第十三章 Perilous 2/9

「マナブ、一緒に食おうぜ。ダイキも」

昼休みに入るなり、ヨシアキがこちらを振り向き言った。僕の正面の席がヨシアキで、僕の右ななめ前の席がダイキである。とても話しやすい位置だ。

「よし、行くか」

ダイキはポケットに手を入れながら、傾けていた椅子を元に戻した。ダイキが真面目に授業を聞いている姿を、僕は見たことがない。


僕らは購買に向かい、5分ほど列に並んでパンとおにぎりを買った。食堂の椅子がすべて埋まっていたので、仕方なく廊下で並んで食べた。

途中、ダイキが焼きそばパンの中身をすべて床に落としてしまい、ただのコッペパンを泣きながら食べていたのは笑った。


12時35分。昼休みが終わり、午後の授業が始まった。

教室に吉田先生──日本史の先生が入ってきて、教科書を開くように指示をする。先生が板書をはじめ、生徒たちがそれをノートに書き写していく。とても、普通の授業だった。

そんな普通の授業は、12時42分に一瞬で終わりを迎えた。


「──えっ……!?」

始まりは、とある女生徒の息を呑むような声だった。それから1秒もしないうちに、液体が床に当たって散らばるような音が聞こえた。

びちゃ、びちゃというような連続した音と、少しして聞こえてきた男子生徒の嗚咽のような声。符号はすぐに合致した。教室の前方に座っていた生徒の一人が、どうやら昼食を吐き戻したようだ。

「あー、あー……」

別の生徒のあきれるような声。確かに、これだけだと昼に食べ過ぎた生徒が吐いてしまい、授業が中断されたに過ぎない。僕もそう思い、「早く授業再開してくれねぇかな」などと考えていた。


僕が、そして他の生徒が異変に気付いたのはその数秒後の事だった。


「おえッ……!」

別の方向から、またえずくような声が聞こえてきた。

顔を向けるとまた一人、今度は女生徒が床に吐き戻していた。まるで、先ほどの男子生徒に呼応するかのように。


「おいおい……」

「どうした?」

教室にざわめきが広がる。そんなざわめきの中また一人別の生徒がせきこみ、近くにあったゴミ箱に吐き戻した。


──食中毒。

僕の頭にあったのはその可能性だった。購買ではパンやおにぎりの他に、外の業者から仕入れている弁当が買える。ダイキやヨシアキ、そして僕になにも症状が無いのを見ると、昼食にその弁当を食べた生徒が「あたった」と考えるのが妥当だった。


しかし、僕のその仮説はすぐに否定されることになる。

5人の生徒が目を見開いて吐き戻している中、今度は大きな音を立てて教卓が倒れた。何事かと思い目を向けると、吉田先生が膝をついて床に倒れこんでいた。目を固くつぶり、痛みに耐えるように歯を食いしばっている。

「……なんだ……?」


──吐き戻していない。他の生徒たちとは症状が違うのか?

思考がぐるぐると巡る。そして、そこで僕ははっと思い出す。生徒の為に用意されたものなので、教職員は購買の弁当を食べない、という事を。

再び、連鎖するように一人、また一人と頭を抱え始める生徒が現れた。見るからに頭痛に苦しんでいるのは明らかだが、発症者に繋がりが見えない。

生徒たちは皆、既に異変に気付いていた。しかし何もすることは出来ず、ただただ友人が苦しみ、吐き続けるのを見ているだけだった。

僕は周囲を見渡した。ヨシアキもダイキも鴨ちゃんもオドオドし、冷や汗をかいているがどうやら大丈夫なようだ。僕もこれといって身体に異変はない。


『…………』

その時、ザザ、という砂がこすれるような音が聞こえた。今度はなんだ、と思って顔を正面に戻すと、黒板の上にあるスピーカーから声が聞こえてきた。


『──竹内先生、竹内先生。至急正面玄関まで。至急、正面玄関まで』


「…………」

──この学校に、竹内という先生はいない。

この放送が不審者の侵入を伝えるものだという事は、生徒の誰もが知っていた。

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