うたかた艨艟譚

青海⚓︎

第ゼロ章──激震

 西暦20XX年──数年前に真珠湾で起こった出来事を境に、海を跨いだ世界の関わりは殆ど絶えて久しかった。海をゆく民間船は須く沈められ、戦闘能力を有する軍艦ですら捩じ伏せられる。その上を飛ぶ航空機の類でさえ、年に数百機もが墜とされる始末。今や海は此岸で最も彼岸に近い場所と成り果て、忌み嫌われる様になった。何故、そうなってしまったかは誰にも判らない。ただハッキリと言えることは、これら全てが"海遊怨霊かいゆうおんりょう"と呼ばれる異形の怪物による被害であるということ、そして奴等の侵攻はあの日──真珠湾から始まったということだけだった。

後に オアフ島の虐殺 と語られる様になったその事件の全貌は、数年の月日が経った今でも正確には把握されていない。真珠湾から上陸した陸戦隊じみたもの、沖合から砲撃を加えるもの、空から爆撃を加えるもの……それらの猛攻によって、目撃者も残らない文字通りの鏖殺が行われたからだ。米軍からかなりの数の兵力が派遣され事態の収束を図ったものの、奴等に人間の扱う銃火器は効かず、徒に犠牲を増やすだけだった。結果、オアフ島を囲う白い砂浜は赤く染まり、大地は荒れ果て、人は疎か小虫一匹棲まぬ不毛の地と化した。戦後以来風光明媚な観光地として名を馳せたオアフ島は、この一件以降、海遊怨霊の根城として決して近寄ってはならぬ禁足地となったのである。時季を問わず濃霧に深く閉ざされたオアフ島の状況を衛星から窺うことはできず、さりとて航空機や艦船を派遣して接近するのは余りに危険。人類は海遊怨霊に関する十分な情報を終ぞ得ることができないままに、奴等と対峙しなくてはならなかった。

その現状を打破する策も見出せないまま早数年、多くの国が海を放棄した中、良くも悪くも諦めの悪かった国がひとつ あった。

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