Re:ze

白銀隼斗

第1話 Re:初動 (表紙絵あり)

表紙

https://kakuyomu.jp/users/nekomaru16/news/16818093079192516424



『見てください! あそこに人影が!』

『被害は拡大中! 宇宙空間への避難を!』

『え?! 転送装置が壊れた?!』

『ああ......お許しください、お許しくださいお許しくださいお許しくださいおゆ』





 二千百年、JAPAN。旧・TOKYOにある地下空想研究施設にて一人の少女がつまらなさそうにしていた。

 ぷらぷらと片足を動かし、慌ただしく動く大人や自動人形を眼で追った。

「ナアお前」

「なあっテ」

「オイ!」

 耳元で叫ばれ、びくっと身体が震える。眉根を寄せながら視線をやった。

「なにヨ」

「なによじゃねエよ」

 同じ年頃の、いかにもワルガキといった男の子に対し、少女は素っ気ない態度で接した。

「お前、前回もいたヨな」

「それがどうかしたノ」

 頬杖をつきながら返す。どこかで自動人形が転んだようで、舌打ちと苛立った声が聞こえてきた。

「前回は簡単な奴だったけど、お前落ちたジャン」

「デ?」

「今回は人型だゾ。なんで落ちるって分かってて参加してんだ?」

 答えなかった。生意気な態度に少年はむっと顔を歪ませた。

「まあ、今回は俺が超合格してやるケドな!」

 どんっと胸を張りながら言う。

「アソ」

 どうでもいい。そう言いたげな少女に少年は溜息を吐きながら座った。

『番号・六百二十、入りなさい』

 人工知能の声に呼ばれ、少女は開かれた扉の先に向かった。そこには質素な椅子と机があるだけだ。少女は座った。

『適合検査を開始します』

 淡々とした声が響いたあと、机のうえに立体写真(ホログラム)が現れた。ちらちらと乱れが入っている。札が四枚、少女は慣れた様子でうち一枚に触った。

 指が少しめり込み更に乱れる。

『立体写真には優しく触れてください』

 眼ざとい。少女は小さく舌打ちしながら手を引いた。

 順調に検査は進み、終了した。次の段階に移る。ここからが本番であり、心臓がどくどくと波打った。

『空想生物を投入します』

 机を挟んだ反対側の壁が動き、職員に連れられて一人の人間が入ってきた。全身を黒い衣装で包んだ、すらりとした綺麗な人だった。

『名前はリゼ。六百二十、挨拶をしなさい』

 ただ無表情で、黄色い瞳はなにを考えているのか分からない。自動人形の方がまだ人間味がある。

「ア、えと......こんにちは」

 恐る恐る挨拶する。リゼは無表情に口だけを動かした。

「こんにちは」


 旧・TOKYOの西側にある大型集合住宅に少女は住んでいた。ごちゃっとした室内で、自動人形による清掃が定期的に行われても、すぐに元の雑多な部屋に戻ってしまう。

「TIYOKO、またこういうのが届いていたけれど」

 ポップでキュートな部屋には似合わないリゼが、正座をしたまま消しゴム程度の大きさの機械を見せた。少女、TIYOKOは靴下を履きながら振り返った。

「ああ、ソレ、ただの詐欺広告だから捨てていいわよ」

 とんとんっと軽く跳びながら履き終えると、丁度自動調理装置がちんっと音を鳴らした。

 詐欺広告と言われつつも、リゼは側面にある赤いボタンを押した。立体写真の映像版がにゅいっと出現し、若干音割れした音声と共に広告が流れ始めた。

「最近多いのヨ。見分け方があるっていうけど、未だに引っかかってブン投げるわ。それはまだ分かりやすいほうね」

 装置から取り出したほかほかのプレートを机に置く。スクランブルエッグの乗ったトーストと、揚げたてのポテトが少々。マグカップをそれぞれ置いてから座った。

「ほら、食べるわヨ。今日は例の施設に行かなきゃいけないから。あそこの職員嫌いなのよね」

 トーストを口に運ぶ。軽い音が鳴った。

 リゼは詐欺広告を見終えたあと、そっと機械を置いてから手を合わせた。

「......それって、昔の風習? だよネ」

 口の端にマヨネーズがついたまま問いかける。リゼはややあってポテトを摘んだ。

「今はもう、やっていないのかい」

 相変わらず人形よりも人形らしい表情に肯く。

「だって殆ど人工だから。命に感謝とか、ないでショ」

 軽く笑いながら答える。リゼは眼を伏せたままポテトを齧った。

「ちょっと! アタシが先だったンだけど!」

 地下空想研究施設へ向かう為、TIYOKOとリゼは公共の自動運転車を捕まえた。然し横からがらの悪そうな男が二人、割り込んでくる。

「ハア? 予約しといたやつなんだけど。なあ?」

 大柄な男が立ちはだかり、上から睨みつける。もう片方が自動運転車、通称自タクに向かってごそごそとやっているのが見えた。

「おん。予約しといたやつ。ナ?」

 最後に振られた自タクの人工知能が、『ハイ』と答えた。TIYOKOは肩を落として上を見ながら「あ゛ー」と声を出した。

「眼の前で改変(ハッキング)しといてなに言ってんのヨ! ってか自タクの改変って法律で禁止されてるけど、大丈夫なのかしら」

 腰に手をやって顎を突き出す。だが男達は引き下がらない。それどころか少女の胸ぐらを掴んだ。

「チョ、セクハラ! 痴漢!」

 通る声で喚く。然しこの街で助けてくれる人なんかいない。空想飼育員なら尚更だ。

「テメェもさっきから何見てんだヨ!」

 細身の方がリゼに近づく。TIYOKOが慌てて止めようとした。

「ダメ! そいつに触らない方がイイ!」

 指が彼か彼女か分からない人物に触れた瞬間、雷に直撃したように一瞬にして丸焦げになった。ぱたりと倒れると黒い粉が散る。

「ハア、だからダメって......」

 TIYOKOはそう言いながら懐から低刺激の武器を取り出し、ぐっと相手の腹に押し付けた。小さな針が出た瞬間、強制的に身体の力を奪われた。

 崩れ落ちる男を見下し、電源をきる。

「お、お前......飼育員だったのかヨ......」

 思うように身体が動かない、気味の悪い感覚に顔を歪めながら言った。

「そうヨ。最初から分からなかった?」

 少女の言葉に答えたのはリゼだった。

「TIYOKO、証をつけていないよ」

 黒い指先が彼女の胸元を指した。それにあっと声を漏らす。武器を片付けながら証を取り出した。

「ゴメ〜ン」

 自タクの静かな走行音に外を眺める。流れていく景色は雑多で、朝から殴りあっているごろつき達もいた。

「......リゼってさ、どこから来たノ?」

「今より古い時代」

「どのグライ前?」

「人間の創った時の流れに私は興味がないから、どのぐらいと言われても分からない。ただ勝手に走る乗り物はないよ」

「ふうん、不便ソウ」

「先を知らなければ不便とは思わない。文明が発達し繁栄する事は喜ばしい事だが、各々の時代で最先端とされるものは総じて好きだよ」

 相変わらず表情は陶器のように変わらない。TIYOKOはふうんともう一度言って、視線を外に戻した。

「元の場所に戻りたイ?」

「私にとって元の時代も一瞬の事だよ。どこのどの時代に行こうが変わらないし、使命も変わらない」

 リゼの答えに「無機質だナア」と呟き、自タクの人工知能に曲をかけるように言った。電波系のマイナーな曲が流れ始める。誰かが改変で記憶させたのだろう。

 研究施設に降りる専用昇降機の前で停車し、電子通貨を人工知能宛に送金した。降り立つと自タクは客を探しに走り出す。

「ハア、気が重い」

「今日は君は何もしなくていい、そう聞いたけれど」

「施設の職員を見るのと、人工知能の声を聞くのが嫌なのヨ」

 はあともう一度溜息を吐き、昇降機に乗り込んだ。

「......スッゲー暇」

 死んだ魚のような眼で頬杖をつく。今回はリゼ自身の実験、検査でTIYOKOは最低でも二時間ぼーっとする必要がある。

 空想空間にでも逃げるかな......そう視線を巡らせた時、ふわっといい匂いがした。小さな机にことりと缶ジュースが置かれる。

「久しぶリ、TIYOKO」

 顔をあげる。そこには柔らかく微笑む、黒髪の綺麗な少女がいた。TIYOKOの二つ上で、長い黒髪に対抗するように真っ白な白衣を着ていた。

「ワ、ワア、KIRARA!」

 がたっと立ち上がる。それにふふふと笑った。

「そんなに嬉しいノ。アタシと再会できたこと」

「そ、そりゃあ、モウ......!」

 わなわなと手が震える。元々大きな眼を丸くしてじっと見つめてくる彼女に、KIRARAは一歩前に出た。鼻先が触れる。

「成長してンじゃん」

 愛撫するように胸を触る。黒髪から漂ういい香りと、誘う赤色の眼に唾を飲み込んだ。

「オイ、KIRARA」

 然し声をかけられ、離れると振り向いた。ふわりと舞う。

「MASARUさんが呼んでンぞ。また失敗したらしい」

 男のぶっきらぼうな言い方ににこっと笑い、「わかりましタ」と答えた。男が去っていったあと、TIYOKOに向き直る。

「今夜、私の部屋に来てヨ」

 じじっと彼女の住所が送られてくる。

「う、ウン! 行く」

 肯きつつ地図に記された住所をお気に入り登録し、鍵をかけた。こつこつと踵を鳴らして去っていく後ろ姿を眺め、熱くなった首筋を撫でた。

 尻を突き出して頬杖をつく。硝子越しにリゼの様子を見つめた。

 かなり強力な雷の力を使えるようで、電子機器を暴走させたり、弱い電流にしか耐えられない玩具を動かしたりと、細かく調節し扱う事も出来る。また実験用人工知能を電流だけで支配し、組み込まれていない言語の言葉を喋らせる事も出来た。

 その際一瞬だけ、不可解な言語による言葉が流れた。すぐにフランス語に変わったが、勿論しっかりと記録された。

 完璧な人型というだけで珍しく、予定よりも時間がかかった。TIYOKOが空腹感でへなへなになりはじめた頃に解放され、すぐに昇降機に向かった。

「ここにも食堂はあるらしいけれど」

 へなへなと揺れる少女を一瞥する。

「イヤだあ、施設の職員に囲まれながら食べたくないわヨオ」

 そんなに嫌いなのに、どうして空想飼育員になったのだろう......リゼは少女が道端でくたばらないように気にしながら、後について行った。

「今夜は一人で帰ってほしいンだけど......」

 肉厚なステーキが三枚重ねられたプレートと採れたて野菜のサラダ、更に大盛りの白米。既にステーキは一枚減っており、リゼはチョコまみれのどデカいパフェをつつきながら答えた。

「構わないけれど。もし何か私が起こして責任を問われるのは君だよ」

 TIYOKOが注文したもので、リゼへのご褒美だと言っていた。ご褒美だのなんだのが通用するとは本人も思っていないが、感覚的にはペットの犬に犬用のバースデーケーキをやるようなものだ。

「アンタは何もしない。信用してるワヨ」

 口の周りを汚しながら肉を吸い込む。大食らいな彼女を見つつ、甘ったるいチョコクッキーを崩した。

 TIYOKOとは店先で別れ、リゼは一人で帰路についた。時々空想生物が飼育員から離れてうろうろしている事があるから、特に問題はない。ただリゼの場合、雰囲気や気配を除けば普通の人間に見える。

 治安の悪い街の夜に何も起こらない方がおかしい。

 TIYOKOは脳内に響く音声案内に従って一つの宿に行き着いた。受付でKIRARAの名前を出すと五百五号室を言われた。

 五階の奥の方にある一室だ。解錠されドアノブに手を伸ばした。するとそれより先に扉が開き、ぐっと腰を引かれた。

 熱いキスが交わる。KIRARAは所謂両性であり、二つの性器を持つ。恋愛対象は女だから凸の方ばかりを使っていて、もう一つは使った事がない。

 二人が熱い抱擁を交わしているあいだ、リゼは案の定絡まれていた。無視をして立ち去ろうとする、だが腕や肩を掴むのがこの街のチンピラ共の礼儀。

 ここで感電させて殺せばTIYOKOが責任を問われる。まだ十七歳の彼女にはキツいものだ。リゼは毎朝毎朝飽きもせずスクラブルエッグを食べる彼女を思い、力をなるべく抑え込んだ。

 ぐっと腕が引かれ、耳飾りが揺れる。相手はにやにやと何かを言っているが、理解不能だった。

 それもそのはず、相手は暗号化された言語、通称【餡子】を使って喋っているからだ。大体の人間は頭が機械化している、【餡子】は直接脳に伝えられ普通の言葉よりも影響が強い。

 だからこういうがらの悪いのは【餡子】を使い、相手を動揺させたり洗脳したりする。だが勿論リゼは人間ではなく、空想生物だ。機械化以前の話。

「......申し訳ないけれど、私には君達の言っている事が理解出来ない」

 生きているようで生きていないように見える顔は、この世界ではある意味普通だ。わざと皮膚や筋肉を剥いで人工物を縫い付ける奴は多く、リゼもそのうちの一人にしか見えない。

 TIYOKOから貰った時計を一瞥する。立体映像で表示された時刻に少し力を出した。瞬間、強めの静電気が走る。

 何も言わずさっさと視線を外して背中を向けた。チンピラ達は怒鳴って銃を出したが、腕を掴んでいた奴が止めた。

 死なない程度の電流に含まれていたのは、リゼからの忠告だった。脳みそまで機械化している彼らに流すのは簡単なことだ。

 電流を流された一人が怯えた様子で身体を震わせる、銃を出した仲間達は顔を見合わせた。

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