クラスが異世界召喚ってガチ?~奇人たちの英雄譚~

OSOBA

プロローグ

 異世界転生においてよく見る「クラス召喚」というものは、一種の初歩的な思考実験ではないだろうか。つまり、自分の知る存在、および勢力が現状と異なる環境に放り出されたときにどのような行動をとるのか、という思考を育てることは決して無駄ではない。

 というのも、外交や戦略と言ったものはいくつもの想定の上に成り立つものである。確かに「クラス召喚」などという非現実的な現象を想定すること自体は無駄かもしれないが、そこから想定される人格と勢力の行動シュミレーションは日々の生活を送るうえで決して無駄にはならない。つまりは、自分がクラスの中に存在するものについてどのような解釈を行っているのかという事が理解できる。

「クラス召喚」後に人を裏切るような行動が想定される人間というのは、恐らく自分がその人間に対して持っているマイナス印象が表面化したものであることは疑いようがない。


「……という風に思うんだよね」

 僕は、傍らに居る二人の友人「錦 裕也」と「西野 早戸」に向けてそう語った。学校でのテロリズム、クラス召喚などと、中二病的発想に対する理解を深めようという高度な思考実験であったと自負している。

「ラノベ見てそんなこと言うのは、お前だけだよ」

 ……なるほど、確かにそうかもしれない。そんなことを考えていると錦がこんなことを言ってきた。

「仮に別次元に異世界が存在するとして、次元をまたぐのに必要なエネルギーは一体何ジュール必要なんだろうか?」

 ……アインシュタイン曰く、特殊相対性理論によれば「光速に近づけば近づくほど質量は増大し、時間の進み方が遅く見える」のだという。恐らく、素人の考えで申し訳ないが「120キロの快速の隣の新快速が130キロで走っている時、120キロの快速が遅く見えること、そして130キロで走る新快速の方が速度が速いため質量が大きい……」という現象に近いのではないだろうか。

「速度を遅くするだけでも、恐ろしい質量が必要なんだから、とんでもないエネルギーが必要なんじゃないの?」

 魔法にこういうことを言うのは禁句かもしれないが、詠唱一つで、小さな人間の体一つで到底賄えるエネルギー量で無いことは確かだ。

 さらに踏み込んでいえば、世界の法則をエネルギーにしようとすればとてつもない技術が必要となる。即ち、複雑極まる世界の法則を理解し、それを利用しようというのだ、並大抵のことではない。地球人類が原子力を発見したのが19世紀、それを始めて運用できたのが20世紀半ばである。人類10万年の歴史から考えれば、21世紀になったといえども瞬き一つする時間にも満たないかもしれない。

 すると、それまで黙っていた西野が口を開いた。

「核分裂反応でその質量が実現できない時点で、核融合反応の開発を待つしかないね」

 恐らく、核融合反応というものでさえ、それを実現することは難しいだろう。かつて1950年代にアメリカが経験した「アトミックエイジ」でもてはやされたほど原子力の使い勝手が良くなかったように、多くの場合「大いなる力には大いなる代償を」というのはこの世の原則である。

 ここまで大真面目に議論する話ではなかったかもしれない。だが、高校生の他愛のない話題という物である以上、創造という名の思考実験にリアリティを持たせていくことが一番無害だ。

 即ち、人間関係について語り合えば災いばかりだ。好きだろうが嫌いだろうが、人間は基本的に他人にどのようにみられているのかが一番大事らしいのである。ならば、そのことについて何も言わないのが、最も賢い。

 ラブコメディに憧れる年代は過ぎた。今の僕たちには女性との関係を担保する何かは無い。給料、人望、容貌、あらゆるものが不足しておきながら、その不足を許容できる人を探そうと考えるのは、酸素が無いのに生きていける人間を探すようなものである。

 僕らは、ありがたいことに皆一様に無能である。無能であるがゆえに教師を始めとした大人から排斥されず、学校という鳥かごに入れて可愛がられている。国家的な視点で言えば別の思考が必要になるが、この場合はこの解釈でいい。能力がある物は栄達の可能性と共に排斥の可能性を孕んでいる。

 だから無能で、かつほぼ確実に生きていけることに感謝しなくてはならない。



 授業が始めるチャイムが鳴り響くが、案の定というべきかいつもの様に数学の大林先生はまだ教室にすら来ていない。それをみんな分かっているから周囲の席の子達と、適当にだべっている。その様子を確認したら、僕は持ってきていた歴史の本のページを開いた。

 ……次のページが永久にお預けになるとも知らずに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

クラスが異世界召喚ってガチ?~奇人たちの英雄譚~ OSOBA @poriesuten5

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ