Chapter2 前進基地襲撃

第4話 色狂いの駄犬

「はぁっ、はぁっ……可愛い……可愛いよ私のレイヴン……無防備な顔面美味しい……」


 ハウンドが、犬フェイスの頭部パーツの口を開き、灰色の舌を伸ばしてレイヴンの寝顔を舐め回していた。


「れろっ、べろぉっ……ひひっ、美味しい……あらゆる場所を、ねっとり味わいたいですねえ……」


 唾液を再現した体液が糸を引き、ハウンドは構わずレイヴンを舐め回す。耳の穴を抉るように、鼻の穴をほじるように、半開きの口に舌を押し込んでレイヴンの舌を吸い出し、ねちっこくしごく。

 左手は乳房を揉みしだき、右手は股間のカバーに伸び、


「ん……う……」


 レイヴンが呻くように声を漏らした。

 そこで彼は、自分に誰かがのしかかってきていることに気づき、ハッと目を開ける。


「何してんだてめえ」

「スキンシップです。相棒として、相応しい愛情表現を」


 犬フェイスに満面の笑みを浮かべるハウンド。一方レイヴンは、修羅の形相である。唾液の匂い、感触、体位——全て察したのだろう。


「寝てるやつを強姦する行為がスキンシップなら、この世に性犯罪なんて言葉はねえよ」

「いいですね、無くしましょう」

「ちなみに、起きなかったら何してた?」

「イチモツを処女ホールにぶちこんで、朝からイチャラブ♡ パンッ♡ パンッ♡ ってしてました。今すぐしましょう、さあ、股間のカバーを外し——ッごあっ!」


 ゴガンッ、と、レイヴンの蹴りがハウンドの顎をぶち抜いた。あまりの威力にハウンドは天井スレスレまで浮かび上がり、ベッドから落ちて床に激突する。


「なんで! こんな! 色情魔と! 同じ部屋なんだよっ!」

「運命の赤い糸ですね」

「んなわけねーだろボケ!」

「ちなみに鴉と狼は自然界においてよき協力関係であり友です」

「知らねえよ! だからって自然界の鴉と狼は異種姦レイプなんかしねーよ!」


 ぜぇ、はぁ、とベッドの上で仁王立ちし、レイヴンは鼻息荒く肩を怒らせる。


「すみません、本当は寝顔で我慢するつもりだったんですが、あまりにも可愛かったので……」

「お前ここにくる前に性犯罪犯してそうだな」

「騒ぎになりかけたことなら何度か」


 手遅れだったか。


「もういい、この際だから聞く。お前はサイボーグか? アンドロイドか? なんかモヤモヤするんだ」

「恋煩いですか」

「違う」

「答えはイエスでありノーです」


 ハウンドは平然と立ち上がって、ジャケットを着込んだ。


「哲学的だな」

「私は人間の脳に高度な情報処理を施した生体人工知能です。人間ではありましたが、人間の頃の記憶はもうありません」

「生体サーバーってやつね。処理能力だけ開け渡して、本人はVR世界で暮らすっていう」

「実際は違いますがね。処理の負荷が強い現場では自我なんてVR内でも保てませんよ。大抵、十年ほどで脳は焼き切れます」

「安楽死志願者の有効活用なんだっけか、あれ。まあいいんじゃねえか? 自我もなくして社会貢献できるなら」


 レイヴンはベッドから起き上がって、タオルでハウンドの唾液を拭った。ばっちい。


「今失礼なこと思いませんでした?」

「思考を覗くな」

「それにしても、死生観がくっきりしている方ですね」

「俺は未来に踏み出す楽しみを知らずに緩慢に諦める奴が嫌いなんだよ。まずは一歩踏み出す、あの恐怖と快楽を知らないやつを、心の底から侮蔑してる」

「参考になる意見です」


 着込んでいるインナーが湿っているのを見て、ハウンドを睨んだ。


「おっぱいはしゃぶっていません。それは冷却液——つまり、汗です」

「ほんとは」

「舌先でつついてました。乳頭部を刺激するたびに「あんっ♡」って可愛い鳴き声を——おっと危ない」


 レイヴンがぶん投げたペットボトルを、ハウンドが受け止める。


「受け止めんな!」

「なら投げないでくださいよ。代わりに私を好き勝手していいですから、ね?」

「お前色んな奴に体売ってそうだな、やだよ、病気うつる」

「失敬な、可愛い女の子しか誘ってませんよ」

「アンチルッキズムが聞いたら顔真っ赤にしてブチギレるぜ」

「遺伝子治療が進んだこの時代にルッキズムもクソもないでしょう」


 冷蔵庫からパウチを取り出す。栄養補水ゼリーだ。サイボーグとはいえ有機素材を使っているので、経口摂取によるエネルギーの補給が必要なのだ。それに、下手な動力よりも、経口接種——つまり、食事の方がエネルギーの変換効率がいい。

 ジュルジュルした、まるで猿の脳を啜っているような食感の嫌に化学香料がきつい、甘ったるいそれを吸い出して飲み込む。

 控えめに言っても、クソ不味い。人が飲むもんじゃない。いや、レイヴンはもう人ではなくサイボーグだが、そういうことじゃなくて。

 一気に三〇〇ミリを飲み干し、ゴミをリサイクルボックスに入れる。


「風呂入る」

「ついていきます」

「来るな駄犬」

「あっ♡ キュンとしました。いいですね、レイヴンが左固定でも」

「ほんっとお前って人生楽しそうだな」

「楽しまなきゃ損でしょうに。……冗談はさておき、〇八三〇時までに集合だそうです」

「あと一時間か……わかった」


 レイヴンはバスタオルと着替えを手に、バスルームに入った。


 昨日基地に帰投するなり、リリア——博士から自室を案内された。ハウンドと相部屋になると聞いて心底嫌だったが、普通四人部屋か六人部屋が当たり前であることを考えれば、二人部屋というのは随分とプライバシーを尊重していた。

 それに拒否権なんてなかったし、渋々レイヴンはそれに従ったのである。

 かくして今朝の騒動に至るわけだが、これが毎日続くとなると面倒臭い。

 ハウンドが決して悪い奴じゃないことはわかる。ただ、性欲に素直すぎるだけであって。


 シャワーの蛇口を捻って、熱い湯を頭から被った。干天の慈雨とはまさにこのこと。サイボーグになっても寝汗から逃れられないことには驚いたが、シャワーを浴びる喜びが継続すると思えば、それはそれで悪くない。

 と、ガララ、と音を立ててバスルームのドアが開いた。

 そこには当然、ハウンド。


「おい」

「お背中流しまーす」

「いらん、出てってくれ」

「うふ、ハウンドちゃん傷ついちゃう♡」

「……初対面では相当猫被ってたんだな、お前」


 どうせ無理矢理にでも居座るのだろう。もう、好きにさせてしまえ。

 ハウンドはヘチマを掴んで、ボディソープを泡立てた。それをなぜか自分に塗ったくってから、レイヴンに肌を密着させて擦り付けてくる。


「ソープ嬢かお前は」

「男の人ってこういうのが好きじゃないですか」

「俺たち男のみんながみんな色狂いだと思ってんなら大間違いだぞ」


 聞く耳を持たない。ハウンドは、灰色の人工スキンとは思えないもっちりと吸着する柔肌の胴体で、レイヴンの背中を洗う。控えめとは断じて言えない大きな乳房が、グニュグニュ押し当てられると流石に顔も赤くなる。


「前を失礼します」


 ハウンドが前に回り込み、体を密着させた。ボヨンボヨン乱舞する乳房が、踊るように跳ねる。

 レイヴンはもし男の機能があれば今頃暴発していたな、と負けを認めた。

 まあ、今は女の体なので負けを体現するイチモツはないのだが。

 ここで慌てれば思うツボ。レイヴンはシャンプーを手に垂らし、髪を洗う。

 ハウンドが立ち上がり、「お顔を失礼しまーす」と言った。膝裏を手で叩いてレイヴンを中腰にさせ、彼の顔をその豊かな胸で挟み込む。


「!!」

「あら、鼻息が荒いですよ」


 これが——夢に見たパフパフ……。


「息苦しい」

「言い訳ですか? 興奮しているくせに」

「違う、本当に苦しい」


 夢に見たパフパフは、実際に味わうと呼吸が阻害されるという困ったものだった。





★★★


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