第6の章「痴女と、彼と、一生の恋」 3
誰もお見舞いに来ない病室に、彼女だけが来るようになった。面会時間外でも、窓から入ってくる。つらくて、ひどい
「ユズさん、僕のどこが好きなの?」
「全部」
あっさりと言ってくれる。なにがいいんだ、こんなガリガリの男。まあ、顔立ちだけは、いいほうだとは思う。母親似でいつもそれを
能力だけが目当てだと最初は思っていた。だから、彼女をめちゃくちゃにしてしまおうと
広い病室を占拠していることを感謝する日がくるなんて思いもしなかった。肩身の
好きでたまらなくて、踏み
うーん……やっぱり。
「ユズさん、僕のこういうところは怒ったほうがいいよ」
「……おまえ、マゾだったのか?」
「違うけど……
彼女にしかこんなこと、しないけど。
「いいんだよ。わたしのほうが、おまえに
「ユズさんになら、なにされてもいいよ」
「おまえこそ、そういうところ直せ」
薄暗い室内は心地よかった。まったく怒っていないし、直させる気もない声にちょっと笑ってしまう。
笑うのと同時に、なぜかいつも涙が出る。腕の中に彼女がいるのに、いなくなってしまうこの不安は消えない。いくら自分を刻んでも、手の届かないところに行ってしまいそうで、本当に嫌になる。仲間の、四号に密かに嫉妬しては
本当になぜ、彼女は自分を選んだのだろう。治癒能力が目当てだとしても、いま思えば、出会いの時の彼女の行動はおかしかった。選ばれたことにいま、幸せを
「好きだからだよ、おまえのこと」
その言葉で、こちらは簡単に舞い上がってしまうのに。助けたいという申し出を、彼女は
「…………」
「泣き虫だな、
僕のことだけ、名前で呼んでくれることを知っている。特別扱いをしてくれる。
「そ、そういう、ところも、好き……?」
しゃくり上げながら問うと、予想よりも柔らかい声が戻ってきた。
「全部好きって言っただろ」
ああ、すきだ。
たまらなく、すきだ。
助けたい。彼女を助けたい。そのためなら、この命を差し出そう。いくらでも利用してくれていい。こんな重たい僕を、背負わなくていい。
「ユズさんは僕をすぐ泣かせるんだから……」
「いや、なにもしてない。してるのはおまえだ」
「
「……本当に変わってる」
「ユズさん、信じてくれないから」
この気持ちを、きっと信じてくれない。彼女は責任で恋人になっただけかもしれない。重たいことを言ってしまう自分を、そのたびに嫌いになる。
「信じてないのは、おまえだ」
その、初めての言葉に目を見開く。肩越しに見える彼女の瞳が、暗闇の中で
「いくら与えても、おまえは信じない。絶対を、信じない。なにをしたって、おまえは満足しない」
「ユズさ……」
「おまえはわたしを欲しがるくせに、全部手に入れても不安なままだ。だからおまえは自分を犠牲にする。わたしのためと言って、免罪符のようにあっさりとな」
「し、してない!」
心でも読まれたのかと硬直してしまう。
「してないよ、ユズさん!」
「……そうか?」
「ほんとのほんとに、してない! そもそも、その、こういう行為も、ユズさんには必要ないじゃないか。実験だって言い訳くれてるのもわかってるよ?」
半眼になる彼女を前に、
「いいって、いってるだろうが」
こ、こわい……!
「余計なことばっかり考えるから、悪いことばかりに考えがいくんだ。どうせ自分を
「うっ」
「わたしだって、聖人じゃないんだから足りないものばかりで気分は悪くなる。お気に入りのワイヤレスは力加減を間違えて何回も壊したし、おまえはいっつもすぐ泣く。わたしは男が望むようなものを
「…………」
「なんでおまえがわたしのことを好きなのかさっぱりわからないし」
なんだって! あれだけ伝えてるのにやはり伝わってなかったというのかと、驚愕してしまう。
「ユズさんのこと、好き、で」
懸命に伝えた時、
「せっかく元気になったんだから、おまえ、モテるだろうに」
「嫌だ! ユズさんがいい! ぜ、全部最初は、好きな人って決めてる。こんな顔してるけど、一途だよ。アピールするところ、あんまりないけど、欲しいのはユズさんだけだから、あ、え、と言い方おかしいよね。どうしよう、言い訳みたいになった……」
「おい……なにも泣くことないだろ」
「だ、だってユズさんモテるから……僕なんか、こんなに好きなのに」
「モテたことない。わたしを好きとか、勘違いとかじゃないのか?」
「ど、どれだけすれば本気だってわかってもらえるの、ユズさん。ほかの人にモテても意味なんてないよ。欲しいのはユズさんだけなんだから」
「お、おい……泣き
「ご、ごめ……なんか、本当に男としてやっぱり見られてなくて……情けな……。ぐすっ」
「……そんなに好きなのか? わたしなんかが」
「好き。大好きだよ。好きすぎておかしくなりそう。わたしなんかって、言っちゃだめだよ」
「えぇ? どうすればいいんだ……? すごい泣くんだな、おまえ」
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