第二話 Knave 2/7

おあつらえ向きな地形はすぐに見つかった。駐車場の一番奥、壁に沿ってT字に道が開けている場所だ。

道は左右に伸びている。右に曲がると行き止まりで、左に曲がると学校の裏門に続く道に繋がる。裏門を出ると、すぐ近くのショッピングモールの裏に出るはずだ。逃げ道としては恰好だった。

しかし、同じ学校で過ごしている以上、伊藤もこの裏門の存在を知っているはずだ。僕の方が負傷している分、単純に逃げるだけではそのうち追いつかれてしまうだろう。

僕は行き止まりの道を見て、左の道を見てから、右手を強く握りしめた。


右手を身体の前に突き出し、足元に溜まった血だまりと、自分の左脇腹に意識を集中させる。強くイメージを固め、僕は呟く。


「──『Mislead』」


…………。

……上手くいった。

あとは伊藤を罠にかけるだけだ。


僕は小さく息を整え、右の道──つまり、行き止まりの道へと歩を進めた。



「岩橋ぃ。鬼ごっこもかくれんぼも終わりだ」


ナイフの刃をかちかちと鳴らしながら、伊藤が現れた。

伊藤はゆっくりと歩きながらT字路に足を踏み入れる。僕はそれを、車の陰で息をひそめながら見ていた。

伊藤は道を進んでくる。少しうつむき加減なのは、僕の血痕を追って来ているからだろう。


──頼むぞ……。

僕は祈った。左の腹に刺さったナイフを強く握り、ただただ神に祈った。


伊藤は歩を進める。

僕の血を追って、どんどんと道を進み、そして──。


──彼は血痕をそのまま辿って、「左の道」へと進んだ。無防備な背中が晒される。

『今だ』

僕は車の陰から飛び出し、そしてそのまま、腹に刺さっていたナイフを引き抜く。蛇口をひねったみたいに腹から血が吹き出たが、歯を食いしばって我慢した。そしてそのまま、伊藤の背中にそのナイフを突き立てる。


「がっ……あ……!」

伊藤は一瞬目を見開き、近くにあった車にもたれかかったが、すぐに顔を上げて振り返った。

しかし、その時にはもう僕は走り出していた。血まみれの脇腹を押さえながら、伊藤が今来た道を全速力で駆け抜けていた。


──やった。やった、やった。

そう思った。


──成功した。

そう思った。


そんな喜びもつかの間。

僕は何かに足を取られ、身体のバランスを崩した。


「えっ」

受け身をとる暇もなく、僕は顔から地面に倒れこむ。左脇腹の切り傷が地面とこすれた。僕は激痛に歯を食いしばる。

すぐに上体を持ち上げ、辺りを見渡す。背後から伊藤が迫ってきているのが見えた。涙が出そうなくらい痛む腹を押さえ、僕は立ち上がって再び走った。血が少なくなっているのか、頭がクラクラした。


走っている途中、右の靴が脱げた。しかし拾っている暇は無い。僕は靴を脱ぎ捨て、よろけるように走った。その時、『さっきは靴紐を踏んだから転んだんだ』と気付いたが、今となってはそんな事どうでも良かった。


突き当りの角を、滑り込むようにして曲がる。

そして伊藤に追いつかれるまでの数秒のうちに、僕は近くにあった大型車の陰に隠れた。

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