第三の選択肢

芦屋 瞭銘

プロローグ

プロローグ

 小さい頃、この世界のどこかに宝が眠っていると知った。その宝の名はスィッフ。長い間多くの人が追い求める、伝説の宝物だった。その宝の存在に目を輝かせて、幼い僕はスィッフに関するものなら何だって興味を持っていたらしい。


“明かりを消して”

“音を消して”

“指先をじっと見つめて”


 部屋の時計は深夜零時。家族はもう寝静まっている。数時間前に両親に寝かしつけてもらった僕は、そっとベッドから抜け出して机の前に座った。


「あった」


 暗がりの中、手探りでテーブルクロスをカバンから取り出し机に広げる。その中心に手を置いて人差し指を伸ばした。もちろん耳栓も装着済み。全て準備は整っている。


「あかりをけして、おとをけして、ゆびさきをじっとみつめて」


 友人から教えられた言葉を繰り返す。これはある実験だ。指先に火が灯れば成功。成功した者はいずれ魔法使いになれる。魔法使いになれば、スィッフを探すのに役立つと教えてもらったのだ。


「うーん……」


 何も起こらない指先をしばらく見つめていた。やっぱり火なんて灯らない。飽きてきた僕はテーブルクロスを強い力でなぞり始めた。友人から借りたそれはなかなかに面白い感触をしている。


「いてっ」


 人差し指にビリッと痛みが走る。これはきっと、この間お母さんに教えてもらった静電気というものだろう。僕は痛みから逃げるように、手探りでベッドに潜り込んだ。僕の実験は失敗だと悟った。


 友人も試している頃だろうか。明日結果を言い合うのが少しだけ憂鬱になった。僕ができなくて、友人は成功していたらどうしようと思ってしまったから。僕だけ出来損ないだと思われるのは嫌だった。





「これありがと。なーんにもおこらなかったぁ」

「え、まさかサテ君……本当にやったの?」

 テーブルクロスを返しながら友人に実験のことを話せば、相手は驚いた声を出した。逆に友人はやらなかったのかと尋ねると、昨日は深夜に大きな雷が落ちて停電になり、それどころではなかったらしい。


「あんなに光って大きい音に気づかなかったの?」

「うん。耳栓してたからかなぁ」


 これは僕自身がすでに忘れている記憶だ。その友人の名前も、その出来事すらも、僕の頭からスィッフへの興味と共に、いつの間にか抜け落ちてしまっていた。

 だから僕は知らない。あの日の激しい雷の原因を。小さな僕がスィッフに憧れた理由を。


 スィッフ。それは大昔に存在したとされる、手に入れれば望みはなんでも叶う宝。その存在を知った人間たちは皆、スィッフを探し続けてきた。

 成長した今の僕は別にそんなものに興味はない。伝説の宝に縋らなくたって、僕が望む幸せは僕の手が届く位置にたくさん転がっているはずなのだから。

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