探偵のような傭兵②

「……それは、どういうことだ?」

 我に返ると、アインは身を乗り出した。


「この亡命は、IMOとは別に『X』が関与しているって言ったでしょ? 一つずつ、噛み砕いていこうか」

 フォークを置くと、シキは両手を組む。


「なぜ公女は、俺たちが救出に来るにもかかわらず、シュッツェに変装して、ビエール兵に見つかるように仕向けたと思う?」

 言葉通り、噛み砕くような口調だ。


「……自身に注意を向けるため。あとは城外に誘い出し、警備を手薄にさせるため?」


「正解」と、シキは頷いた。


「おかげで俺とシュッツェは、苦労せずにセルキオまで逃げられた。でも公女自身はどうする?」


「……彼女は死ぬつもりだった」


「そうだろうな。けど、彼女には『X』がいた。それなら話は変わってくるんじゃないか?」


「そうか……」

 はっと、アインは顔を上げる。


「仮に、公女は『X』と逃げたとしよう。でも、熊に襲われて死亡というあっけない結末。違和感が残らない?」

 そう言ってシキは、ヴォルクを見た。


「ヴォルク、公女の遺体の状況は?」


「頭はほぼ、なくなっていたね。顔は判別できなかったけど、体格は女。髪もダークブロンド」


「お前ら飯時だぞ?」と、アウルが顔をしかめる。


「頭がないなんて出来過ぎじゃないか? ビエール兵だって疑うだろう。でも、公女の部屋から切り落とした髪が見つかった。この事実で、ビエール兵の考えは一変したんだ」

 身を乗り出し、シキは人差し指を立てた。


「彼女は兄のふりをして、死を覚悟してまで兄を逃がそうとした。そうすれば、彼女は不慮の事故で亡くなったと断定される。これが公女と『X』が考えたシナリオだ」


「ちょっと待ってくれ」

 アインは、制するように片手を上げた。


「じゃあ、その遺体はまさか──」


「『X』が用意したんだろう」

 シキは、抑揚のない声だ。


死体ダミーを用意して、公女と逃げたってことか」

 ため息とともに、アウルは額に手を当てた。


「筋は通ってる」と、ヴォルクが頷く。


「熊は死肉を漁ることがある。あの辺に死体を転がしておけば、荒らされる可能性は高い」

 皿を洗い場に置き、蛇口を捻った。


「熊はね、意外と内臓は好まない。頭や手足を好むんだ。俺が見たのは──」


「ヴォルク、もういい」と、アウルが割って入った。

 これでまだ喋ろうものなら、口にパンを突っ込むつもりだろう。


「ただ、公女から連絡がないのが気になる。死んだことにしておきたいのかもしれないけど」

 頬杖をついたシキは、テーブルを指で叩く。


「もしかすると、公女は『X』に脅されているんじゃないか? 死体を用意するような奴だ。きっとろくな奴じゃない」

 鼻息荒く、アウルは腕を組んだ。


「それは、今考えても仕方ないか」

 シキは、冷めかけたスープを流し込む。

 グロテスクな会話の直後とは、思えない食欲だ。


「いずれにせよ、公女は生きている」

 声を大きくし、アインの目を見た。


「希望を持てとは言わないけど、心に留めておいてほしい」


「……君は、まるで探偵のようだ」

 力強い言葉に、アインは笑みを浮かべた。


「探偵? 初めて言われたよ。こいつら、俺のことを計算高いとか、狡猾こうかつとか罵るんだよ?」


「それ以外にどう例えたらいいの?」

 すかさず、ヴォルクがけなす。


「ほらね」

 呆れつつも、シキの顔は楽しそうだった。

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