第十一話 Apotheosis 4/6

「アキト……!」

セイジがそう言って立ち上がる。無防備になったアキトは、今度は反対側のポケットに手を突っ込んだ。

「アキト……?」

じゃら、という音を立てて彼が取り出したのは、数多の小さなガラス玉だった。いわゆる、ビー玉だ。


「『Accelerate』」

アキトが呟き、十数個のビー玉を一度に投げた。彼の手を離れたビー玉は一瞬で加速し、重力の影響を受けないほどの速度で投げられた。

数多くのビー玉が鴨ちゃんのバリアに当たってはじかれ、その他のビー玉は僕らの脇を抜けて商店街の店に直撃した。

「やべっ……!」

ガラス玉とは思えないほどの威力で店を貫いたビー玉は、僕らの真横に建っていた果物店を倒壊させた。たまらず僕らは後退し、木や鉄の破片が直撃しないように逃げる。


「都合が良すぎる、朝霧セイジっ!」

僕らとアキトを分断するように倒れてきた建物。その向こう側から声が聞こえた。

「お前と出会ったせいで、俺は少年院にぶち込まれた! お前と出会ったせいで、ユキは自殺まで追い込まれた!」

こつり、という音が響く。アキトが近づいて来ている。

「なのにこの期に及んで『償わせろ』だぁ!? 信じられるかよ!」

「信じられないのは当然だ! でも、それでも信じて欲しい!」

「無理だ!」

「俺一人では無理かもしれない! でも、今はこいつらがいる!」

セイジがそう言って、僕と鴨ちゃんを手のひらで示す。

「こいつらは良いヤツだ! 俺は何度もこの二人に救われた! アキトの事も受け入れてくれる!」

「…………」

アキトは、何も言わなかった。

僕らから5メートルほど距離を取り、壊れた建物の破片の向こうに彼は立っていた。

「こいつらは仲間だ! 俺の、そしてお前の!」

セイジはなおも訴えかける。アキトの表情はまるで変わらないが、落ち着いて話を聞くくらいの余裕は出来ているようだ。


「……仲間?」

アキトは呟いた。

「俺に……仲間なんているのか?」

「ああ! いるぞ、ここに──」

「──じゃあなんで! なんでそれを11年前に教えてくれなかったんだッ!」

びく、とセイジの肩が動いた。

「俺に……ユキに、仲間がいると、どうして言ってくれなかった……!」

「…………」

「なんとか言ってみろよ!」

「……これは」

セイジは、正面からアキトと向き合った。

「これは、11年前のやり直しなんだ。今度こそ、俺はお前を助けたい」

「ユキはどうする! ユキはもう帰ってこない!」

「でもお前はまだ帰ってこれる!」

僕は、そして隣に居る鴨ちゃんは息を吞んで状況を見守った。

「もうこれ以上……! 取りこぼしたくないんだ……! 俺はな、アキト……お前がこうして生きてるだけで嬉しいんだ。11年前にあんな事があって、ユキが居なくなって……一週間前、島津も死んだ。俺は、2人を助けられなかった。……でも、こうしてお前が生きていて、俺が助けられる範囲にいてくれる事がなにより嬉しいんだ……! 今まで誰も救えなくて、でもこうしてお前が目の前にいて……!」

アキトは、一歩前に出た。

「……自分の事は良いのか」

「どうでも良いさ……! 俺はただ、もう二度と目の前で生徒が死ぬのを見たくないだけだ……! もう二度と、生徒が自分の手を汚さないでくれるなら……!」


「──そうか」

アキトは、そう言った。

「自分の事は後回しで、生徒の事を第一に考える……か」

「ああ……!」

「生徒が死ぬのは、もう御免か?」

「そうだ……! だから、頼む……!」

セイジはそう言い、頭を下げた。深々と、ありったけの誠意を込めて。


「──朝霧セイジ。俺を見ろ」

ふと、声が聞こえた。アキトの、やけに落ち着いた声。

「顔を上げろ」

セイジは言われた通り、顔を上げた。


そこには、自分の首元にナイフを当てた灰原アキトの姿があった。



「アキっ……!」

「朝霧セイジ。俺は──」

灰原アキトは、ナイフに力を込めた。


「──僕は、アンタの事が、大っ嫌いだ」

ナイフは、アキトの首を切り裂いた。

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