第八話 Ash 4/6

翌日が休日だったので、僕らは再び横浜市で集合した。

横浜駅から歩いて10分。駅の喧騒が少し落ち着いてくる、そんな小さな路地に、『エネCafe』という喫茶店がある。僕と鴨ちゃんは午前11時30分、セイジとそこで落ち合った。


「よ、久しぶり」

「五日ぶりくらいですかね」

「まあ座んなって」


僕はセイジと向かい合う形でテーブルに座る。鴨ちゃんは僕の隣に、当然のように座った。


「相変わらず仲良いな」

「まあ……命を預け合ってるワケですし」

「ホントにそれだけか?」

「それだけじゃないですよ」

鴨ちゃんがそう言って、僕の腕に自分の腕を絡めた。「マナブくんは私の生きる理由なんです。生まれてきた意味なんです」

「はは」

セイジが笑い、僕の肩に手を置いた。「アツアツじゃねぇの。いつからそんな関係になった?」

「いやぁ……」


──いつから、と言われても、僕には分からない。一体いつから鴨ちゃんはこんな風になったんだ?

まあ、強いて言うなら僕が横浜を案内した日から、だろうか。あの日から彼女はずっと僕と一緒にいる。もちろん、悪い気は全然しない。むしろ嬉しい限りだった。


「──ま、それは置いといて、だな」

セイジはそう言い水を一口飲んだ。いつの間にか、真面目な表情に変わっている。

「こっからは大事な話だ。……ま、と言っても昨日のメッセージがすべてなんだが」

「……『A』が……今横浜にいる、って……」

「そう。昨日『Search』で調べてみたら、なんとびっくり小田原からこっちに向かって来てるじゃねぇか。って事で、慌ててお前らにメッセージを送った、ってワケだ」

「Search、ですか」

「ああ。毎晩使って、他の参加者の場所を調べてる。どうせすぐ文字はリセットされるしな」

「なるほど……」


──相変わらず便利な文字だ。『S』だけは敵に回したくないな。


「……それで? 『A』は今どこに?」

「横浜ブリーズホテル。昨日チェックインしたみたいで、今もそこに居る。部屋番号も一応分かるが……」

「が?」

「さすがにホテルだしな。殴り込みというワケにもいかんだろ」

そう言い、セイジは椅子に深く腰掛けた。かと思うとテーブルの横に手を伸ばし、メニューを僕らに手渡した。

「ってことで、『待ち』だ。『A』が動き始めたら俺たちも動く。好きなもの頼んで良いぞ」

「いや、ちょっと待ってくださいよ」

僕は思わず手を伸ばし、メニューを押し付けてくるセイジの手を止めた。「動く、って、どういう意味ですか」

セイジは自分の首を指さし、そのまま横に動かした。

「Aを倒す──いや、殺す」

「…………」


ごく、と僕が生唾を飲む音がテーブルに響いた。鴨ちゃんも、同じような反応をした。

「十中八九、『A』は、小田原市の連続殺人犯だ」

セイジはそう言い、僕らの表情を窺う。

「……なんとなく察しはついてた、って顔だな」

「まあ……はい」

「……なあ、マナブ。『文字』を使って、他の『文字』を持ってるヤツを殺すのは、仕方ない事だろ? だって、殺さなきゃ、自分が死ぬかもしれないからな」

「そうですね」

「でも、『文字』の事すら知らない一般人を殺すのは卑怯だと思わないか? それが『文字』の悪用でなくて、一体なんなんだ?」

セイジは自分の右手の甲を、左手でさする。

「『文字』は……言ってみれば、核と同じだ。強大な力だが、強大過ぎるがゆえに誰も使えない。使ってしまえば、他の核所持国から攻撃されるからな」

僕は何も言えず、ただうなずく。

「『文字』も核も、他のヤツらから身を守るために使われるべきだ。今『A』がやってるのは、核を持っていない国に対して、核爆弾を落としているのと何も変わらない」


セイジは手を組み、テーブル越しに僕らに頭を下げた。

「だから、マナブ、鴨川。お前らに頼みがある。俺の手伝いをしてくれ。俺に……『A』を殺させてくれ」


僕は、何も言わず、ただセイジの右手に自分の右手を重ねた。

鴨ちゃんも、セイジの左手に手を置いた。

セイジが顔を上げる。僕も鴨ちゃんも、彼と視線を合わせて、静かにうなずいた。


時刻は12時05分。まだ太陽がさんさんと降り注ぐ、真夏の正午だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る