第七話 Emancipation 8/8

「『Death』……『Death』……『Death』……」

鴨ちゃんが指をさしたキャラクターが次々と倒れ、光になって消えていく。

1分もしないうちに、僕らを囲んでいた兵士たちは全員、消滅した。


「……はぁ……」

「えっと……鴨ちゃん……?」

「あ、あ……はは……。上手くいった……」

鴨ちゃんはこっちを向いて苦笑する。僕はただ困惑するばかりで、

「えと、なんで?」

と訊いた。

「マナブくん、ルール、覚えてる?」

「まあ……なんとなく」

「『文字』は、自分以外の参加者に対して使用することは出来ない──かなり大事なルールだよね。これのせいで、一瞬で決着がつくのが防がれてる。例えば……『Death』みたいな単語ね」

「ん……あ。あ、そうかっ!」

「そう。あのキャラクターたちは『参加者』じゃない。つまり、文字を直接使える対象、って事。参加者相手なら使えない『Death』って単語も、こういうイレギュラーなら使える」

「へ、ぇ……」


鴨ちゃんの機転に救われたのは確かだ。僕はまた、彼女に命を救われた。

しかしその一方で、敵を順番に指さして「Death……Death……」と呟いている鴨ちゃんは、正直ちょっと怖かった。最後の数人はもう「DeathDeathDeath」みたいな感じで流れ作業で片づけてたし。


「……大丈夫?」

「あ、うん。大丈夫……」

「まあ何はともあれ、あとはセイジさんを待つだけ……っとお、噂をすれば」


振り返ると、セイジが階段を下りてきていた。あちらも仕事が終わったのだろう。

「一件落着だ」

「お疲れ様です。大丈夫でしたか?」

「ああ。慎重に立ち回っていたヤツだったが、本体は弱かった。奇襲してからはあっという間だったよ」

セイジはそう言いながら、少しうつむいた。心なしか、彼の口調もいつもと違って弱弱しい。

「……どうか、したんですか?」

「ああ、いや。大したことじゃない。ただ……」

「ただ?」

「こんなクソったれな『文字』なんてなけりゃ、アイツとも仲良くなれたかも、って、そう思ってな」

「アイツ……『E』ですか? 何があったんです?」

「いんや、なにも」

セイジはそう言って笑う。「やっぱ、深夜アニメをリアタイ視聴しねぇヤツとは仲良くなれねぇわ」

「…………?」



そうして僕ら三人は、廃ビルを後にした。


僕が『Machete』と『Mattress』と『Multiply』。

鴨ちゃんが『Defence』と『Dummy』と『Death』。

セイジが『Search』と『Scythe』と『Silence』。


全員が『単語』を三個使うという、かなりの大勝負だったが、最終的に勝ったのは僕らだ。

後で『ルール』を確認したが、『E』の文字はちゃんと消えていた。これで無くなった文字は5個。僕らを入れて残り21の文字が残っている。


「僕ら三人と爺ちゃんを抜いて、残り17……」

「ま、気長に行こうぜ。今日はとりあえず寿司だ」

「え、何がですか」

「戦勝祝いだよ。俺のおごりだ」

「おぉ! セイジさん、太っ腹ぁ!」


僕らは、もうすっかりオレンジになってしまった空の下を歩く。右手の甲に目を落とすと、そこには痛々しい「M」の文字が刻まれている。

この文字のせいで、命を何度も落としかけた。

でも、この文字のおかげで、僕は今この人たちと一緒に居る。


感謝なんて、絶対にしたくなかった。でも、心の奥底で、僕はあの平凡だった日常に風穴が空いた気がしていた。文字に感謝はしない。でも、この二人に会えた事には心から感謝したいと思う。


これから、どんなことに巻き込まれようとも。

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