最後の章「REvert」

最後の章「REvert」


 喫茶店で、持ち込んだノートパソコンを使う。気分転換にこうして出かけたけど、ろくな収穫はない。

 道路に面した席に陣取ったのは、そこに利用可能なコンセントが設置されていることもあるが、なにより道を行き交う人々の様子を眺められることが理由だった。学校や色んな事柄と縁遠えんどおくなると、現時点のその場所がどうなっているのか情報を集めるのが難しくなる。

 コーヒーを一口飲み込んでから、目の前をガラス越しに通り過ぎる老若男女の姿を目で追う。

 学生服姿の若い男女が通っていく。一人は少し野暮ったい黒縁くろぶちの眼鏡をしているものの隣の彼女に優しく微笑みかけており、彼女のほうは華奢で頼りない感じはあるものの少年としっかり手を繋いでいる。あら、かわいいカップルと微笑ましくなる。しかし、明らかに別の学校の制服だったので、なかなか珍しいのではと思ってしまった。

 イヤホンをつけて、視線を手元に戻す。最近の五十嵐いがらし礼子れいこは、ネット怪談を中心にブログ記事を書いている。それは単なる妄想なのか、それとも、どこかの古い言い伝えをアレンジしているのか。ルーツを探すためでも違ってくる。それに、こういうたぐいはネットに多く散らばっているので、記事にしやすい。

「ん?」

 奇妙な集団。そういう見出しのつぶやきが見える。たくさんのコメントがついている。

 これってなに? 幻覚?

 ただのコスプレ集団。

 たくさんのコメントの中に、目がついたものがあった。


 前にあったあのスーツ集団の怪談じゃない?


 一度は記事を諦めたあの怪談のことだと思わずそのレスをしっかり見つめる。そのコメントには、さらに心無いことや、ネットスラングでの揶揄やゆも続いていた。もはやテンプレートになりつつあるが、わざわざこういうことをする者たちは、ある意味その定型文を打ち込むのが役割と思い込んでいるのかもしれない。悪ノリをせず、強く他人を叩かなければ特に不快ではないが、今の礼子はそれどころではなかった。

 まったく音沙汰おとさたがなかったあの怪談の新情報がなぜ今さらという気分だった。

 匿名掲示板にそのスレッドがあることまで見つけ、アクセスをする。前の時はこんなものはなかった。

 島が一つなくなったってニュースなかった? それ関係なくね? 集団スーツって、売人の集団じゃねーの? 幻覚キメてこいってことかよ草 海外の友人が見たって もはや日本の怪談じゃないw ちらほら目撃情報なかった?何年前? 炎上動画あったのは二年前 三年前じゃね? もっと前だろw リンク貼っとく 解像度悪い草 画像荒い笑 こっち新しいのある。でも海外のやつ 定期海外動画はオーバー 盛ってる 海外の友人が落としたスマホに証拠動画あるっぽい マジ? アップよろ なにこれ なにこれ うん? 斜めじゃんウケる 聞こえるの日本語? 東洋人っぽい ちゃいにーず

 異世界から来てる敵を退治してるって

 突然の書き込みに、礼子は動きを止める。一斉にコメントらんが荒れる。けども書き込んだ「アンノウン」はまったく気にした様子もなく、続けてコメントを書き込んだらしい。表示されたものを礼子は目で追う。


 異界からの敵は、すぐそばにいる


 その書き込み以降、アンノウンの書き込みはなかった。

 ラノベの読みすぎ 悪役令嬢が殴って成敗ものの間違いではw 異世界転生もしてない チート能力なしとか終わってる バフなしとかきつくね 新しいほう、なんか雨で聞き取りにくい そもそも荒い コラ? やらせ

 ただのネタ提供の場所なだけに、辛辣しんらつな書き込みが続く。ノリで書き込んでいる者たちのコメントは無視して、海外の友人のものという画像へのリンクをクリックする。誘導系かもと脳裏にぎるが、画像が荒いというコメントがあった。

 動画再生のアプリケーションのウィンドウが開き、再生を開始した。素早くクリックして、画面表示を最大に設定する。

 指摘されていたように雨音がひどい。それに画面がななめになっていた。景色しか映っていないそれに、ばちばちとまるで電気をまとったような音とともにいきなり誰かが現れた。腰から下の後ろ姿しか見えない。人数は、靴の数からして6名。全員パンツスーツのようだ。音量を上げるが、やはりまともに聞こえない。

 なにか会話をしているのは動きからもわかるがほぼ聞こえない。距離のせいかもしれない。彼らはひと気のない道路の真ん中に立っているようだ。場所が特定できないが、どうも日本ではない。そして、画面から再び彼らの姿がマジックのように消え去った。動画か画像ソフトでも使ったのかと疑うほど、本当に一瞬でまた消え去った。残っているのは、雨の中だというのにちりちりと音を発している、彼らが去った時に見えた電気のような光だった。

 もう一度再生しようとクリックをするが、まったく動かない。

「え?」

 まさか削除されたかと思いつつ、更新ボタンを押してみる。やはり削除されているようだ。

 体格から男女それぞれ3人ずつ。年齢は、印象でしかないが二十代前半くらい。だが本当にあの怪談の人物たちかはわからなかった。そもそも、本当に存在しているのかすらわからない。誰かが遊びで作った動画かもしれない。けれど。

 礼子は黒くなった動画再生画面を、凝視ぎょうしする。

「六人……? でも、……?」

 疲れているのだろうかと目を閉じて眉間みけんを軽くむ。次に目を開けた瞬間、パソコンの電源が完全に落ちていた。

「えっ、うそ!」

 慌てて再起動させるが、先ほど目にしたスレッドすら……なくなっていた。


***


 まるで空が暗闇に覆われたように薄暗い雲に覆われていた。今にも雨粒が勢いよく落ちてきそうな不気味な天気は、激しい風とともにどんどん空を染め尽くしていく。時折、そこを雷鳴が光が伴って駆け抜けていく。

《臨時ニュースです。現在イギリス各所に発生している巨大な竜巻ですが、首都ロンドンでの発生が観測されました。住民の皆さんは落ち着いて避難を……》


 雷光が落ちた。刹那、巨大な影が一瞬雲にだけうつり込む、そして、激しい風にスーツと金髪のツインテールをなびかせる少女が、そしてその周囲に立つスーツ姿の四人が同じようにその光によってビルの屋上に立つ姿が見えた。光は一瞬のことで、辺りは再び暗闇に支配される。

 なにかの始まりの合図のように、雨が一粒、地面に落ちた――――。

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