第二十二章 Dedication 1/4
「ねえ、爺ちゃん」
僕はそう言ってから、お茶を一口飲んだ。
テーブルをはさんだ向こう側には僕の祖父、武田ギンジが座っている。
「セイジさんは……どうやって死んだの?」
祖母、武田ユミコには席を外してもらっている。久しぶりに逗子市に足を運んだが、今日の目的は家族団らんではない。祖父から話を聞くために、僕はここに来ている。
「あの人は……なぁ……真っ先に他人の事を考える人だった……」
爺ちゃんはテーブルの上で両手を組み、僕の方へと顔を向けた。「その辺は、お前の方が分かってると思うが」
「うん」
僕は頷く。
セイジが自分の事を後回しにして、僕や鴨ちゃんの事を考えてくれた場面なんていくらでもある。僕が殺そうとした相手を、『俺が代わりに殺してやる』と言ってくれた人だ。自己犠牲の権化みたいな人だった。
「爺ちゃんを守って、セイジさんは死んだ……。それはこの前聞いたよ」
「そうだな……マナブが聞きたいのはむしろ、セイジさんを殺した相手の事だろ……? あの、車椅子に乗った黒髪の青年……」
「そう。『I』の文字の人だね」
「『文字』、な……。俺ぁいまだに、夢でも見てる気分なんだ……」
爺ちゃんは自分の右手に視線を落とす。そこにはまるでナイフで刻まれたかのような『G』の文字があった。
「これがあれば、なんでも生み出せる……だっけか。まぁ自分の目で見てなきゃ、とても信じられねぇわな……。何もないところから鎌やら剣やら拳銃やら……」
「僕が……先に説明しておけば良かったんだ。『文字』が何なのか、どうやって使うのか、爺ちゃんが何に巻き込まれているのか……それを最初に言っておけば、こんな事にはならなかった」
あの廃ビルに『転送』された当時、爺ちゃんはこの殺し合いの事をまったく知らなかった。自分が『文字』を持っている事も、今すぐ殺される可能性がある事も知らなかった。
だから、爺ちゃんがセイジさんを守れなかったのは仕方がない。僕はもう、そう割り切っている。
「マナブは……」
爺ちゃんが、僕の左手に自分の右手を重ねた。
「俺を危険にさらさない為に、この『文字』の事を話さなかったんだろ? それなら、お前は何も間違った事はしちゃいない」
「そう……だね」
爺ちゃんを助けようとして取った行動が、セイジさんの死という結果を呼び寄せた。
そんな事考えちゃいけないのに、僕はどうしてもそう思ってしまうのだった。
「あの、車椅子の男はな……」
爺ちゃんは話を戻す。
「自分の事を『無敵』と言っていた……。俺は最初『馬鹿馬鹿しい』と思ったんだが、どうもこれが出まかせじゃないらしい。銃で撃っても、刃物で切ろうとしても、殴ろうとしても、攻撃が全部当たらんで。セイジさんは何度も試してみたが、『I』には傷一つつかんかった」
「『無敵』、で文字が『I』か……。たぶん『Invincible』だね」
「たしか最初、そんなことを言っていたような気がする」
「でも、そうか……。うーん……」
──『無敵』って。馬鹿だろ。小学生かよ。どうやって倒せばいいんだよそんなの。
僕はそんなことを考えながら、「それで?」と話の続きを聞いた。
「それから……車椅子の男がナイフを取り出した。ナイフっつぅか、包丁くらいの大きさでよ」
「うん」
「で、俺に向かって投げたんだわな」
「爺ちゃんに?」
「ああ」
爺ちゃんは頷いた。「当たらなかったがね。ナイフは壁に当たって床に落ちた。で、その時セイジさんが叫んだんだ。『逃げるぞ! 階段の上に!』、って」
「うん」
「俺は、逃げおおせたんだ……。階段に足をかけ、数段上った。それから振り返った。階段の下に、セイジさんが倒れているのが見えた」
「転んだ……? いや、ナイフで脚を切られた?」
「分からん。俺は助けようとして戻ったが、『来るな』と言われ……」
「そのまま、セイジさんは殺された、と……」
「……すまない」
「爺ちゃんは悪くないよ。それに……」
「ん?」
「言いたくないけど……きっと、『I』も悪くないんだ。こんな状況じゃ……」
僕は、『P』とのやり取りで考え方を変えた。
この殺し合いに悪人なんて居ない。皆、必死に生きようとしている被害者だ。
昔鴨ちゃんも言っていた。『この殺し合いでたとえ私が死んでも、私は誰も恨まない』『マナブくんは正義じゃないし、マナブくんの敵は悪じゃない。皆、状況は同じだから』と。
今になって、その言葉の意味が分かる。セイジと鴨ちゃんを失った今になって。
「俺ぁ……警察官として殺人を正当化する事は出来ないが──」
爺ちゃんは、お茶を一口飲んだ。
「お前の言った事は、立派だと思うぞ」
そして、爺ちゃんは右手で僕の頭を撫でた。
*
それから少しだけ婆ちゃんとも話し、僕は2人の家を後にした。
逗子からの帰り道、ふと昔の事を思い出した。それは初めてダイキに会った日の事だ。
ヨシアキと会った日の事は2か月前に鴨ちゃんに話した。カナダから帰って来たばかりで友達も居なく、日本語もろくに話せなかった僕に初めて話しかけてくれたクラスメイト、それがヨシアキだった。
それから僕とヨシアキは一緒に勉強したり遊んだりして仲を深めていった。そんな僕たちの間にさらに3人目が追加されたのが、たしか入学から1か月後だから、5月の事だった。
先生は「新学期に入院していて、入学が遅れた生徒さんです」と紹介した。それが高田ダイキだった。
ヨシアキはさっそくダイキに話しかけた。きっと「入学が遅れたから友達を作りにくいだろう」という気遣いの行動だったのだろう。とにかく、僕とヨシアキはダイキに自己紹介をした。
その時のことを、なぜか今でも鮮明に思い出せる。
僕が「岩橋マナブだ。よろしく」と名乗ると、ダイキは目を見開いて僕の事を見た。そして一言「岩橋……。岩橋……?」と、まるでうわ言のように呟いた。
僕が首をかしげると、ダイキはすぐに「ああ、悪い」と我に返った。そして何事もなかったかのように「俺は高田ダイキだ」と名乗った。
それから僕たちは一緒に出掛けたりゲームをしたり、とにかくいろいろな事を一緒にやった。2か月もしないうちに、僕たちは親友になっていた。
だが、僕の胸にはときどき、あの日の事が引っかかってしょうがないのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます