第九話 Viper 5/8
2013年、冬。
「──先生、お願いです。これはいじめなんて次元じゃない。殺人未遂です」
アキトの顔の傷が全て塞がった時には、もう既に冬になっていた。彼は自宅に自分の担任を呼び、自分とユキが受けた暴行のすべてを洗いざらい話した。
「そう……か……。まさか、そんな事が……」
アキトの担任は、朝霧セイジという男だった。彼はアキトの相談を全て受け止め、「明日、島津ともちゃんと話してみるよ。気付けなくて、ごめんな」と言って家を出た。
ユキはすっかり自分の部屋に引きこもるようになってしまった。アキトも、一か月以上学校に行っていなかった。
その相談から一週間が経ったのち、アキトの元に担任から手紙が届いた。内容はこうだった。
『島津は自分のした事を認めた。ただ、アキトに暴行を加えたという島津以外の三人の事は一切喋らなかった。ユキのところに居たもう一人の男についても、口を割らなかった』
そしてその連絡の最後に、こう書かれていた。
『島津は、本当に申し訳ない事をしたと言っていた。反省してる、とも言っていた。今度アキトに会った時、謝るチャンスをくれと俺に頼んだ』
「…………」
アキトはこの連絡を読んだ時、思わず手紙を握りつぶしかけた。クソ食らえ、と思った。こんな手紙、何の解決にもなりはしなかった。
アキトはこの時、朝霧セイジに失望した。それと同時に、島津への怒りも募るばかりだった。
*
2014年、春。
アキトはこの春から学校に復帰した。クラス分けはセイジの計らいで島津と別々にしてもらい、何とか登校を再開した。
地方の学校だったので教員も少なく、三年生になっても担任はセイジのままだった。
それからは普通の日々が続いた。ユキはまだ学校に来ていなかったし、廊下でたまに島津とすれ違うこともあった。でも、アキトは毎日学校に通い続けた。
単位が必要だった。父のいない貧しいアキトの家庭の為に、彼は高校を卒業したらすぐに上京すると決めていた。そのために留年はおろか、一つたりとも成績を落とす訳にはいかなかった。アキトは、弁護士になりたかったのだ。
昼は学校、夜と朝は家の手伝い。その合間を縫って、彼はなけなしの小遣いで買った専門書で司法を学んだ。今はまだぼんやりとしているその夢も、いつかきっと叶えてみせる。彼は挫けそうになった時、いつもそう自分に言い聞かせていた。
2014年、夏。
アキトは体育祭当日、仮病で学校を休んだ。運動は、すっかり嫌いになっていた。
2014年、夏。
自宅で勉強をしていたアキトの元に、とある連絡が届いた。
内容は、ユキの急逝を知らせるものだった。
自分の部屋で首に縄をかけ、彼女は自ら命を絶った、とアキトは聞かされた。淡々と話すユキの両親に、アキトは繰り返し『どうして、どうして』と訊き続けた。
ユキの両親は口を堅く閉ざし、決して、ユキの胎内に育っていたもう一つの命について話さなかった。それを言ってしまったら、今度はアキトの精神までもが狂ってしまう、という事を分かっていたからだ。
それから3日後。アキトは登校すると、真っ直ぐに隣の教室へと向かった。
窓際に島津を見つけ、彼は大股で近づいて彼の胸倉を掴んだ。
「──お、なんだよお前」
呑気にそう言って笑う島津に対して言葉すら返さず、アキトはそのまま彼の身体を押し続けた。
「あ、そういや兄貴から聞いたぜ。アイツ処女だったんだってな。ヤってなかったのかよ、この意気地なしが」
「…………」
押した。ただ一心不乱に。
「あ、おい、おいちょっと待──」
窓枠を必死に掴んだ島津の指を殴り、アキトはそのまま島津の脚を持ち上げ、窓から投げ捨てるように、彼を落とした。
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