第1の章「一人目と、怪獣と、正義のミカタ」 2

 ずぅん、と低い音と共にその巨大なものは田んぼに着地した。あああああ、どこの家のかわからないけど! 農家さんみんな怒るような、いや、違う、そうではなくて!

 で、でかっ! なんだあれ。巨人、とかいうものではない。大型の怪獣? いや、それもしっくりこない。ロボ……ではない。うまく呼称できないあれは、なんだ?

 ずしんずしん、と前進するその様子にぽかんとしていると、は、とした。男がいつの間にかこちらに覆いかぶさっている。おいおいおい! この非常事態になにやってんだこいつは! 火事場泥棒でもするタイプかこいつ!

 と、彼と手が重なる。

「頼む! この世界の操者そうしゃよ!」

 え。にほんご。

 みゃあみゃあと猫たちのうるささを気にもせず、彼はこちらをまたぐような恰好で必死な顔で言ってくる。

「このままではこの世界が壊されてしまう!」

「…………」

 ずしん、とまた地面が揺れた。視線を視界の大部分を占めているその大きな影の持ち主へってから、目の前の男へと移動させる。

「夢みたいだな、サヨナラ」

 まぶたをそっと閉じる。さようなら……意味不明な夢。早く覚めてくれればいい。あれ? だとすれば今日のくっそめんどい授業も夢だったってことか? 目が覚めたらまた学校へ……うおぉ、肩をつかんで揺らすなぁ……。

「夢じゃない! 操者そうしゃ

「ソーシャってなんだ! わたしはそんな名前じゃない!」

「世界が危機だ!」

「知るか! そういうのは、そういうのが得意な人に任せる。ゆずる。わたしは夢の中だ。さようなら」

 なぜにワイヤレスは充電切れなのか。音楽にひたって眠りたい。

 というか、手を放してくれないか? 頼む。恋人繋ぎ、やめろ。

 こんな体勢をしてて危険すぎる。まぁ、男に対して抵抗がないわけではない。まったくもって、興味がないだけだ。どうでもいい。ミジンコくらいにしか思っていない。怖いのは、そういうものよりも、明確な悪意のほうだ。

「うおぉ?」

 いきなり引っ張りあげられる。にゃあん、と猫が一気に落ちる。思わず目を開いてしまったけれども、ぱちぱちと瞬きをしてしまったのは、こちらを軽々と片手で吊るしている長身の男の姿だ。えぇ……なんですか、そのファンタジー全開な格好……。

 自分は小柄なほうではあるが、こんなぷらんとなるような、足が地面につかなくなるような状態とか、ありなのか? 視線も、彼よりも上にある。どういうことだ、ほんとに。

「行くぞ!」

「え。どこ、へぇぇえええ!」

 飛ぶとかそんなのありなのか!

 ふわりと宙へと飛び上がった彼に完全にぶら下がっている状態なのだが、マンガみたいにふわっとはしていない。自分の身体からだは地球の重力に従って、地面を求めるように腕に物凄い圧がかかっている。めちゃくちゃ痛い。この体勢が痛い。やっぱりマンガみたいにはいかないってことか。

「今は一人で戦ってもらうしかない」

 は? なにを言っているんだこの人さらいは。というか手をはな……いや、地面に降ろしてくれ。落とす、ではなく。ゆっくりと丁寧に。

 しかし空を飛ぶっていうのは浪漫ロマンあふれたものではない。自力で飛べば違うのかもしれないが、風の勢いはすごいし、空気は薄いし、き込むのもしんどい! 夢もロマンもない!

「あ」

 どうやら顔色悪くぐったりしているこちらに、男は気づいたようだ。吐きそう……。胃の中がやばい。

操者そうしゃ! だ、大丈夫、か?」

 いや、どう見ても大丈夫ではないだろうが。そんでもって、真下にいるこの変なでっかい生物らしきものはなんなんだ……。

 あれ? そこでやっと気づいた。ちらほらいる道行く人々は地面の揺れる振動に驚いているものの、この巨大な物体にまったく目を向けていない。踏まれていないのは幸いなのかどうなのか。

「うぷ。は、吐きそ……」

「な、なんだと!」

 こっちのセリフだ。なんだよ、ほんとに。

「酔ったのか!」

 当たり前だろうが……力尽きてるから言い返さないが、本当にこんなレールのないジャットコースター乗せられてみろ。普通は吐くだろうとも。

 嘔吐おうとするのも力が必要で、もはやそんな元気すらない。夕日がまぶしい……。

「そ、そんな……戦えるのはいま、君だけなのに……」

「お、おろしてくれ……」

 たのむ……。

 今さらおろおろされても困るって……。そう思いながら気が遠くなった。空中で吐くというとんだ醜態しゅうたいさらさなくて済みそうだ。



 ばち、とまぶたを開ける。え。ん? ちょっと待て。ここ、あれ? やっぱりまだ空中だ!

 先ほどの彼に背負われている形で浮いている。おんぶは所望していない。地上への帰還を所望しているのだが!

 ずしん、ずしん、とゆるやかな速度であの巨大な生物は進んでいる。おい! 家からすごい離れてるんじゃないかこれ!

 唖然としていると、のっぽの男はこちらに気づいてちらりと視線を向けてくる。

「良かった。目が覚めたか、操者そうしゃ

「……あの、ソーシャ、って名前じゃないです。人違いです」

「? 操者はあの虚獣きょじゅうと戦う者の名前だ」

「…………」

 会話通じねえ……。

「あの、家に帰してください。よくわからないし、戦えないです。一般人なので。無理無理」

 このまったく感情のこもらない応答に気づいてくれ。巻き込むな、おかしなことに。平穏が一番なのだ。

「なにを言っている。戦わないと操者の世界が滅亡してしまうぞ」

「していいです。戦うとか無理なんで」

 もういっそそうなってくれていい。誰が世界のために自分の身を捧げるというのだ? そんなのコミックヒーローくらいだ。そもそも空中ジェットコースターで吐きそうになっているような女子高生に何かできるとか、思えない。

「操者は君だ。選ばれたのだから、戦う使命が」

「やかましい!」

 思わずかぶせ気味に大声で言う。

「使命とか知るか! そんなの勝手に付与するな!」

「っ」

 びっくりしているのっぽの青年の首に両腕を回して力を込める。

「お、おお、い、そ、操者……あぶ、な」

「あぶねーのはおまえの頭だ! 家に戻せっ!」

「く、くっ、ここまで頑固とは……! 無理やりにでも戦ってもらうぞ!」

「は?」

「ホローフィディ!」

「はあっ?」

 一瞬にして視界がまぶしくなり。その光はすぐに消えた。そして…………背負われているこちらは、なんか、いきなり頭が重い。あれっ。

「ヘルメット? なんだこ、わぁーッ!」

 汚い悲鳴をあげるのも許して欲しい。女子高生に夢見てる男性諸君も許して欲しい。だってこちらも人間だ。驚きもするし、拒絶反応だって出す!

 おいおい、なんの冗談なんだほんと! 明らかに頭をおおうヘルメットをかぶっているし、なんか衣服も変わってる! 下手なアメリカンなコミックヒーローよりも、あまりにも狂ってるとしかいいようのないコスチュームだ。だって……スーツじゃないかこれ……。まだ就活してないんだが!

 あ、あれ? なんか自力で浮いてる? 嘘だろ!

「おいこらぁ! なんだこの恰好!」

「やはり変身できた。選ばれし者のあか」

「どこか行けえぇぇっっ!」

 会話の途中で軽くなった身体の勢いに任せて、思いっきりその背中を蹴った。

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