った海水浴場での写真。

 写真には、はると私と美穂の三人が写っている。

 はるは写真への照れくささなのか頬をかき、美穂は横目で左を見ている。

 私はいつもの様にはるに左腕を組み、右手でピースをしている・・・・

 この日の事は今も鮮明に覚えている。


 私がはるの事を好きになった日・・・・・


 私は月明りしか無い暗い部屋で写真を見つめ、元の位置に戻した。


「んっ・・・」

 暗い部屋で開いたスマホの明かりに目が眩む。

 RAINのアプリアイコンには5件の通知が入っている。

 全てはるからだ・・・・

 はるとのトークルームを開き、はるから送信されていたメッセージを見ないようにしながら、はるとのトークを遡った。


『ねぇ、はる!明日から高校だね!』

『中学の時みたいに七時半に迎えに行くから寝坊しないでよね!』

『へいへい』

 はるからの返信は端的に一言で終わる事の方が多い。

 それでもはるからの送られてきた通知音がうれしくて、いつもスマホを見ていた。

 たまに公式RAINの通知がなって落胆するまでがセット。


『ねぇはる、知ってる?海ってまだ全体の5%しか解明されてないんだって!!』

『海ってやっぱり未知で、ロマンだよね』

『へぇ~確かに深海魚は新種が多いって言うし、ロマンだな』

 こんな話題なんてどうでもいい。


 ただはると文面でも会話がしたかった・・・・


『ねぇはる・・・・えっと海って実は・・・・』

『またそれか?さっきRAINで聞いたって。』

『用がないならわざわざ電話、かけてくんなよ』

 別に話したい事があったわけじゃない。


 ただはるの声が聞きたかった・・・・


『でね、海ってまだ全体の5%しか解明されてないんだって~』

『ふぁぁ・・・・そりゃすげな』

 やっぱり、同じ話しても興味ないよね・・・・はるから話題を広げてくれたらなんて、我儘かな?

 でも、私はどんな会話でもはると登校して・・・下校して・・・一緒に入れる時間が好きだ。


 RAINのトーク画面を見ている内に、他の事も思い出していた・・・・

 もう、寝なきゃ・・・・

 時計は二十四時を回りそうだった。

 明日も学校がある為私はベットに入ったが、浅い眠りだった。


 * * * *


 一人で学校に来たのはいつぶりだろう・・・・

 教室内には私一人・・・・朝練をしている生徒の声は聞こえるけど、あまり眠れなかったからいつも以上に早く登校してしまった。


 ”眠れなかったから”だけじゃない、はるに会いたくなかった。

 どんな顔して話せばいいかわからない。


 一人で学校に来て、はると顔を合わせづらくなった・・・・あのバレンタインの日を思い出す。

 私が私を嫌いになる思い出・・・・頬杖を突き、誰もいない教室で板書の無い黒板を眺め目を閉じる。



 * * * *


 あの日は朝から雪が降っていた。

 久しぶりに見た雪が嬉しくて、直ぐにはるにRAINを送信した。


『はる!外見て!!雪降ってるよ!!』

『・・・・・』

 彼からの返信はなかった。


 まだ寝てるのかな?

 今日はバレンタイン、毎年私からしかチョコを貰えないから拗ねてるんだな。

 昨日だって・・・・


 《バレンタインでもり上がってる男子ってホント寒いわ》

 《どうして自分が貰える側って思ってるのか理解できねぇーわ》

 本当は欲しいくせに、強がっちゃって。


「寂しい幼馴染の為に、今年も私がチョコをあげようかな」

 そう思い冷蔵庫に置いてある昨日手作りし、包装されたチョコを取り出した。


 はるを迎えに行こうと玄関で靴を履いている時にRAINの通知音が鳴った。

『すまん、寝坊した!!悪いけど先に行っててくれ』

 全くはるは、今年のバレンタインも朝一に私のチョコを食べてもらおうと思ってたのに・・・・はぁ。

 私は手に持っていたチョコをカバンに入れ、はるに返信をする。


『本当にはるはだめだめだね、先に行ってるから帰りは教室で待っててよね』

 その返信を終え、私は一人で中学校に向かった。


 初めて一人で歩く通学路。

 今日はカップルをよく目にする一日だな・・・・

 同級生の男女や高校生のカップル達、みんな手を繋いでいた。


 羨ましいな・・・・私も、はると・・・・


 今まではこんな事思わなかったのに、去年の夏から私ははるを意識するようになった。

 可愛い弟くらいにしか思ってなかったのにな・・・・

 去年のバレンタインは言えなかったけど、今年こそは気持ちを伝えれたらいいな。




 学校も終わり皆それぞれに帰宅している・・・・今日は男子の視線が多かったな。

 私のチョコは一つしかないから諦めたまえ、男子の諸君。

 そんなくだらない事を考えながら、はるの教室へ向かった。


「はる、お待たせ!帰ろ」

「・・・うん」


 下校時、何故かいつもよりそわそわした態度のはる・・・・ははーん。

 今年もチョコ貰えなかったんだね・・・・それに今年はまだ私からも貰えてない。

 悲しい思いをした幼馴染の為に、お姉さん特性のチョコを・・・・

 そう思い、カバンに手を伸ばした時はるが口を開いた。


「今日さ・・・・同じクラスの子にチョコ貰ってさ・・・・」

「え?」

 私はカバンに入れた手と共に、歩く足も止まった。


「ど、どうせ義理チョコでしょ?男の子ってなんでも本気に感じちゃうから・・・・こっちも友達として”いつもありがとう”くらいの気持ちしかないのに、渡しづらいっていうかさ」

 そう言う私の口は震え、体は汗をかいていた。


「・・・・”好き”って言われた」

「・・・・」

 私は何も言えずに黙ってしまった。


「ほ、ほらな!俺もたまにはモテるんだよ」

「お前はいつも告白自慢してくるけど、俺の事好きな人だっているんだよ」

 はるはいつも私が告白された事を報告していたせいか、こちらに自慢の眼差しを向けてくる。


「あっそ、それで?付き合うの?」

「どうしようかなぁ、可愛い子だし優しいし」

「俺からもお願いしようかなぁ、なんて」

 はるが告白された話は聞いた事がなかったけど。

 この浮かれ具合的にも本当なんだろう。


「ふーん、あっこれ・・・・」

 私は思い出したかのようにカバンからチョコを取り出し、はるの前に突き出した。

 本当はすぐに渡して食べてもらう予定だったのに、あんな話をされたら・・・・


「ん、さんきゅ」

 受け取ったはるはすぐにカバンに直した・・・・


「ねぇ、今食べないの?」

「ん?まぁ今年は・・・・後で貰うよ」

 いつもはあげたらすぐ食べて感想をくれるのに・・・・


「そんなに嬉しいんだ・・・・私の時とは凄い違いだね」

「そりゃお前のは幼馴染としてだし、こっちはその・・・・”本命”だしさ」

「・・・・幼馴染ね」

 はるは大事そうに私のチョコではない物を持っている。

 その嬉しそうな顔が何故だか分からないが、嫌だった。


「じゃ、じゃあさ・・・・私が本命って言ったら?」

 私の体は熱くなっていた・・・・これは流れでつい言った言葉かもしれないけど、聞いてみたかった。

 はるが私をどう想っているのか・・・・もし、はるも想っていてくれていたら・・・・


「ないだろ、それこそ幼馴染なんだし」

 その言葉は恥じらいもなく、素のトーンで返ってきた。


 勝手に期待していた私が馬鹿みたいだ・・・・


「幼馴染・・・・幼馴染ね・・・・」

「もういい!勝手にその子のチョコでも食べて付き合えばいいじゃん!!!」

 私はその言葉の後にその場から逃げた。

 逆キレかもしれないけど、私にはこの場から走り去る事しかできなかった。

 はるにこの涙を見られたくなかったから。


 その日から数日ははると顔を合わせられなかった。


 * * * *


 教室内が少し騒がしくなった・・・・

 時間は予鈴の三十分前、クラスメイトや他クラスの人達の声が聞こえ始めた。

 私はまだ頬杖を突いたままスマホを眺めていた。


「お疲れ様です!!お嬢!!」

 その声に反応し、窓の方を見ると青崎さんがいつもの様に登校をしていた。

 青崎さんが来たって事は・・・・やっぱり。

 正門付近にはるが見えた。


 青崎さんとはるはヤクザの人たちにバレない様に小さく手を振りあっていた。


「・・・・カップルみたい」

 二人を見つめそう呟いた。

 その場所は私には・・・・幼馴染にはふさわしくないんだんね。

 結局授業が終わっても、五日経っても、はると会話はしなかった。

 目が合っても目を逸らし、何かを言いたそうなはるを無視し避けるようになってしまった。


 * * * *


「はぁ・・・・最悪」

 私はバイト先のカフェのカウンターでそう呟いた。

 もう何も上手くいかない・・・・

 今週は食事会もしていない。当然お父さんとお母さんは心配したが、はるが”忙しい”と言って断ったみたいだ。

 それに今日は私の誕生日。

 バイト先の友達が高熱を出した事で私が代わりに入る事になった。

 熱は仕方がないし、可哀そうだけどこんな状態の私じゃ。


 《橙山さん、コップを割った事は気にしなくて良いから、いつもの様に明るく笑顔で接客ね!》

 店長は調子の悪い私にそう言ってくれたが・・・・ひどい顔だな。


 手洗い場の鏡で見た私の顔はひどい物だった。

 笑えてない・・・・目に光もない。


「こんな顔でお客様を接客なんて、失礼だよ・・・・」

 原因なんて私が一番知っている。


 今日ではると話さなくなって六日目。

 もうはるからのRAINは来なくなった。


 やっぱり・・・・あんな事言わなきゃよかった。

 幼馴染のままいれば、こんな思いもしなかった。

 今日もはるに・・・・”好きな人”に誕生日を祝ってもらえた。



 そう考えていると店の自動ドアが開く。

 今は忘れなきゃ!接客!!

 そう思い顔をあげ、お客様を確認した。


「はる・・・・・」

 目の前には今し方まで考えていた好きな人がいた。


「えっと・・・・その・・・・」

 はるは何故か頬を赤らめ、目を泳がせている。


「香織!」

 泳いでいた目は私をじっと見つめ、はるは言葉を続けた。


「お、俺と今からデートしてください!!」

「え?」

 私はその場で固まった。

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