第十六章 Indisputable 2/5

「──武田ギンジさん……で、よろしいですか?」


セイジは、目の前に座っている老人の前に屈みこんで訊いた。老人は「ああ」と答える。

「えっと、僕はマナブくんの……まあ、先生のような存在です」

「先生……神高のですかい……?」

どうやらギンジは、神高で起きた事件を知らない様子だった。

「あ、いえ。何といったらいいのか……どちらかというと塾の先生ですかね。学校とは関係ありません」

「塾……へぇ。いつもお世話になっとります」

「いえいえ」

セイジはそう言って笑い、ずっと屈んでいるのもあれなので地面に座り込んだ。目の前の老人……ギンジは、うつろな目でじっと彼を見ている。

セイジはギンジに向かってほほ笑むと、「そういえば……警察官、なんでしたっけ?」と訊いた。

「マナブくんに聞きました」

「……ああ。まあ、もうそろそろ定年だで。書類仕事ばっかりだぁ」

「それも大変立派ですよ。……ところでギンジさん、お言葉がちょっと訛ってますね。どこかの方言ですか?」

「これか。これぁ信州だな。ユミコと結婚してからはこっちに移り住んどるで」

ユミコ、というのはマナブの祖母だろう。今、ギンジが家から居なくなっている事には気付いているだろうか。ルールのせいで、警察沙汰には出来ないだろうが……。

セイジは色々と考えながら、今更になって、こんな年齢の老人までもが殺し合いに巻き込まれている、という事実にうんざりした。ただでさえ、さっき下の階で中学生と出会ったばかりだというのに。

「その……ギンジさん」

「おう」

「ご自身の身に何が起こっているのか、理解していますか?」

「あ……この部屋とか……右手のコレとか……」

「そうです」

「いんや……さっぱり……。俺ぁこれから寝ようとしてたずら……夢でも見てんのか、って……」

「……そうですか」


──マナブの言った通り、ギンジは殺し合いの事を認知していない。そうやってずっと黙ってきたツケが、こうして強制的に払わされている、というワケだ……。

セイジは目の前の何も知らない老人を見て、ある種の使命感に駆られた。

それは、ギンジを守る事。俺が一緒に居たのに、ギンジは敵にやられてしまいました、ではマナブに顔向けできない。マナブの幸せを守るためにも、この人は守らなければいけない。

この逼迫した状況で仲間を見つけられた喜びもありながら、セイジは強い覚悟を心に燃やした。


「ギンジさん」

セイジは身体を起こす。

「生きてマナブくんと会いたければ、俺の指示に従って下さい。勝手な行動をすると最悪、死にます」

薄暗く静かな部屋に、セイジの決意だけが響き渡った。

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