第五章:運命の夜



季節はめぐり、セレニア王立学園の卒業パーティーの日がやってきた。

煌びやかな装飾が施された大広間。

水晶のシャンデリアがまばゆい光を放ち、貴族の子息たちが思い思いにドレスを揺らし、社交の華を咲かせていた。


ローラ・ヴァレンティアもまた、その一角に立っていた。


シルバーグレーのドレスに身を包み、長く整えられた髪を夜会巻きにまとめたその姿は、まさに一流の令嬢そのもの。

だが彼女の瞳は、華やかな空間にそぐわぬほどに静かだった。


(この夜が……前世で、すべてを失った夜)


モニカに罪をなすりつけられ、愛する人に背を向けられ、社交の場で「悪役」として断罪されたあの記憶。

忘れたことなど一度もない。むしろ、今日までずっと、それを避けるように生きてきた。


(でも、もう逃げない)


彼女は決めていた。

前世と同じ結末にするつもりはない。

どれだけ傷ついても、“真実”から目を逸らすつもりはなかった。


やがて、会場の空気が一変する。


「この場にて、一つの不正を告発させていただきます」


中央に立ったのは、まさにモニカ・エインズワース。


艶やかなピンクのドレスに身を包み、清楚な笑みを浮かべながら、彼女は堂々と声を響かせた。


「この学園において、度重なる妨害行為、虚偽の報告、そして魔法の不正使用を繰り返していた人物がいるのです」


その名を告げるまでもなく、視線がローラに集まった。


「証拠はこちらに——魔力痕跡の記録、証言書、そして……王子・クリス様がかつて憂慮していた報告も含まれています」


静まり返る会場。

すべてが、あの夜と同じ……否、まったく同じように見せかけた舞台だった。


だが今回は違う。


「……随分と準備していたのね、モニカ」


ローラは一歩、前へと出る。

その声には、もはや怯えも取り繕いもなかった。


「では、私からも“証拠”を提示させていただくわ」


手にしていたのは、魔導士協会に提出されていた記録石の複写、そして“偽造された証言書”の真正性を否定する文書。


「これはすべて、あなたが裏で糸を引いていた証拠よ。無名の生徒を買収し、誤情報を流し、私を陥れようとした記録」


モニカの顔から、笑みが剥がれる。


「そんな、ばかな……これは、作り話よ!」


「作り話なら、協会が調査するわ。第三者機関にね」


静寂。

そして——


「十分だ」


会場の奥から聞こえたのは、クリスの低い声だった。


彼はゆっくりとローラの隣に立ち、モニカを見下ろした。


「私は……ずっと、君の言葉を信じてきた。だが、今日のこれで確信した。ローラを陥れようとしていたのは、君のほうだ」


モニカの瞳が揺れる。


「クリス様……私は、あなたのためを思って……!」


「もういい。君の仮面は、ここまでだ」


その言葉と共に、モニカはその場から崩れ落ちた。

周囲からはどよめきと動揺、そして静かな怒りの視線が向けられる。


ローラは、ゆっくりと息をついた。


(やっと……終わった)


夜が更け、パーティーも終わりに近づく頃。


ローラはテラスに出て、静かに夜風に吹かれていた。

遠くで音楽が鳴っている。だが彼女の中では、まるで別の時間が流れているようだった。


「ローラ」


背後から名前を呼ぶ声。


振り返れば、そこにはクリスが立っていた。

先ほどまでとは打って変わって、どこか柔らかな表情。


「……君は、もう昔の君じゃないんだな」


「……ええ。私はもう、誰かの都合で生きたりはしないわ」


ローラは静かに言った。


「たとえ、誰にも愛されなくても。私は、私であることを選ぶ」


風が吹き抜ける。

だがその瞳は揺るがない。


「でも——」


そう言って、クリスが口を開く。


「君が君である限り……俺は、それを認めたい。もう、二度と見誤らないように」


その言葉に、ローラは少しだけ目を見開いた。


そして、ゆっくりと微笑んだ。


「……ありがとう」


ほんの少しだけ、心が温かくなるのを感じながら、

彼女は星空を見上げた。


(ようやく……運命を、自分で選べた)


今度こそ、誰の操り人形でもない。

誰の物語でもない。

——これは、ローラ・ヴァレンティア自身の人生だ。


そして、夜は明ける。


物語は新たな章へと進んでいく。

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